触媒としてのサイエンス・カフェ札幌  >  事例紹介#1「生命に介入する科学」

サイエンス・カフェ札幌の事例紹介#1
生命に介入する科学

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シリーズ「生命に介入する科学」と題して、命の始まりをとりまく医学・医療技術の進歩とそれに伴って生じている倫理問題を取り上げました。体外受精に代表される生殖補助医療によって命を作り、新型出生前検査に代表される胎児検査や、着床前診断に代表される受精卵診断によって命を選別・操作することの社会的影響について理解を深める機会をつくってきました。

  • 第1回:2013年12月21日(土)「不妊治療・出生前診断の光と影」
  • 第2回:2014年10月19日(日)「受精の前から始まる次世代コントロール」
  • 第3回:2015年6月6日(土)「受精卵の選別・操作、その社会的意味を考える」

企画の背景

2013年4月よりダウン症など3つの染色体異常が、妊婦から採血するだけでわかる「新型出生前診断」の臨床研究が始まりました。また、2015年4月からは、全ての染色体を検査して異常なしと判定された受精卵だけを子宮に戻して着床率・出産率を上げようとする「着床前診断」の臨床研究も始まっています。生殖をめぐる医療技術の研究開発は急速に不妊治療や生殖補助医療の現場に浸透してきていますが、それを受け入れるための法整備は全く進んでいないのが現状です。そして、これらの新しい医療技術を肯定的に受け入れようという動きがある一方で、今を生きる障がい者に対する差別を助長することにつながるという意見もあり、新たな問題を生み出しています。

これらの問題は2010年以降、何度もテレビや新聞メディアなどで取り上げられ、社会的な注目が集まっています。しかし生殖に関わる問題は、カップルが抱えるデリケートな事情が含まれることが多く、密室での議論になりがちで、社会として正面から向き合おうとしない土壌が形成されてきました。また、出生前診断や不妊治療が話題となる背景には、晩婚化に伴う高齢出産が増えてきているという事情もあります。その晩婚化の背景には、労働環境や経済状況の厳しさなど、また別の社会事情があり、この問題は、医療という狭い枠にとらわれることなく、広い視野をもって議論する必要があると考えました。このような背景を踏まえ、国民的議論の必要性は認識されながらも様々な理由から先延ばしにされてきた市民による透明性の高い意見交換の場を、国内に先駆けてCoSTEPが用意し、議論の火付け役になりたいと考え「生命に介入する科学」を連続して企画・実施しました。

実施内容

第1回:2013年12月21日(土)

「不妊治療・出生前診断の光と影」
生殖補助医療や生命倫理に詳しい石井哲也さん(前出)がダウン症など3つの染色体異常を調べる新しい出生前診断について解説し、参加者の質問に答えました。当初、新聞やニュースでは新型出生前診断の精度は99%以上と大きく報道されました。しかし、精度(陽性的中率)は妊婦の年齢によって変わる事実が実際の計算によって解説され、数字の持つ意味について正しい理解を深めました。
また、新型出生前診断については各種世論調査の結果が発表されています。それらと同じ内容の質問をカフェ終了時に実施しました。ある程度の専門的な情報が提供された後で、参加者の意識にどのような変化が生まれたか検証しました。
http://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/costep/contents/article/757/

第2回:2014年10月19日(日)

「受精の前から始まる次世代コントロール」
石井哲也さん(北海道大学安全衛生本部 特任准教授)が生殖の科学、胎児の検査、胚の検査、さらに卵子や胚の遺伝的改変技術について解説。児玉真美さん(医療ライター)は、ライフワークとして取材してきた「アシュリー事件」を通して行きついた意見「科学とテクノロジーを使って、人間の身体も能力も、命さえもいかようにもコントロールできるという幻想を持ち、その幻想が広がりはじめているのではないか…」と会場に問題提起しました。その後約100名の参加者は8つのグループに分かれて意見を交わしました。
http://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/costep/contents/article/1247/

第3回:2015年6月6日(土)

