2019年01月12日

授業レポート

「共に生きる社会を願って」(12/5)三好先生&柴田先生の講義レポート

 澤田 真由美(2018年度 研修科/社会人)

 

モジュール6-3は「共に生きる社会を願って」がテーマです。ハンディキャップを持つ当事者としてダウン症児・親の会である北海道小鳩会の三好明子先生、ハンディキャップを持つ人への支援者として北海道大学病院 認定遺伝カウンセラーの柴田有花先生、お二人による講義がありました。
 

ダウン症の子どもをもつ1人の親として
 

前半の三好先生は、受講生に語りかけるように「ともに生きる社会とはどうあるべきなのか、どんな社会であったら誰もがその人らしくありのまま安心して生きていけるのかということを一緒に考えていただくきっかけになればと思います」と話し始めました。

 

三好先生はお子さんがダウン症とわかった当時は、妊娠中の自分に何か問題があったのではないか、何も悪いことをしていないのにどうして、といろんなことを考えたそうです。そんな三好先生に夫は「これは偶然であって誰も悪くない。交通事故のようなもので自分が気をつけても事故に遭うことがある。うちに生まれてきたこの子を大事に育てよう」と言ったそうです。そして時間がゆっくり心を溶かし「ダウン症の息子」ではなく、自然と「ありのままの息子」として向き合えるようになったそうです。

 

 

ダウン症を取り巻く社会
 

ダウン症は23本ある染色体のうち21番目の染色体が減数分裂の過程でうまく分離しなかった自然現象で、700人から1000人に1人の割合で発生します。21番目の染色体が通常2本のところ3本あることから、3月21日は「世界ダウン症の日」として、ダウン症への理解や普及を行っています。


ダウン症を取り巻く社会は、この30年で大きく変化しました。ダウン症児は寿命が短いと言われていたけれど医療の進歩で伸びていること、早期に療育訓練などを適切な指導のもとで行うことで発達の遅れをより少なくすることが出来るようになりました。そして妊婦の少量の血液検査で精度も高い確率を出す出生前診断も可能となりました。この出生前診断を受けるかどうかについては、個人の判断に委ねられています。三好先生は「誰もが受けなければならない検査と受け取られること、安易な命の選別につながるようなことへの危惧を感じる」と警鐘を鳴らします。

 

社会の成熟を願う
 

「いらない命なんかありません。出生前診断よりも、障がいをもつ人たちが生きやすい社会を作る方が先ではないでしょうか」三好先生は言います。ハンディキャップがあってもなくても、安心して子どもを育てていけると誰もがそう思える社会となったとき、初めてハンディキャップのある子どもを産むという選択を含めて、多様な選択が等しく尊重される、成熟した社会が実現するのではないでしょうか。

 

 

認定遺伝カウンセラーとは
 

後半は柴田先生です。認定遺伝カウンセラーとは「質の高い臨床遺伝医療を提供するために、臨床遺伝専門医と連携し、遺伝に関する問題に悩むクライエントを援助するとともに、その権利を守る専門家」で、高度な科学技術コミュニケーションを必要としています。

 

アメリカでは、1970年に認定遺伝カウンセラーが誕生、現在5000名以上のカウンセラーがいますが、日本では2005年からの認定資格で現在232名(2018年4月現在)、道内では4名しかいません。遺伝カウンセリングはクライエントが疾患を理解し、現状を受容することを目指すもので、終着点に正解はありません。

 

 

出生前診断について
 

国内では、高齢妊娠の増加から染色体疾患児の出生率が増加し、出生前診断のニーズが増加しています。医療の発展から、流産のリスクのない無侵襲的な血液検査(NIPT)など複数の検査を組み合わせて、これらが陽性であった場合に確定検査として流産リスクの高い羊水検査を行います。日本産科婦人科学会では「十分な遺伝カウンセリングの提供が可能な施設において、限定的に行われるべき」としています。しかしながら無認可施設も登場するなど体制が整備されているとは言えない状況で、検査陽性者の妊娠中断率は高いことが示されています。

 

生きやすい社会とは何か
 

北海道では周産期医療にかかわる医師や看護師、小鳩会(ダウン症児・親の会)などのハンディキャップをもつ当事者が参加する意見交換会などを開催し、様々な立場にいる者が価値観を理解した上で出生前診断を実施するとしています。

 

 

前半の三好先生は最後にこう言って締めくくりました。

「年を取る、病気や事故など、誰もがハンディキャップを持つ可能性がある当事者です。すべての人が、人として尊重され、自分らしく生きていける社会、誰もがその人らしくありのまま安心して生きていける社会、そんな社会はハンディキャップのあるなしではなく、すべての人に優しい社会であり、そんな社会の実現を望みます」

ハンディキャップは自分事である。このことをきっかけに考えることが、成熟した社会を作る第一歩ではないでしょうか。

 

三好先生、柴田先生、どうもありがとうございました。