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#91 あらまほしきかたち(1)〜古典復元の目指す理想〜

2017年10月02日

 

後藤康文さん(文学研究科 教授)は、平安時代物語文学の復元研究に取り組まれています。高校古文でおなじみの『伊勢物語』など、最初に書かれてから1000年以上たっており、現在は写本しか残っていません。「元の作品」がどのような内容だったのかは、残された資料から導き出すしかないのです。後藤さんは、写本から時代背景を考察し、さまざまな文献から情報を集め、自身の直感と経験で解き明かしていく「注釈的解釈」の手法を使って、「正しい形」への復元を目指しています。

 

【山本瀬奈・工学部1年/石黒咲良・工学部1年/中島晃洋・工学部1年】

 

 

■研究の魅力について教えてください


今残っている作品を「元の作品」に戻すということに魅力を感じて研究をしています。平安時代の物語文学作品は、江戸時代以降に人の手で書き写されているため、復元しないと読めないものが多いのです。原本がない限り照合はできませんが、理屈から考えて「正しい形」を復元するということに魅力を感じますね。

復元研究には職人さんと同じで、直感と経験が必要です。引き出しは多いほど選択肢は広がります。発想力や直感力は誰かから教えられて身につくものではありません。これはどの分野に関しても言えることですが、その人が元から持っているものこそが、この研究においてとても大切なのです。長い研究生活のなかでは、ときに自分の見解に間違いを発見することもあります。しかし、常に100%正しいということは不可能に近く、これは仕方のないことだと受け止め、きちんと訂正をした上で、次の研究につなげていきます。

 

 

■研究で気をつけていることはありますか?

 

誰も発見していないことに気付こうとすることです。そうでなければ面白くありません。時には、自分が見つけたと思ったら200年前に江戸時代の人が見つけていた、なんてこともあります。
それから、ふとした瞬間の思いつきを大事にしています。散歩しているときや、乗り物に乗っているときにパッと名案を思いつくことってありますよね。何かを得ようと思ったら、ただ待っているだけではだめだと思うのです。皆さんも、行き詰まったときは気分転換をしてみるといいかもしれません。

 

■研究生活を通して苦労したことを教えてください。

 

辛いのは、学生を育てながら常に競争をして行かなければならない、というプレッシャーを感じることです。元々文学が好きで研究していたのですが、好きなことも仕事になると苦しいと感じるものです。音楽家でいえば、趣味でピアノを弾いているのは良くても、プロのピアニストとして仕事をするのは大変というのと同じです。人によってペースは違いますが、常に研究の成果を出さなければいけないというプレッシャーがあります。

 

 

■なぜ平安時代の物語文学を研究しようと思ったのですか?

 

13歳のときから文学部に進むことは決めていました。フランスの近現代詩訳詩集を読んで、言葉の意味は分からなくてもその言葉の響きにうっとりしたことが主な理由です。中学時代はそういった西洋の翻訳文学ばかりを読んでいたのですが、高校2年生の時、伊勢物語と更級日記を原文で通読して、「いいなぁ」と思いました。意味が分かっていたとはいえませんが、言葉がきれいだなと感じました。それで日本の古典文学をやろうと思ったわけです。近現代の文学を研究してもいいのですが、もう二度と出会えないような古い時代のものが現代に残っていて、それを読めるということに魅力を感じて研究しようと考えました。同じ古典でも江戸時代の文章はリズム・波長が合わなくて、平安時代の文章では合うのです。

 

■平安時代と江戸時代の物語文学の違いは何ですか?

 

武士ですね。平家物語と源氏物語の文体って全然違うでしょう。語りの要素も入っているのですが、言葉が少しずつ変わってくるのですよね。平安時代の発音を再現するのは難しいですが、現代の発音で読んでも肌に合うのです。

 

 

■古文にゆかりのない北海道で研究している理由は何ですか?

 

それはたまたま北海道に来たからです。僕は本と文献さえあればいいので、どこにいようが関係ありません。もちろん、京都にいるのが一番いいのですよ。しかし、復元や注釈と行った文章の読解は資料があればできるので、どこにいても関係ないです。

 

■学生を教える中で北海道の学生と他の学生が違うと感じたことはありますか?

 

北大は道外の人が多いので必ずしもそうではないのだけれど。北海道に生まれ育った学生さんに対して平安時代の文学をやったときに、桜や梅の開花時期についての認識が感覚的に違ったりするのです。北海道は本州と比べて、ヨーロッパの気候に似ていますから、平安朝の季節感が伝わりにくいことがありますね。逆に僕は北海道に来て、ヨーロッパの文学とか音楽の季節感に対して、なるほどと思うことがありました。

 

 

■後藤さんの趣味は何ですか?

 

休養日にしている火曜と木曜は昼寝をしていることが多いのですが、それ以外の時間はずっと音楽を聴いています。CDで換算すると1日10枚程度を聴いていますね。あとは読書です。私はとにかく無精者なのです。趣味が仕事になってしまったようなものなのですよ。古典は仕事ですので、強いて言えば研究対象にしていない外国文学や現代文学が趣味に当たります。
学生と飲み会に行くのも好きです。飲み会では、学者としてやっていくためにはまずこうするべき、という研究者としての心構えを学生に話しています。あとはプロ野球観戦です。横浜DeNAベイスターズを応援しています。前身の大洋ホエールズが、私の生まれ故郷の山口県下関市を本拠地としていたので、生まれた時からファンなのです。

 

■先生の授業で、専門外の学問分野を学ぶことの重要性を話されていましたが、少し詳しくお聞かせください。

 

僕も昔から進化論に興味があって、アメリカの生物学者ジェイ・グールドの本を結構読んだりだとか、恐竜の絶滅に関する本を読んだりもします。北大の理系の先生で「伊勢物語大好きなんです」という方や「今昔物語集」が好きだという方も居て、そういうのは良いことだと思います。
専門に一辺倒になってしまうと、やっぱり不安定になってしまいます。だから、「僕は文系だから数学関係ありません」とか「僕は理系だから古文関係ありません」とかじゃなくて、ジェネラルエデュケーション(一般教育)が大事だと思っています。言い換えるといろんな脳の部分を鍛えているっていうことが重要ということです。文系だから文系教科だけできればいいというのではなくて、やっぱり数学や物理、体育も含めたあらゆる学問をやる経験というのは、とても必要だと思いますね。

 

 

後編では、後藤さんの本棚から「今の学生に読んでほしい3冊」を紹介します。


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