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蔵本由紀さん(京都大学名誉教授・国際高等研究所副所長)からのメッセージ

2014年10月01日

 

⾮線形科学の分野の世界的権威として知られる蔵本由紀さん(京都⼤学名誉教授・国際⾼等研究所副所長)。同期現象を記述する「蔵本モデル」を編みだし、2005年にはその先駆的研究業績が評価され朝⽇賞を受賞しました。京都⼤学を定年退職した2004年より3年間、特任教授として北海道⼤学に籍を置いていた蔵本さんが久しぶりに札幌キャンパスを訪れました。

そこで、5⽉に出版した『⾮線形科学 – 同期する世界』の執筆背景や最近考えていることなど、プライベートも含めてお話しを伺ってみました。

 

 

まず北大に帰ってきた印象はいかがですか。

 

いつ訪れても美しいキャンパスです。これまで国内外を問わず様々な⼤学を訪問しましたが、自然環境という面では最も印象的な⼤学の一つですね。キャンパスの広さ、歴史に培われた佇まい、豊かな自然は素晴らしいと思います。さらに札幌の都⼼に隣接しているわけですから、学⽣にとっては贅沢すぎる環境かもしれません。

 

私は2004年3⽉に京都⼤学を定年退職し、その後の3年間を札幌で過ごしました。21世紀COEプログラム「特異性から⾒た⾮線形構造の数学」の研究メンバーとして北⼤に迎えていただいたのです。思い出すと、貴重な単⾝赴任⽣活を送りました。理学部3号館に研究室を構え、周りには理学部本館(総合博物館)や農場、ポプラ並⽊など北⼤らしさがあちこちにありました。13条⾨から延びるイチョウ並⽊や理学部脇の⼤野池では季節の移ろいを観察できるので、よく散歩していました。また研究仲間や学⽣たちと⾷事をした「中央⾷堂」も懐かしい場所です。

 

今年の5月に発表した『非線形科学 − 同期する世界』(集英社新書)について教えてください。

 

自然界には様々なリズムがあります。胸の鼓動、呼吸、ホタルの点滅、虫の鳴き声、波や季節が巡ることなど…。私たちはそのようなリズムに囲まれて⽣きているわけですが、そのリズムとリズムが出会ったときに不思議な同期現象が起こります。その現象を私が職業的に使ってきた数式を使わずに解説したものです。平易な言葉(日常語)を使いながら専⾨性の高いとされてきた知識を広めることで、高校生やサラリーマンなど専門外の方々にも現代科学に関⼼を持ってほしいと考えました。

 

 

また、非線形科学という領域で活躍している若手の研究者を広く紹介したいという希望もありました。一方で、それは私自身への挑戦でもありました。非線形科学といっても対象は広く、私の専⾨ではない領域を理解し、日常語に翻訳することは簡単なことではありません。対象分野の研究者と何遍もメールでやりとりし、論文を読み返しながら理解を深めていきました。特に気を遣ったのは「正確さと平易さとのバランス」です。研究者仲間に読まれて恥ずかしくない程度の正確さにこだわり、専門用語を別の言葉に置き換えるときも、それが「ごまかし」にならないよう努めました。同じことを伝えるにしても、表現の仕方は様々です。どんな表現を選ぶか時間をかけて考えているといろいろなアイディアが浮かんできます。そして、工夫次第では、読者は頭ではなく身体を使って理解し、受け止めてくれる場合があります。⾝体…つまり、皮膚感覚ですね。正確さはちょっと犠牲にするけれども、読者の懐にすっと忍び込むような表現を目指しました。実は家内にも読んでほしいと期待していたのですが…、読んでくれたかどうかは知りません(笑)。興味を持っていただけたみなさんにはゴロンと寝転びながら、そしてページをぱらぱらめくりながら気になった章から読んでもらえたら幸いです。

 

