みぃつけた


#6 ムーミンたちが教えてくれること。(前編)

2014年07月01日

 

世界中で愛される北欧フィンランド生まれのムーミン。今年2014年はムーミンにとって特別な年。来る8月9日に原作者トーベ・ヤンソンの生誕100周年を迎えるのです。このブーム以前から、ムーミン物語とフィンランドの教育に共通点を見出し、講義を通して学生と共有してきた池田文人さん(高等教育推進機構 准教授)。今回は、池田さんのムーミンコレクションとムーミンの奥深さについてお話を伺いました。

 

 

 

ムーミンの部屋

 

池田さんのお部屋に入ると、机や棚には色とりどりのムーミングッズや本。壁にはポスター。まさにムーミンの世界です。天井からはデンマーク製のモビールがお出迎えしてくれました。

 

(一番上から(ちらっと見えている)ミィ、ムーミンパパ、ムーミンママ、スニフ、スナフキン、そして後ろを向いているムーミンです。)

 

「原作者のトーベ・ヤンソンは、ムーミンたちを「小さな生き物」と呼んでいます。妖精でもカバでもなく、ひょっとしたら私たちの近くにいるかもしれない存在です。ムーミン物語はおとぎ話ではなく、私たちの身近で起こっている現実の物語だと、トーベは考えていたようです」。

 

早速ムーミンについて語る池田さん。さぞやムーミンマニアなのかと思い、ムーミンとの出会いについて伺うと意外な答えが。「実は初めはすごくバカにしてたんです。子供向けで、妖精だかなんだかよくわからないなあって」。

 

(手前のちょっとシュールなムーミンたちはフィンランドのお菓子のおまけ。奥の日本製とは雰囲気が違います)

 

 

ムーミンとの出会い

 

池田さんは2000年に民間企業から北海道大学の高等教育推進機構に着任しました。そしてその経歴から、産学連携の成功国であるフィンランドの教育に興味を抱きます。翌年の2001年、フィンランド視察で子供たちの個性を重視し、個の自立を目指すフィンランドの教育に触れ、現地の教師の言葉“Your way is teaching, not learning”に大きな刺激をうけます。

 

派手ではないけれど先進的なフィンランドの教育を北大生に知ってもらおうと、池田さんは教材に使えるものを探します。その中で初めてムーミン物語を手に取ります。池田さんが初めて読んだのはムーミン物語の第1巻『小さなトロールと大きな洪水』。これが池田さんとムーミンとの出会いでした。

 

(ムーミン物語は世界中で読まれています。写真は第2巻「ムーミン谷の彗星」。左から英語版2冊、スウェーデン語版、日本語版です)

 

(大量の本にはそれぞれ「池田印」が。池田ムーミン文庫が開けそうです)

 

 

ムーミン物語が伝える「個の確立」

 

「原作を読んで、ムーミンがフィンランドの教育以上に、フィンランドの教育を具現化していることに気づきました。色々な人と接することによって他者のことを理解し、また自分の中の葛藤を超えながら個を確立していく話がムーミン物語のなかにはあります。それはフィンランドの教育が目指すものとまさに同じなんです。」

 

(『小さなトロールと大きな洪水』は1945年に刊行されたムーミン物語の原作第1巻)

 

ムーミンシリーズは全9巻からなりますが、登場人物は全巻同じではありません。途中からぱたりと登場しないキャラクターがいたり、ムーミン一家全員が登場しない巻もあります。「途中でいなくなっていくキャラクターたちを調べていくと、やはり自分を確立したから消えて行ったというケースが多いんです。逆にムーミン一家は最後まで残っています。それは彼らが他のキャラクターの個の確立を媒介しつつ、彼ら自身は確立していないからなのです。」

 

(宝物が大好きなスニフ。彼は第4巻『ムーミンパパの思い出』で姿を消します(短編集を除く))

 

例えば第8巻『ムーミンパパ海へ行く』。この物語でムーミンパパは家族を強引に引き連れて寂しく荒れ荒んだ孤島に移り住み、灯台守として生きることを決意します。「なぜかというと、ムーミン谷はムーミンママの影響力が大きすぎて、自由になりたいんですよね(笑)。ムーミンパパが男としての沽券を復活させるために孤軍奮闘するのがこの物語です。実はムーミンパパの自立の物語であると同時に,ムーミンママやムーミントロールも苦悩と葛藤を経て自立して行く物語です。」

 

一方の第9巻『ムーミン谷の11月』で自立をするのはムーミン一家の周りのキャラクター達です。「この巻ではムーミン一家が登場しません。それぞれの思惑を持ったキャラクターたちがムーミン屋敷に集まることで、お互い何らかのインタラクションを起こし、自分を見つけて帰っていくというお話です。もうムーミンたちを頼らなくてよいということなのです。」

 

 

トーベ・ヤンソンは第二次世界大戦という厳しい時代に20代から30代を過ごしました。また母親との結びつきが非常に強く、ムーミン物語を書くときは母親に相談していたと言います。ムーミンの第一作は終戦と同じ年に書かれ、母が亡くなることでムーミン物語も終わりました。「ムーミン物語は、大国に挟まれたフィンランドや、トーベ・ヤンソン自身の自立の歴史がその背景にあると言えるかもしれません。」

 

(各国の研究者によるトーベ・ヤンソン論文をあつめた専門書。泳いでいるのがヤンソンさん)

 

(池田さんが一番お気に入りのグッズ。左はフィンランドのヘルシンキ・ヴァンター空港、中心は現地の古着屋さんで買ったネクタイ。右は日本製)

 

単なる児童小説と思われがちなムーミン。奥が深いですね。後編は、まだまだあるコレクションと一緒に、池田さんの講義「ムーミンの国へようこそ!」や人気者ミイについてご紹介します。

 

【小倉加世子・農学院修士1年/CoSTEP本科生】


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