2010年06月29日

成果物

アホウドリに夢中

著者:長谷川 博 著
出版社:20060400
刊行年月:2006年4月
定価:1575円


 

 東京から南へ580キロ。伊豆諸島の最南端に小さな火山の島がある。名を鳥島(とりしま)という。この島は、特別天然記念物である「アホウドリ」の繁殖地である。今から30年前に、鳥島にはわずか170羽(うちひなは15羽)のアホウドリしかいなかった。その実状を観察したときのことを、長谷川博(当時は大学院生。現在は東邦大学理学部教授)はこう記している。「この年、地球上でアホウドリはたった15羽のひなしか育てることができなかった。あまりにも少なかった。…このまま放っておいたら数が減り、アホウドリは絶滅してしまうかもしれない、どうにかしなければいけない、と思った。…ぼくは、アホウドリの置かれている現状を知ってしまった。もう引き下がることはできなかった。」それ以来30年間、長谷川博は、驚くべき企画力と忍耐力を維持し続けて、アホウドリの観察と保護に人生をかけてきた。本書には、そのドラマが詰まっている。

 

 

 

 アホウドリは大型の海鳥である。春から秋にかけてアラスカへ渡り、秋になると繁殖地である鳥島に帰ってくる。鳥島は絶海の孤島だ。定期航路などないし,船着場すらない。無人島ゆえ、研究や生活に必要なものは一切合切を自分で運び込まなければならない。そんな鳥島に、長谷川は年に数回、東京から通った。30年にもわたって、アホウドリを観察し保護するためだ。何という粘り強さだろう。

 

 

 

 アホウドリを保護するために長谷川が行なったことの一つは、アホウドリのコロニー(ある地域に集まって生活する集団)を新たに作り出すことだった。それまでのコロニーは地滑りがおきやすい場所にあり、いったん事が起きると壊滅してしまう可能性があったのだ。新しいコロニーを作り出すために,長谷川は奇抜なアイデアを思いつく。名づけて「デコイ作戦」。アホウドリの実物そっくりの模型(デコイ)をたくさん並べ、そこから、録音したアホウドリの鳴き声を流して、繁殖年齢に達する前の若い鳥を誘引し、新しいコロニーを形成するというものだ。

 

 

 

 この奇抜な作戦を実行に移すには、多くの人たちに協力してもらうために予備データを集めなければならなかったし、模型や音声装置も開発しなければならなかった。長谷川は、鳥類模型の第一人者に雛形を制作してもらい、大手電機メーカーからは音声再生装置の開発協力を取り付け、課題を一つ一つクリアーしていった。完成した模型や装置を運搬するのには海上保安庁に協力してもらい、TV局の取材クルーとともに鳥島に乗り込んで、デコイ作戦の第一歩を始める。ここまでに、はや4年が経過していた。

 

 

 

 作戦開始から3年経って、新コロニーで初めて卵が確認された。しかし、最初のつがいが繁殖を始めて以後、何年も2組目のつがいが形成されなかった。「かなりあせり、いらだった」と長谷川は当時の心境を素直に述べている。長谷川は変化の見えない間も、模型や音声再生装置の改良を行って試行錯誤を続けた。そして、2004年に4組のつがいが産卵し、2005年には15組のつがいが産卵した。ついに新しいコロニーが確立したのだ。ここまでに、作戦開始から12年、構想から数えると実に16年の時間がたっていた。

 

 

 

 2006年には、新しいコロニーと従来からのコロニーをあわせて1850羽のアホウドリが観察されるまでになった。長谷川が観察を始めた30年前の170羽からすれば約10倍に増えたことになる。アホウドリは着実に再生への道を歩んでいる。

 

 

 

 絶滅しかけた生物の生態系を復活させるには、長い時間がかかり、しかもそれを実現するには、多くの人間たちの理解と持続的な協力が不可欠であることを長谷川の筆は伝えてくれる。絶海の孤島に通い、「アホウドリ」を見つめ続けた長谷川の30年間を、じっくり味わってほしい。

 

 

 

中村 滋(2006年度CoSTEP本科生,札幌市)