2007年にも『非線形科学』(集英社新書)を出版しました。固いタイトルだったにも関わらず、たくさんの読者に恵まれました。私の名前は「よしき」と発音するのですが、「ゆき」さんという名前の女性ライターと間違われることもあり、少し照れくさいような嬉しい気分にもなりました。若い頃から⽂章を書くことは好きでしたが、女流作家の表現力は豊かでいつも参考にしています。

 

 

お休みの日はどうのようにお過ごしですか。

 

自宅で読書をしている時間が多いかもしれません。ジャンルを問わず、文芸書、評論、哲学書、経済書などを読んでいます。スポーツが不得意なので、庭の手⼊れも家内に任せっきり…つい音楽や読書を楽しんでしまいます。最近感銘を受けた本は中村桂⼦さんの『科学者が人間であること』(岩波新書)です。「人間は生きものであり、自然の中にある」という視点から、将来の科学のありかたを再考しようとする試みで、これから研究者を目指す若い⽅にも、そうでない方にもおすすめします。

 

最近よく考えることがあります。⼈は科学に頼りすぎているのではないか?⼈智を超えた存在であるはずの命や自然をコントロールできると錯覚しているのではないか?ということです。震災後、国は東北の三陸沿岸部に巨大防潮堤を建設しようとしています。津波災害から生命・財産を守るための防潮堤ではありますが、⼀⽅で自然と⼈間の分断、人間と⼈間の分断につながらないか心配しています。日本中が護岸工事や埋め立てによって、森や海とのつながりが断ち切られつつあります。例えば、有明海はかつて「宝の海」と呼ばれていました。しかし、筑後大堰の建造や諫早湾干拓事業によって海の宝は壊滅的な状況となりました。このように目に見える形で漁業被害や生活への影響が出てきて初めて自然の恩恵に気づいてしまう背景には、人間と自然との関わりを重要な問題として扱おうとしてこなかった歴史があったのかもしれません。

 

「かつて私の研究室のあった理学部3号館はリフォームされ、きれいな建物に生まれかわったんですね」

 

自然の循環系がダメージを受けると、⼈と⼈の関係も分裂してしまいます。農業と漁業関係者の間で対立が起こったり、漁業者の間でさえ、海苔の養殖業者と近海業者の間で対立が起こったりします。本来なら、両者は利益を共有しあう仲だったはずなのに、不幸な争いが起きています。ここで述べたことは、有明海の再生に取り組んでいる田中克(まさる)さんから最近学んだことです。田中さんは京都大学名誉教授で、現在私が勤務している国際高等研究所のフェローをお願いしている方です。震災からの復興を考えたとき、田中さんが提唱する「森里海連環学」(森から海までのつながりの科学)から学びを得て、自然との健全な共生を目指すチャンスとしてほしいと思います。

 

また、気仙沼で漁師を営む畠山重篤さんの言葉も印象的です。東日本大震災の津波で、彼が営む牡蠣の養殖場は全壊しました。それにもかかわらず畠山さんは「海はふるさと、海を恨まない、海を信じる」と語り伝える活動を続けています。それは、自然と向き合う時、立ち向かうのではなく受け入れて信じる…というメッセージです。彼の自然観、優しさ、懐の深さに感銘を受けました。

 

研究者を目指す若い世代へのメッセージをお願いします

 

数名の方のお名前をあげてお話させていただいたので、彼女/彼らの考え方や生き方から学びを得てほしいと思います。いま世界中で様々なトランス・サイエンスが認識されはじめています。科学だけでは答を出すことのできない問題です。小林傳司さんの『トランス・サイエンスの時代』(NTT出版)も読みました。小林さんの考え方には基本的に賛同しますが、一つ付け加えたい視点があります。それは、科学者が単に専門知識を提供するだけの存在ではなく、しっかりした人間観や自然観、生活知をもってしかるべきではないかということです。科学者というものに対するイメージをもう少し広げてもいいのではないでしょうか。この認識が昨今のトランス・サイエンスの議論に少々欠けているような気がしてなりません。

 

 

 

 


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