2016年08月25日

活動報告

第89回サイエンス・カフェ札幌「働き方にも、いろいろアリ ~社会性昆虫に見る 組織の持続可能性~」を開催しました

 

7月31日に開催された第89回サイエンス・カフェ札幌「働き方にも、いろいろアリ ~社会性昆虫に見る 組織の持続可能性~」。今回は、長谷川英祐さん(北海道大学大学院農学研究院 准教授)をゲストにお迎えしました。

 

(ゲストの長谷川英祐さん/北海道大学大学院農学研究院 准教授

 

進化生物学者として活躍なさっている長谷川さんは働かないハタラキアリの研究で注目を浴びていらっしゃいます。長谷川さんの最新の研究によって、アリの組織を長期的に維持していくためには、全てのアリが常に働いている状態よりも、働かないアリがある程度いることが必要だと分かりました。イソップ物語ではアリは働きものですが、それはあくまで物語の中の話で、実際は働かないものがたくさんいます。カフェではアリたちの働き方を見ながら、社会性昆虫の組織の持続可能性について迫り、そこからさらに発展させて、人間社会についても考えました。

 

(カフェにはたくさんの来場者がお越しくださいました。)

 

進化生物学とは現在生きている生き物たちがどのように進化をしてきたのか、なぜ生き残れてきたのかを明らかにする学問です。250年ほど前に進化論を提唱したのはチャールズ・ダーウィン。彼は、”生き物が交配をしていくうちに偶然に形の違う新しいものが生まれ、それが元々いた生き物よりも増えやすければどんどん増えていって、最後には元のものがいなくなって新しい種類だけになるのではないか”と考えました。この考え方は自然選択説と呼ばれています。端的にいうと、より増えやすいものが生き残るということです。進化論以前は地層の中の化石は神様によって埋められたものだと考えられていましたが、進化論が提唱された結果、生き物は環境に適応しながら生きることで進化してきたのだと説明できるようになりました。今では常識ですが、当時は大きな議論になったそうです。

 

(この日のために用意した、アリの巣穴。近くで見ると、働かないアリの様子が観察できます。)

 

長谷川さんはアリを材料にして、進化生物学の研究を進めていらっしゃいます。社会性を持つ昆虫の一種であるアリ。彼らは集団生活を営む中で、女王アリは卵を生み、働きアリは卵の世話をしたり、巣を作ったり、餌をとったりといったように一匹一匹が役割を持って働いています。しかし、その中にリーダーはいません。女王アリはいますが、人間のように上司として振る舞うわけではありません。アリの社会にはリーダーがいないのにもかかわらず、次から現れる仕事をうまく配分していくことができるようになっています。なぜ、そんなことが可能なのでしょうか。キーワードは“腰の軽さ”です。

 

(長谷川さんのお話に耳を傾ける来場者)

 

巣穴の外に出ているアリは餌を集めに出ているので、働いていて当たり前。一方で、巣穴の中にいるアリはあまり働いていません。働かないというのはただじっとしているということです。ではどのくらいの割合で働いていないのでしょうか。アリの巣穴をじっくり観察すると、ある瞬間には7~8割ものアリが働いていないという結果が得られたそうです。ここには“反応閾値”と呼ばれる仕組みが関係しています。

 

村井貴

(司会担当スタッフは時折質問しながら進行をしました。)

 

長谷川さんの研究によると、働きアリが仕事の量に対して、どこで反応するかは個体によって異なるということが分かっています。これは人間だと、腰の軽い人あるいは腰の重い人という表現に置き換えることができます。腰の軽いアリから重いアリまで、多様な反応閾値を持った個体がいるとすると、腰の軽いアリはわずかな仕事の刺激で働き始めます。一方で、腰の重いアリは仕事が溜まってきてもなかなか働こうとはしません。仕事がどんどん増える状況の時、最初の仕事は一番腰の軽い奴がはじめます。その時に別の仕事が現れると、次に腰の軽いアリが仕事を始めます。そうやって次々に仕事が現れる場合、巣の中にさまざまな反応閾値を持ったアリがいれば、どんどん現れる仕事に必要な数だけの個体を次から次へと割り当てることができます。この一連の動きは指示を受けてやっているのではありません。反応閾値に従うだけで、アリは過不足なく巣穴の仕事をこなせるようになるのです。

 

(アリの巣穴を食い入るように見つめる来場者)

 

巣穴の中には、その集団の持続可能性を左右する仕事というのがあります。その最たるものが卵を舐めるという仕事です。アリの唾液には抗生物質が含まれていて、舐めるという行為により、卵にカビが生えることを防いでいます。全てのアリが自分の仕事を全力でこなしている最中に、卵を舐めているアリに致命的なトラブルがあった場合、すぐに卵にカビが生えてしまい、次世代のアリが育たなくなってしまいます。全員で働き続けた方が多くの仕事をこなすことができ、短期的利益を得ることができますが、一方で不測の事態に対して脆弱な状態になり、長期的存続を望めなくなります。働かないアリの必要性はまさにそこにあります。腰の重いアリがいると、巣穴で緊急事態が発生した時に、すぐにヘルプに入ることができます。彼らは普段働いていない分、疲労が溜まっていないため、ヘルプとして十分に機能するのです。

 

(休憩時間中に質問カードを分類するスタッフ)

 

これは人間社会にも当てはまるといえるでしょう。いわゆるブラック企業のビジネスモデルは社員を使い捨てにして、短期的な利益をあげるようになっています。ブラック企業は一時期、非常に羽振りがよかったですが、最近は次々に経営難に陥っています。企業も生き物のようなもので、生き残るということが重要です。短期的な利益だけを重要視すると、長期的存続ができなくなっていきます。

 

(来場者から寄せられた質問に丁寧に答えていく長谷川さん)

 

アリは全員が全力で働いて全滅するような戦略をとっていません。自分たちの組織をなるべく長く存続させるため、時に働かない戦略をとり、労働環境のバランスをとっています。翻って、人間はどうでしょうか。短期的な効率を追求するあまり、離職率の高い職場、休職者を多数出す会社、土日もない、帰りはいつも終電という会社が世の中にはたくさんあります。はたしてそういう会社は長期的に見て、持続可能性は高いといえるのでしょうか。この点は、来場者の方々にカフェが終わった後もぜひ考え続けていただきたいところです。

 

(長谷川さんの代表作「働かないアリに意義がある」は20万部もの販売実績があります。)

 

アリの世界を通して人間社会を眺めてみると、“働く”とはどういうことなのかを見つめ直すことができます。長谷川さんは働かないアリの研究テーマを基に、来場者が自分事として引きつけて考えられるよう“働く”ことの本質について問題提起してくださいました。この問題はすぐに解決するものではありません。しかしながら、解決に向かうよう考え始めることが大切です。サイエンス・カフェ札幌はその起点の場です。

 

(最後に、長谷川さんとCoSTEP受講生とスタッフで記念撮影)