「受精卵の選別・操作、その社会的意味を考える」
生殖の科学の歩みをふり返りながら、着床前検査技術の歴史、卵子や受精卵の選別と操作、さらに昨今話題となっているゲノム編集について、石井哲也さん(前出)が解説しました。さらに石井さんの話題提供を受けて、約80名の参加者は8つのグループに分かれて「ヒト受精卵の選別や操作は、誰に最も大きな影響を与えるのか?」という問いに対しメリットとデメリットという側面から意見を交わし、その内容を北大大学院生によって構成されたグループファシリテーターが発表、参加者の様々な疑問や考え方を会場で共有しました。各グループには円卓ボードが用意され、その場で出された意見を可視化する仕掛けも用意しました。

国際的に「ゲノム編集」技術のヒト生殖細胞系への応用について真剣に議論をしようという気運が高まっています。一方、国内では、生命倫理専門調査会で議論を始めると発表がありましたが、専門家や研究者の内部に留まっています。私たちが知る限りでは「ヒト生殖細胞系ゲノム編集」を扱ったオープンなミーティングは国内に例がなく、初めての試みとなりました。
http://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/costep/contents/article/1355/

触媒としてどう機能したか

3回のサイエンスカフェを通じて、のべ260人を超える札幌市民が「命の選別と操作」に向き合い、率直な意見を交わしました。その様子は、大手メディアである北海道新聞や朝日新聞に複数回にわたって紹介されています。イベント終了後に実施したアンケート調査には約180人から回答が寄せられ、集計結果をCoSTEP公式ウェブサイトで紹介しました。新型出生前診断の是非を問う大規模な世論調査のように、考える時間に制限があったり、正確な知識の提供が不十分だったりする状況では、感覚的で反射的な選択をしがちです。しかしサイエンスカフェのような場である程度の専門的情報が与えられ他の参加者と疑問や意見を共有すると、参加者である市民は簡単には肯定/否定の判断を下せなくなるといった傾向がみられました。世論調査の結果を安易に医療政策に反映させようとするのではなく、多様な当事者の意見を扱いながら、きめ細かい議論を継続的に実施していくことの重要性が浮き彫りになりました。

これらの結果はソーシャルメディアを通じて
「命の選別と操作」に関心を寄せている多くの市民と共有されました。CoSTEPが運営しているFacebookページでサイエンスカフェの実況を速報的に紹介したところ、PVの合計は15,000を超えました。会場に足を運んだ市民260人の枠を超えて、この議論の展開が共有された証です。同様のテーマを扱いながら、CoSTEPが実施したアンケートの設問を利用したイベントが首都圏で開催されたという報告も寄せられています。学会が主催するようなシンポジウムは大規模かもしれませんが、出席者の多数が専門家で構成される閉鎖的で偏りがあるものになりがちです。 CoSTEPのサイエンスカフェは100人以下の小さな集まりかもしれませんが誰でも自由に参加できます。透明性の高いこの取り組みは全国に波及し、この問題に直面している多様な市民を結びつける触媒となっていることは明らかです。科学で問うことはできても科学だけでは解決できない問題を真剣に考え、国民的議論を上書きしていこうという動きにつながっています。

参加者の意見

メッセージカードやアンケートの自由記述欄には参加者の迷いや苦悩、問題の複雑さを理解しようとする真摯な姿勢、未来の社会に対する祈りのような想いが丁寧に綴られていました。市民のみなさんから寄せられた意見を結晶化させ、その結果を詳らかに公表することにも力を入れてきました。その姿勢は多くの方に支持されています。詳細はCoSTEPの公式サイトをご覧ください。

その一部を紹介します。
「このような問題には正解がなく、難しいものだと思いますが、社会全体で議論する必要があると思います。命に関わることはすべての人に関係することです。」
「子どもは作るものなのでしょうか。授かるものだと思います。」
「今後、自分が親になるかもしれませんが、様々な選択肢があるなかで、自分なら何を選択するかわかりません。科学技術は恩恵をもたらしましたが、私たちに苦しい悩みを置き去りにしました。」
「そろそろ生まれてくる子どものことを考える時期が来ているのではないでしょうか。」
「遺伝的に正常なる子どもしか生んではいけませんよ…というプレッシャーにつながると思います。」
「生の形を親や医者が決めていいのでしょうか。」など、数多くの意見が寄せられました。

  

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