みぃつけた


#12 中谷宇吉郎の書画と「雪の化石」、北大に寄贈

2019年06月03日

「雪の科学者」として著名で、随筆家でもある北大の中谷宇吉郎(1900-1962)による色紙2枚と書1点、そして彼が作製したと考えられる雪の結晶の標本「雪の化石」が、低温科学研究所に寄贈されました。寄贈をしたのは中谷と親交のあった札幌市在住の小林國子さん(92)です。中谷の研究をしている杉山滋郎さん(北大名誉教授)は一報を受け、品々について調べました。そして、5月25日に開催された講演会「エルムの杜の宝もの:中谷宇吉郎と雪の研究」の中で紹介し、寄贈品は一般に初公開されました。

 

(「雪の化石」)

 

ゆかりの品、寄贈の経緯

 

2018年6月、低温学研究所の杉山慎さん(教授)に「中谷宇吉郎博士の品があるが、北大に寄贈できないか」と相談が持ちかけられました。持ち主は現在介護施設で暮らしている小林國子さんです。中谷は1954年から亡くなる1962年まで、家族は東京に住まわせて、自らは山鼻地区に下宿していました。その斜め向かいに住んでいたのが当時30代だった小林さんです1)。小林さんは華道の先生をしており、中谷の部屋にお花を生けていました。その縁で、中谷から品々をもらったそうです。

 

中谷は「今は売るんじゃないよ。でも、もし必要があれば売って役に立てなさい」ということを小林さんに言ったそうです。しかし小林さんは貴重な品を北大に寄贈したいということで、介護を担当されている浅野理恵さんが知人を通じて杉山慎さんに連絡をしました。杉山慎さんは2018年9月中旬にそれらを受け取り、さらに中谷の研究をしている杉山滋郎さんに相談をしました。そして4月16日に、改めてふたりの杉山さんは現物を確認しました。

(寄贈の相談を受けた杉山慎さん)

 

人柄が忍ばれる書画

 

寄贈された書画は、「八代世界総豊饒」と書かれた色紙、黄山谷の詩が書かれた色紙、杜甫の詩が書かれた書の3点です。どの色紙にも茶碗や花が描かれています。中谷が下宿していた伊達家の夫人は茶道の先生をしていました。中谷と小林さん、伊達夫人の華道と茶道を介した関係が忍ばれます。また、黄山谷と杜甫の詩からは、研究に打ち込む学者の矜持や、家族を東京においてフィールド研究に勤しむ中谷の姿が伺えるようです。

(「八代世界総豊饒/國子へ 宇吉郎」と記された色紙)<低温科学研究所 所蔵>

 

(「帰来坐虚堂 夕陽在吾西/為國子先生 宇吉郎」。詩は宋の詩人・黄山谷によるもの2)

「遠くを求めるばかりでは、結局、何も得られない。それより近きをしっかりと身につけなければならぬ」という意味)

<低温科学研究所 所蔵>

 

(「早行石上水 暮宿天追煙/録杜詩 宇吉郎」。詩は杜甫の五言古詩「彭衙行」の一部3)

「朝には川の石を渡り、夕べにはもやの中で野宿した」という意味)<低温科学研究所 所蔵>

 

貴重な「雪の化石」

 

今回寄贈を受けた「雪の化石」は、特殊な樹脂で雪の型をとったものです。中谷は、雪の結晶をより正確に長時間観察するために、標本化の方法を戦前から探っていました。しかし、中谷の方法では1週間ほどしか標本は持ちませんでした。その後、中谷は1949年に3ヵ月アメリカに遊学します。そのときヴィンセント・シェファー(1906-1993)から、ポリビニルホルマールの塩化エチレン溶液を用いた作製法を教えてもらい、溶液も譲り受けます。

 

中谷はこの雪の標本づくりについて「雪の化石」と題して随筆を書いています4)。「雪の化石」とはどういう意味か、どうやって標本をつくるのか。分かりやすいので以下に引用してみましょう。

 

