2010年06月29日

成果物

リスクのモノサシ 安全・安心生活はありうるか

著者:中谷内一也 著
出版社:20060700
刊行年月:2006年7月
定価:970円


 

 私たちは,健康に悪影響をもたらす原因となる可能性のある,さまざまなリスクに囲まれて日々の生活を送っている。10年前には,「環境ホルモン」がマスメディアによって大きく取り上げられ,社会問題となった。「高病原性鳥インフルエンザ」の危険性が社会的関心事になったことも記憶に新しい。また,最近輸入が再開され市場に出回り始めた米国産牛肉をめぐる,BSEの問題もある。

 

 

 

 こうしたリスクについては,メディアなどを通して,被害のみならず被害予測についての情報(リスク情報)も伝えられた。その結果,実態としての被害そのものではなくリスク情報が人々に不安をもたらし,その不安が,個人はもちろん社会全体に対しても大きな影響を及ぼす,ということが起きた。

 

 

 

 たとえば「環境ホルモン」の場合について見てみよう。10年前にそれが問題視され始めたころは,精子数の減少など専ら生殖機能の異常にかかわる懸念が話題にのぼった。ところが話は次第にエスカレートしていき,アトピーや,ADHD(注意欠陥多動障害),キレる子どもの増加など,子どもの心身の健康にも「環境ホルモン」が関係しているという主張が現われるようになった。さらに1998年,当時の環境庁によって,内分泌かく乱作用の可能性を優先的に調査すべき化学物質のリストが発表されると,そのリストに挙げられていた化学物質が,ポリカーボネイト製の食器やカップ麺の発泡スチロール容器から溶け出しているという話が発端となって,そうした製品の廃棄や不買行動が起きた。ところが今では,こうした動きは姿を消している。環境省も,「現状の環境中に存在する濃度では,ほ乳類に対して明確な影響はない」という見解を発表している。

 

 

 

 この例からもわかるように,私たちは,リスク情報が生み出す不安や混乱に適切に対処していかなければならない。対処を誤ると,あたふたと場当たり的なリスク回避行動に走って生活の質を不必要に低下させてしまったり,拙速に眼前のリスクを回避しようとするあまりに別のリスクを高めてしまったりする。

 

 

 

 本書の著者である中谷内一也氏(帝塚山大学教授・社会心理学が専門)は,こうした事態を打開するために,「リスクのモノサシ」の採用を提唱する。

 

 

 

 著者の考えでは,リスク情報に接して不安を感じること自体は,決して悪いことではない。問題は,「リスクの程度に応じた不安を感じ,個人の対応や社会の政策を引き出せるようにする」仕組みがないことだ。だから,リスクが「あるか,ないか」ではなく,リスクの「程度」を評価できる,誰にもなじみのある「モノサシ」を設定するのがよい,というのだ。

 

 

 

 物の大きさを写真で示すときに,1円玉を並べて写しておくことがある。「甲子園球場2つ分の広さ」などの表現もよく耳にする。いずれも,よく知られたものとの比較で大きさを理解してもらおう,という算段だ。リスクについても同様に,「ガンによる死者」「交通事故による死者」など,多くの人になじみのある「リスクのセット」をモノサシとして用意しておき,何か新しいリスクが登場したときには,伝えたいリスクの大きさを,必ずこの「リスクのセット」のどのあたりに位置するものかを明示するようにしよう,というのである。

 

 

 

 こうした「リスクのモノサシ」を作成し利用を促進していくことで,人々は,問題となっている個々のリスクがどれくらいの大きさなのかを冷静に判断することができるようになるし,社会全体としても,リスクを定量的に扱おうとする姿勢が生まれてくるだろう。著者は,こう主張する。  著者はさらに,リスクに対しパニック的な対応が生じないようにするためには,リスクを管理する人々(体制)への「信頼」も重要だと指摘する。そして,「信頼」が何によって決まるのかについて,社会心理学における伝統的なモデルと対比しつつ,著者独自の新しいモデル(主要価値類似性モデル)が有効だと主張している。

 

 

 

 本書を手がかりに,種々のリスクに個人あるいは社会のレベルで適切に対処していく方途について,皆で考えてみたいものである。

 

 

 

立花浩司(2006年度CoSTEP選科生,千葉県)