2018年03月02日

授業レポート

「『気象予報”史”』から紐解く、科学技術コミュニケーション論」(1/20)奥村政佳先生講義レポート

 

佐藤 奈波(2017年度 本科/学生)

 

今回は、TVでもおなじみ「おっくん」こと奥村政佳先生をお迎えしました。

 

講義の始まりは雲の話、今日の札幌の天気予報、ボイスパーカッションのコツ、そして保育士としての話……と、どんどん広がります。というのも、先生はミュージシャンで気象予報士で保育士で防災士で、さらにCoSTEP 8期修了生という幾つもの顔をお持ちなのです。今日は、同じく一線で活躍されている方々のインタビューを交えつつ、気象予報史と科学技術コミュニケーションについてお話をいただきました。

 

日本では、万葉集や源氏物語に取り上げられるなど、古来から季節の分かれ目や天候について関心が高かったと考えられています。時代が進むにつれて、天候が重要な要素である農業や航海といった分野においては天候の予測が発達してきました。明治時代には日本初の天気予報が作られます。精度は現在に及ばないものの、天気予報は日常に広く浸透していきました。

 

奥村先生はこの講義のために、2人の気象予報士の方にインタビューをしてくださいました。まず、1人目は、森田正光さん。1970年代から活躍され、現役のキャスターをされています。森田さんには、天気予報とそれを受け取る人々の関係についてお伺いします。

 

天気予報のあり方を変えた初めの転機は、伊勢湾台風でした。この時は、正確な情報を流していたのにも関わらず、人々のリテラシーが情報に追いついておらず、多数の被害を出しました。天気予報が防災情報として重要性を持つようになります。そして、さらなる転機は観測技術の革新です。衛星やレーダーによる予測精度の発達に続いて、今度はコンピューターによる予報が人の経験を上回るようになります。結果、コンピューターによる予報資料を読み解くことが気象予報士の役割となっていきます。一方、天気予報を受け取る人々のリテラシーはあまり変わっていないのでは、と森田さんはおっしゃいます。

 

 

ここで、奥村先生は自身の苦い経験を話してくださいました。気象予報士として最年少合格を果たした後のキャスターデビューです。しかし、周囲の反応から「なぜ伝わらないのだろうか?」「なんで分からないのか?」と強く感じたそうです。

 

 

 

インタビュー2人目は森朗さん。情報番組で長尺で天気コーナーを受け持つ人気キャスターです。森さんには、情報を人に伝えるために大切なことをお聞きします。森さんは、「伝える以前に相手が何を知りたいか考えることが大切」だとおっしゃいました。また、情報はただ渡すだけでなく、相手にわかってもらうことが重要となります。さらに、コミュニケーターとは?という質問に対しては、「人が作ったものをただ説明するのではなく、自分で何かを作り出せる人ではないか」とおっしゃいました。

 

 

話は現在の世の中に戻ります。送り手としては正確かつ多くの情報があります。それを伝えるメディアとしては、アプリの開発などで、考えなくて済む場面も多くなってきました。一方、これまで学んできたような情報のコミュニケーションによって考えていく世の中を作っていくべきでしょうか?そして、受け手に情報だけではなくリテラシーを伝えるためにはどうしたらいいでしょうか?先生は最後に私たちに疑問を投げかけられました。

 

最後の質疑応答では、受講生から「情報の受け手のリテラシー」に働きかけるにはどのように活動していけばよいのかという点に多くの質問が集まりました。特に気象予報など、防災に直結するような情報に関しては、ただの結果だけを情報として渡すだけではなく、プロセスも含めて理解してもらうように心がけることが重要になります。そして、最終的に本人が下す判断に働きかける「教育」や「受け手側同士の協力」なども大切になります。また、リテラシーが欠けているよ・知る必要があるんだよ、という一段階前のことを伝えることも有効になるのでは、とまとめられました。

 

今日の講義は、科学技術コミュニケーターのためのエッセンスがたくさん詰まっていて、とても濃い90分でした。まずは分野に応じた情報の特性を理解し、送る側、伝える媒体・方法、受け手の3つを考えた「コミュニケーション」を目指したいと思います。また、コミュニケーションを始めるに当たって、場合に応じてはそもそもの興味を持ってもらう段階から始めることが、科学技術コミュニケーションのスタートポイントであり重要な点であるのだと感じました。

 

奥村先生、貴重なお話をありがとうございました。