雪の結晶を布かガラス板の上に載せて、摂氏マイナス五度以下に冷やしたこの溶液を一滴落す。そうすると、溶液は結晶表面のすみまで、よく行き渡る。この状態で、摂氏マイナス五度くらいのところに、数時間放置する。すると塩化エチレンは蒸発して、ポリビニルの薄膜が雪の結晶の表面に残る。ちょうど天ぷらの衣ころものようなものになる。このとき標本を暖かい部屋に持ち込むと、雪は溶けて水となり、この水はポリビニルの薄膜を通して蒸発してしまう。あとには、天ぷらの皮だけが残るわけである。この皮は非常に薄いもので、結晶の形はもちろんのこと、表面の微細な構造までも、よく現わしている。顕微鏡で見ても、もとの結晶そのままに見える。

 

杉山滋郎さんによると「今回寄贈された雪の化石も恐らく同じ方法で、1950年代に作られたものだろう」とのことです。雪の化石の作製方法や、標本が作られていたこと自体は良く知られていました。しかし、杉山慎さんも杉山滋郎さんもこれまで「見たことがない」と口をそろえます。もちろん中谷が作った雪の化石も、北大での所蔵は確認されていませんでした。北大にとって貴重な品になることは間違いなさそうです。

(杉山慎さん(向って左)と杉山滋郎さん(右)。額装をはずして雪の化石を確認します。)

 

(雪のレプリカ。形の違う12個の結晶があります)<低温科学研究所 所蔵>

 

 

講演会で一般に初公開

 

5月25日(土)に講演会「エルムの杜の宝もの:中谷宇吉郎と雪の研究」(主催:道新ぶんぶんクラブ・共催:北大総合博物館)が総合博物館で開催されました。杉山滋郎さんは、中谷の研究について多数の資料を用いながらお話をしました。

 

杉山さんの講演の力点はまず、中谷の研究の背景と位置付けにありました。中谷は雪の研究者として有名ですが、他にも雪の研究者はいました。しかしそれは積雪、つまり積もった後の雪を対象とするものでした。一方の中谷は、降ってくる雪の研究をしました。つまり彼は降雪の研究者として特徴づけられるのです。

 

もう一つは中谷の研究の幅広さです。中谷は雪以外にも、火花、スキーの滑走、航空機の結氷、霧の発生など幅広い研究を行っていたことを、杉山さんは強調されていました。


(中谷が作製し撮影した雪の結晶をうつしながら説明する杉山さん)

 

講演会の後半は見学です。まず、中谷が実際に使ってたN123号室を復元した研究室を訪れ、杉山滋郎さんが解説をしました。そして総合博物館内の中谷関連展示を見学し、最後に今回初公開となる寄贈品4点を鑑賞しました。



(中谷の復元研究室を見学する参加者)

 

(雪の結晶の写真を撮影した乾板を収めた箱を手にしながら解説をする杉山滋郎さん)

 

寄贈された書と雪の化石は、今後の一般公開は予定されていませんが、低温科学研究所が所蔵することになりました。杉山慎さんは「中谷宇吉郎にゆかりがある低温科学研究所に、今回の資料を展示できるのは嬉しいですね。彼の研究を引き継いで雪と氷を研究している自分にとって、みなさんと一緒に当時のことを偲ぶのは興味い機会でした」とお話していました。北大の歴史を語る貴重な資料として末永く受け継がれることでしょう。

 

 

参考文献・注

1) 杉山滋郎「中谷宇吉郎の下宿生活」『ときたま、ブログ。」2019年5月26日

2) 色紙には「帰来坐虚堂」とあるが、元の詩は「帰来坐虚室」

3) 色紙には「暮宿天追煙」とあるが、元の詩は「暮宿天邊煙」

4) 中谷宇吉郎「雪の化石2」1958

 

 

----中谷宇吉郎を紹介しているこちらの記事もご覧ください----

【歳時記】中谷宇吉郎 生誕113周年記念

(2013年07月04日)

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