フレッシュアイズ


#137 地域をつなげる建築(1)~余白のデザインを企てる~

2019年09月02日

 

「建築」と聞くとみなさんは何を思い浮かべますか? 建物を建てることばかりに目が行きがちかもしれません。しかし建築では、地域の歴史や背景、建築が周囲にもたらす影響に目を向け、建てる前と後の計画を、多くの人々と共に造り上げることこそが肝となるのです。

 

私たちが見落としがちな建築と都市・地域の結びつきを研究し、北海道大学の数々の建築にも携わっている、小篠隆生さん(工学研究院 准教授)にお話を伺いました。

【松本虎太郎・法学部1年/田渕健太朗・総合理系1年/内田真奈美・医学部1年】

 

――小篠さんが所属している「空間計画講座」ではどのような研究をしているのでしょうか

 

建築を主な対象とした分野と、地域や都市の計画やデザインを対象とした分野のふたつがあり、私は後者で都市地域デザイン学を研究しています。都市や地域で起きてくる課題は千差万別です。建築だけで解決できる場合もあるし、建築を建てることが必ずしも目的にはならず、地域の資源である人やモノをどのように活かして、これからのまちづくりをするのかを考えないといけない場合もあります。その両方を考えるのが都市地域デザイン学ですね。

 

例えば、地域の拠点として東川町立東川小学校・地域交流センターを作りました。この小学校を作るときには、地域の方々と協議しながら、これからの学校はどうあればいいのか、どういう教育をしていけばよいのか、そこに住んでいる人の思いやニーズ、その建物が地域にもたらす影響などを全部を組み立て、構想を作って、その上で設計をしました。完成までに8年くらいかかりました。

 

でも、人々のニーズは変わったり想定していなかったことが起こるものです。そうした時に、いきなり建築が機能不全に陥ってはいけません。なるべくどのような状況でも使えるような場所、「余白」をわざと作っておきました。それを僕は「余白のデザイン」と呼んでいます。これは経験上すごく大事なことですね。

 

 

――「余白のデザイン」とは具体的にどういったものでしょうか


東川小学校の中でいえば、普通の教室の外側に扉も何もなく、つながっているスペースですね。建築計画の分野ではワークスペースと呼んだりします。教室として使ったり、グループ学習をしたり、色々なことに対応できます。こういった、使う人たち自身がその都合やニーズに基づいて、自由に使えるスペースを建築する前に計画し、設計・建築することが「余白のデザイン」です。

(東川小学校。奥に見えるのが教室。手前にある広々としたスペースが「余白のデザイン」で作られたワークスペース)

 <写真撮影:酒井広司 氏>

 

(ワークスペースをつかって活動している子どもたち)<写真提供:小篠隆生さん>

 

――東川小学校では地域との繋がりをどうデザインしたのでしょうか

 

東川小学校の敷地に連続して野球場やサッカー場を作りましたし、水田や畑があったりします。総合的な学習の時間では、農家の人と協力してお米作りをする活動をやっていたりもします。サッカー場にはコンサドーレ札幌のユースが来る。いろいろなプログラムを入れこんでいるから、地域の大人も子どもも当然やって来きて、通常の小学校の活動範囲を超えちゃうわけ。そういうことが起きるように目論むというのもある意味「余白」を作っているということですね。小学校とは違う機能をくっつけておくといろんな人が入り込めるし、そこで様々な活動が生まれたりするんです。

(東川小学校・地域交流センター。様々な人が利用できる空間が周辺も含めてデザインされており、一般的な小学校の面積の4倍もある)

<写真提供:小篠隆生さん>

 

――私たちの北大にも、そのような地域とのつながりがあるでしょうか


北大は200万に近い人口の都市で、駅から2、3分に校舎をかまえていながら、すごいオープンになっています。これは本当に啓有な状態ですね。こういうつくりは、19世紀後半にアメリカで流行ったキャンパスがモデルになったと考えられています。リベラルアーツを体現するための空間で、当時から学生や市民が自由に行ける場所とされたのです。ちゃんとした考え方がキャンパスの構えに転写されている。その精神とキャンパスが北大の初期を支えたし、140年たっても保たれているのです。

