2019年05月30日

活動報告

第106回サイエンス・カフェ札幌「ビバ!アラスカ地球紀行〜文化人類学者が考える「人新世」とのつきあい方〜」を開催しました

 

2019年5月26日、紀伊國屋書店札幌本店1Fインナーガーデンに、文化人類学者の近藤祉秋さん(北海道大学 アイヌ・先住民研究センター 助教)をお招きし、第106回サイエンス・カフェ札幌「ビバ!アラスカ地球紀行〜文化人類学者が考える「人新世」とのつきあい方〜」を開催しました。聞き手はCoSTEPの古澤輝由(特任助教)が務めました。5月の札幌には珍しい暑い日でしたが、80人以上の方が来場しました。

 


文化人類学はどんな学問なのか

 

カフェの第一部は、ゲストの近藤さんの専門である「文化人類学」についての説明から始まりました。文化人類学とは、文化から「人間とはなにか」を明らかにしようとする学問です。実際に現地に赴き、地域の人々と生活を共にし、話を聞く「フィールドワーク」を通して、その土地の食や服装、働き方などの生活様式を学んでいきます。そんな近藤さんの研究テーマは「人新世」におけるアラスカの先住民の生活です。カフェではアラスカでのヘラジカ猟やサケ漁の様子、そしてとった動物や魚の料理が、動画や写真で紹介されました。

 

 

人新世とは

 

人新世とは、オランダの大気化学者クルッツェンが2000年に提唱した新しい「地質年代」です。これまでの年代区分では、約1万年前の氷河期が終わりから現在までは「完新世」とされてきました。クルッツェンは人間の活動が地球の地形や生態系に大きな影響を与え始めている時代を新たに人新世と名付けたのです。この名称は現在学術界でも受け入れられはじめています。地質年代や完新世を説明しつつ、地球46億年の歴史における人新世のスケール感を視覚的に表現するために、カフェでは1億年を1メートルとした全長約46メートルの「人新世ロープ」を用意しました。このロープでは完新世はたった0.1ミリ、人新世はさらにこれよりも短いのです。人間の活動期間はほんのわずかな期間しかないのにもかかわらず、地球全体のあり方を変えていっているのです。

 

(人新世ロープを手にする近藤さんと、「人新世おじさん」ことCoSTEP種村(特任講師))


文化人類学者がアラスカで見た先住民のビーバーとの付き合い方

 

しかし、アラスカ先住民の生活様式と地球規模の「人新世」にはどのような関係があるのでしょうか。カフェで注目したのは、北米に住むネズミ目のビーバーと先住民のかかわり合い方です。先住民はかつては絶滅のおそれもあったビーバーが、今は増加しているため、ビーバーのつくるダムによってサケの遡上が阻害され、魚が減ったと考えています。一方、環境管理の専門家は、ビーバーダムによってサケの稚魚が住みやすい環境が作られるため、ビーバーを保護すべきだと言います。実際に近藤さんが先住民の友人たちと一緒に狩猟に出かけて見た出来事は、彼らがビーバーの作ったダムを壊すとはいっても、それはサケが通れる隙間を開ける程度の小規模なものだったということです。その隙間も10日ほど経つとビーバーによって修復されていました。つまり、先住民はビーバーとのバランスを保ちながらサケ漁をしていたのです。現地に足を運んだ文化人類学者は、専門家の「科学知」と対立するように見える先住民の「伝統知」に生態学的な根拠がある可能性を見つけたのです。

 

(会場では近藤さんが調査で使用する道具やビーバーの毛で作られたミトンなども展示されました)


人新世におけるヒトとアラスカの自然:キーストーン種とハイパーキーストーン種

 

ではなぜサケの遡上が減少しているのでしょうか。商業漁業や環境破壊、海洋環境の変化などの要因が言われています。しかし、それだけではありません。人が直接生態系に与えている影響も大きいのです。カフェで示されたキーワードは、キーストーン種とハイパーキーストーン種です。キーストーン種とは、少ない個体数でありながら、生態系に影響を与える生物種を指します。アラスカのニコライ村では、ビーバーやサケはキーストーン種でした。一方、ハイパーキーストーン種とは、複数のキーストーン種に影響を与える種のことで、人新世におけるヒトの生態学的な位置づけをあらわす言葉です。人新世を考える際には、人間も自然の一部として考えていくことが重要となります。今回、チラシのデザインに使用されたビーバーと同じネズミ目に属するヌートリアは、南米を原産としていますが、外来種として北米や日本でも問題視されています。この外来種問題は、人間の活動形態の変遷と切り離すことができません。人新世では、人と自然、動物の関係の在り方が変わってきています。アラスカの先住民の生活からは、人新世を生きていくための人間の知恵を学ぶことができるように感じました。

 


文化人類学者と語る

 

第二部では、会場からの質問に近藤さんが応えます。文化人類学のフィールドワークや、アラスカの神話についての質問など、たくさんの質問が会場から投げかけられました。近藤さんは、質問に丁寧に応えてくれました。

 


「いつか村に白人の食べ物が来なくなる日が来る」

 

最後に、近藤さんはアラスカで知り合った、フィリップさんの「いつか村に白人の食べ物が来なくなる日が来る」という言葉を紹介しました。飛行機でニコライ村に運ばれる「白人の食べ物」がなくなったら、狩猟ができない村の若者は餓死してしまうのではないかと、フィリップさんは常々心配していたそうです。人の活動は地球規模で影響を与えるほど強大になる一方で、そのことが人自身を滅ぼしてしまう可能性を秘めています。この言葉には、先住民が持っている、たとえそんな日が来ても生き残るための術をあらわしているのではないか、そして、この言葉の意味を私たち自身も考えていかなければならないのではないかと、近藤さんは来場者にメッセージを残しました。

 

 

近藤さん、そしてご来場の皆さん、ありがとうございました。