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#85 菌は異なもの味なもの(2)~応用菌学研究室の現在・過去・未来~

2018年02月27日


コメ最大の脅威とも言えるイネいもち病(前編参照)。その解明に取り組む応用菌学・応用分子微生物学研究室の歴史は今年2018年で103年を迎えます。この間、研究室ではイネいもち病菌だけではなく、様々な「菌」の研究を行ってきました。そして、6代目教授である曾根輝雄さん(農学研究院 教授)は近年、新たな菌研究に挑戦しています。これからの100年へ繋がる研究とは何なのでしょうか。

【林忠一・CoSTEP本科生/北大職員】

<撮影:中村健太>

 

人の暮らしに寄り添う実学の歴史


設立当初の応用菌学研究室は、イネいもち病菌とは違う「菌」の研究で名をあげました。それは納豆菌です。従来の納豆の製法は、稲わらに付着した納豆菌で自然に任せて発酵させるという非常に不安定な製法でした。それに対し、初代の半澤洵教授(1879-1972)は、純粋培養した納豆菌を使い、衛生的な納豆の製法を1918年に編み出しました。現在私達が食べているパック詰めの納豆は、製法はもとよりあの容器の形状までがこの研究室から始まっているのです。そして半澤は当時、この納豆菌を販売する会社まで興しました。今でいうベンチャー企業です。

(半澤が作成した家庭用や業界向け納豆雑誌(左)や、当時販売された純粋納豆菌のアンプル(右))

<撮影:中村健太>

(応用菌学研究室実験室のメンバーと半澤(右から2番目)および肖像写真)<北海道大学大学文書館所蔵>

 

半澤の後も、2代目佐々木酉二、3代目高尾彰一、4代目冨田房男、5代目浅野行蔵の各教授らが、私たちの暮らしに有用な「菌」について探求してきました。実は一口に「菌」といってもいろいろです。イネいもち病菌はカビの仲間で真菌。真菌にはカビのような多細胞生物もいれば、酵母のように単細胞の種類もいます。一方、納豆菌は細菌。細菌は単細胞の生き物です。これら全く異なる生物である真菌と細菌をまとめて菌、あるいは微生物と呼んでいます。


応用菌学研究室では、腸内細菌バランスを改善する食品オリゴ糖の生産、枯草細菌を用いた稲わらからのバイオエタノール生産、永久凍土にすむ新種の細菌の探索等々、ありとあらゆる菌研究を扱ってきました。

(部屋には歴代教員の写真が飾られていました)<撮影:中村健太>

 

 

新たな実学への挑戦

 

1998年から応用菌学研究室に所属している曾根さんは、前編で紹介したように冨田房男教授の一言をきっかけに、イネいもち病菌を研究してきました。しかし研究室名が応用分子微生物学となった2017年度から違う菌の研究にも挑戦し始めたのです。それはワインに関係する菌です。単にお酒が好きなだけでなく醸造に大変造詣の深い曾根さんは、以前からワイン醸造に関する研究を熱望していました。

曾根さんがワイン研究に取り組み始めたのは別な理由もあります。以前から北海道ではワインが作られていましたが、それは寒さに強い一部のブドウ品種が主でした。しかし近年の温暖化が状況を変えました。1998年以降、高級赤ワインに用いられる品種ピノ・ノワールが良く育つ気象条件になったのです。

 

曾根さん自身が心から研究対象としたかったワイン醸造。そして今まで北海道では考えられなかった高級赤ワインブドウの栽培環境。今この二つが合わさることで、絶妙のタイミングで応用分子微生物学研究室としての新しい歴史の幕開けとなりました。

 

 

主役ではなく脇役の菌を                                                               

 

ワインづくりで主役となる菌は、ブドウを発酵させる酵母菌です。酵母菌の種類や発酵の条件はワインの味に大きな影響を与えます。しかし、曾根さんは、その主役ではなく、土壌や植物体内にいる菌の働きに注目しています。土壌の菌は、植物が取り込む土壌中の栄養素に影響を与えることが知られています。従って、土壌菌の活性化はブドウの品質に影響をあたえると考えられます。それですぐにワインが美味しくなるというわけではありませんが、土壌菌の組成によって北海道産ワインの特異性が出ると面白いのではないか、と曾根さんは考えています。

 

他方の植物内に住む菌については、細菌の一種、バチルス菌に注目しています。バチルス菌は、植物の灰色かび病を引き起こすカビを抑制する働きを持っています。すでにバチルス菌はこの性質を利用した生物農薬として使われていますが、曾根さんはブドウの病気により効果があるバチルス菌の単離と利用について検討しています。

(北海道大学余市果樹園でもワイン用のブドウを栽培し、土壌細菌も採取しています)

 

曾根さんは、土壌菌や植物内の菌に目をつけた今までにないアプローチで、これからの北海道のワインを育てていこうとしています。それもこれも、曾根さんが単にワインを愛しているからではなく、フィールドワークとして実際に生産者を訪ね、生産者のワインづくりにかける情熱と苦労を理解しているからです。これからの北海道産ワインの発展の一助になりたいという曾根さんの一心に、半澤の時代から綿々と引き継がれた、実学の精神を感じました。

 

 

ワグネリアンが生み出す音色と味わい


100年余の歴史を背負い、実験室だけではなく、道内や海外のフィールドで菌研究に奔走する曾根さんを癒すのは、ワインと音楽です。曾根さんは、心からワーグナーを敬愛し、ワグネリアンを自認しています。またホルン吹きとしても学生に有名で、北海道交響楽団や、カンマーフィルハーモニー札幌,北大の教職員からなるクラーク室内管弦楽団でホルンを担当しています。また、北大生からなる北海道大学交響楽団では顧問も務め、後進の指導に奮闘しています。

(クラーク会館でワーグナーの交響曲 ハ長調 WWV. 29を演奏する曾根さん。

2017年8月25日、クラーク室内管弦楽団 第42回演奏会 サマーコンサートにて撮影) 

 

金管楽器を奏で、菌を探求する曾根さん。さまざまな“キン”との関わりからうまれた研究が、私たちの暮らしにさらに豊かで芳醇な味わいを与えてくれるかもしれません。半澤の納豆製法発表からちょうど100年の今年は、曾根さんの研究によって北海道産ワインがフランス銘醸ワインに並ぶ品質となる礎の年となることでしょう。100年後の北海道ワインが楽しみです。

<撮影:中村健太>


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