(札幌キャンパスが開かれた当時のまま残る、赤い屋根の旧図書館(1902年)と緑の屋根の昆虫及養蚕学教室(1901年))

 

もともと大学は、都市の中にあった、多くの人が集まって講義をする場所が起源です。イタリアにある最古の大学であるボローニャ大学に行ってみると、まさに町と大学が完全に一体化しているんですよ。ということは、誰でも大学に自由に出入りできるわけで、このことが学術を盛んにしてきたという歴史があったんですよね。大学の歴史をさかのぼれば、こうじゃないとだめだと思いますね。そういう意味では、北大のキャンパスは世界にも通用すると思います。

 

 

――小篠さんが建築に興味を持ったきっかけは?

 

高校生の時、担任の美術の先生に進路相談したときに「建築ってなんか面白そうなので勉強したいです」って言ったら、「何言ってんだ!好きなことやって飯食えると思ったら大間違いだ!」って結構きつく怒られて(笑)。そこで「すごい大変かもしれないけれど、すごいやりがいあるかも」って逆に思って、建築の道に進むことにしました。その先生はプロの画家になるのをあきらめた経験があって、「本気にならないとできないぞ」って言いたかったらしいの。でも「やる気があるんだったらすごい面白い」とも言ってくれた。それがきっかけかな。

 

 

――大学生活で心がけていたことはありますか?

 

...あんまり無いな(笑)。でも企て事をするのが大事かなって思ってたね。自分たちで企画して何かを作るとか、発表するとかは、建築にも大事かなって当時思っていたし、好きだったからね。例えば、僕は大野池に何とも言えないものを建ててしまおうって企画してた。企画は最終的にできるかどうかも大事だけど、発想も大事だよね。同じことをやるのではなくて、新しいスパイスを入れて面白いものを考えるっていう大事さや面白さは、建築をするうえで役に立っているかな。

(小篠さんは学生時代に、大野池の真ん中に誰もが憩い、交流できるテラスをつくったそうです)

 

――北大で変えていくべき建築はありますか? 北部食堂は…?


僕の学生の時と変わらないからね… キャンパスの施設計画の議論の中で、本当によく話題に出ます。いろんなジャンルの科目を受ける学部1年生が集まる場所として、ただの食堂ではだめだろうとは思っています。自習やちょっとしたゼミや発表会など、いろいろな学びの形をとれるようなスペースに変えていくことを個人的には構想しています。例えばだけど、図書館とくっつけるとかね。ただ、見通しは立っていないですね。

 

(1969年に建てられた北部食堂。1990年と2010年に増築されたが、それでも毎年春は混雑します)

 

――今、関わっていらっしゃる医学部百年記念館について教えてください

 

サステイナブル・キャンパス・マネジメント本部の仕事も兼務している関係で、医学部の百年記念館の設計をお手伝いすることになりました。それで、どのようなデザインがふさわしいのかを考えました。昔の医学部の同窓会や学生集会場が入った建物はまさにその時代の進取の気性を持ったデザインを取り入れていました。それを現代風に置き換えて、「同窓生を迎える大きな屋根」を持った建物にしました。中のほとんどは集会室で、活動も外から見えるようにしています。材料には全部道産材のカラマツを使っています。今、木造の考え方がどんどん変わってきていて、全く他にはないやり方で新しいものを作れることが魅力ですね。9月中旬には完成しますよ。

 

(北側から見た建設中の医学部百年記念館)

 

(メインストリート側から見た完成想像図)<写真提供:小篠隆生さん>

 

 

※ ※ ※ ※ ※

この記事は、松本虎太郎さん(法学部1年)、田渕健太朗さん(総合理系1年)、内田真奈美さん(医学部1年)が、全学教育科目「北海道大学の””今”を知る」の履修を通して制作した成果物です。


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