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#102 文化人類学者がアラスカで考えた「人新世」のつきあい方

2019年05月22日

 

オーロラやデナリ国立公園で知られるアラスカ州は、北アメリカ大陸の北西、カナダのユーコン準州に隣接する、アメリカ合衆国最大の州です。土地の多くは森林や湿原、永久凍土地帯であり、カリブーやグリズリー、ビーバーなどの日本には生息していない野生動物が暮らしています。今回は『犬からみた人類史』(共編著、勉誠出版)を上梓された、アラスカ先住民の生活様式を学ぶ文化人類学者、近藤祉秋さん(北海道大学アイヌ・先住民研究センター 助教)に、お話をうかがいました。

 

(『犬からみた人類史』を手にする近藤さん)

 

ーー文化人類学を志したきっかけを教えてください

 

小さい頃からアメリカ先住民の世界観、ギリシア神話、日本の民話について読むのが好きでした。少し変わった子どもだったかもしれませんが(笑)、「”今ここ”ではない世界」に関心があったのだと思います。その関心がもとで、高校生の時には、レヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』や、祖父江孝男さんの『文化人類学入門』、そして星野道夫さんのエッセイを手に取り、文化人類学者になりたいと思いました。

大学2年生の時に、アメリカのメリーランド大学に1年間留学して、文化人類学の基礎を学びました。そこで、人と自然の関係を論じた先行文献を読んで、これらの先行研究をもっと現代風にアレンジしてみたいと思いました。大学院の博士後期課程1年の時には、アラスカ大学に留学し、アラスカ先住民文化の研究を始めました。振り返ってみれば、子どもの頃から続くアメリカ先住民への興味や、星野さんの著作の影響が、自分のテーマの選択につながっているように思います。

 


ーー文化人類学とはどのような学問なのですか?

 

文化人類学の大きなテーマは「人間とは何か」を考えることです。そのためには人類の生活様式の多様性を理解しなければなりません。人類の多様性を知るためには、人々の生活様式の違いを、一つひとつ明らかにしていくことが求められます。文化人類学者は、自分の慣れ親しんだ世界とは異なるフィールドを自分の足で歩き、実際に見聞きしたことから、自分の感覚を研ぎ澄まし、その地域の人々の生活スタイルについて理解を深めていきます。これによって、人類の生活様式のバリエーションが具体的に見えてくるのです。

 

(ビーバーの毛皮を使ったサンダル)

 

ーー近藤さんはアラスカでどのような研究をおこなっているのですか?

 

内陸アラスカ先住民の漁撈について研究をしています。もともとアラスカの先住民は、河川を遡上するサケの一種、マスノスケをとって暮らしていました。サケ漁は先住民の伝統や文化をあらわしているのです。ところが、近年マスノスケを含むさまざまな魚類の遡上が減少してきているのです。

 


ーーなぜでしょうか?

 

いろいろな原因があると思われます。その中で村人の挙げる理由のひとつが、ビーバーの個体数の増加です。ビーバーの作るダムが、サケなどの魚類の遡上を阻害していると彼らは考えています。そのため、村人たちはビーバーダムを見つけると部分的にビーバーダムを壊して隙間をつくることがあるのです。しかし、専門家である生態学者は、住民のいうビーバー説に批判的な立場をとっています。むしろビーバーの活動によって河川の地形が変わり沈殿物が増え、サケの稚魚にとって住みやすい環境になるという報告もあります。生態学者にとっては、ビーバーはむしろ保護する対象だと考えられているのです。

 

(フィールドワーク七つ道具を紹介していただきました)


ーーどちらの意見が正しいのでしょうか?

 

遡上時期の障害物としてのビーバーダムに注目する先住民の考え方と、稚魚の長期的な生育環境に注目する生態学者の意見は矛盾しないように思います。また、先住民の友人たちと一緒に狩猟に出かけてわかったことは、彼らがビーバーの作ったダムを壊すとはいっても、それはサケが通れるほどの隙間を開ける程度だということです。その隙間も10日ほど経つとビーバーによって修復されていました。つまり、彼らの行動は、稚魚が生育する環境を保存しつつサケの遡上を可能にする点で、極めて合理的なものだったのです。20世紀初頭の入植者たちが、ビーバーダムを完全に撤去したり、毛皮交易のためにビーバーを乱獲したりすることとは、自然とのかかわりのあり方に大きな違いがあることがわかりました。このように実際にフィールドワークを行うと、先住民の生活様式が、内陸に住むビーバーの生態に適度に関与していることで、海洋に住むサケなど広範囲の生態系のバランスを保つことにつながっていることが見えてきました。

 


ーーヒトも生態系の一部なのですね

 

そうともいえます。このような状態を指して「ハイパー・キーストーン種」としてのヒトという考えがあります。キーストーン種とは「存在する個体数が少ないものの、生態系に大きな影響を与える種」のことを指します。サケは北米の太平洋地域のキーストーン種に位置付けられます。また「生態系エンジニア」とも呼ばれるビーバーは、ダムを作ることで地域の環境を変え生態系に影響を与えます。ハイパー・キーストーン種とは「キーストーン種に影響を与えることで生態系に影響を与える種」つまり、この場合ヒトを指すのです。

 


 

 

ーーヒトと自然の関係が抜き差しならないものになっているように思います

 

人間が、地球全体の生態系に対して、大規模な変化をもたらし始めたことを指す言葉に「人新世」があります。「人新世」は、2000年に、ノーベル化学賞受賞者であるP・クルッツェンが提唱しました。この耳慣れない言葉は、46億年の地球の歴史を24時間にたとえたら、たった2秒ほどにすぎない人間の活動が、惑星規模の変化を地球にもたらしていることを意味しています。例えば、気候変動によるアラスカ内陸での乾燥化・温暖化は、森林火災や永久凍土の消失による、湿地や湖沼の面積の減少を引き起こしています。この気候変動は、産業革命後の人間活動にも原因があるでしょう。特に、北極域では気候変動の影響が大きいのです。また、先ほど紹介させていただいた「ハイパー・キーストーン種」という言葉も、もともと「人新世」におけるヒトの生態学的な役割を考えるために提案されたものです。人新世という言葉には、人間が地球を支配する存在になるというニュアンスもあって、地球環境の破壊を進めたそもそもの原因である人間中心主義を踏襲した考え方だという批判も出ています。今後も、人新世における人間と自然の関係について、文化人類学者の立場から考えていきたいと思います。

 

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今回取材した近藤祉秋さん(北海道大学アイヌ・先住民研究センター 助教)をゲストにむかえ、サイエンス・カフェ札幌を開催します。

 

 

第106回サイエンス・カフェ札幌 「ビバ! アラスカ地球紀行〜文化人類学者が考える「人新世」とのつきあい方〜」
【日 時】5月26日(日) 14:30~16:00 ※14:00開場
【場 所】紀伊國屋書店札幌本店1F インナーガーデン
【聞き手】古澤 輝由(北海道大学 CoSTEP 特任助教)
【主 催】北海道大学 CoSTEP
【定 員】80名
【参加費】無料
【Web】http://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/costep/contents/article/1976/

 


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