2015年02月18日

授業レポート

「地域に対話の場を創造する―当事者として、社会学者として」 1/31 五十嵐泰正先生の講義レポート

 

今回の講義は、筑波大学大学院人文社会系准教授で都市社会学がご専門の五十嵐泰正先生です。福島の原発事故以降、「安全・安心の柏産柏消」円卓会議事務局長として取り組まれている地元農産物の地産地消活動についてお話いただきました。

 

 

原発事故で柏の農業に打撃


東京圏のベッドタウンである千葉県柏市は、大消費地に近い利点を生かした近郊農業が盛んです。全国市町村別生産量で日本一のカブを始めネギやホウレンソウなど、少量多品種を生産し直営販売する農家が点在します。食に関心の高い市民に支持されていましたが、2011年の原発事故により状況が変わりました。
3月21日の放射性物質を含んだ降雨により、柏市は関東エリアでは最悪レベルの放射能汚染となりました。得意客だった層は放射能への自己防衛から購入を控え、善意ではありますが、柏から簡単に離れることができない農家に対し「他の土地に移った方がいい」と言うなど、生産者と消費者の間に無理解が生まれていました。
こうした状況の中、2011年7月、コミュニティの分断を危惧した柏市の市民が「安全・安心の柏産柏消」円卓会議を結成しました。どの程度汚染されていれば危険なのか明確になっていない放射能の問題に対し、ステークホルダー間で我慢できる基準値を決めた上で、放射性物質の測定と調査結果の情報発信を進めました。

 

 

消費者の不安解消を目指しきめ細かい測定を


「安全・安心の柏産柏消」円卓会議は、柏市内で直営により運営してきた農家と、地元産を買いたいが震災後は控えている消費者を繋げることを目標に掲げ、放射性物質の測定を開始しました。
五十嵐先生は「これは民間にのみ許されたやり方」と言います。行政は様々なタイプの農家に目配りをしないといけなく、成長軸でもあっても地産地消の農家に特化したきめ細かいやり方をとることはできません。そこで、全体をカバーすることは行政に任せ、円卓会議は、柏市内の直営農家を対象に「特化されたセカンドオピニオン」という立場をとることにしました。
検査体制は、消費者の不安解消を目指しきめ細かく行う方針にしました。標準的な放射線防護学で用いられる市場希釈による確率的なリスク判断は、マーケティングの観点から採用できないと考えたからです。一般消費者に商品を選択する権利がある以上、「関東で最悪レベルの放射能汚染」という大きなリスクがある柏では、この野菜は本当に大丈夫だときちんと証明する品質管理が必要だと判断しました。


測定がもたらした予想外の効果


こうした測定によって直売所の売り上げは回復し、2014年には黒字になりました。そして、売り上げ以外でも予想外の効果が生まれました。1つは生産者自身が圃場のコンディションを細かく把握し、放射能の知識を蓄えたことで、自信を持って消費者とコミュケーションを取れるようになったことです。消費者は、生産者がどれだけ放射能について把握しているかを、知識量だけではなく説明する際の姿勢や態度から判断して購入します。放射能を不安視していたお客から人格的な信頼感を得ることができたのです。
もう1つは、汚染範囲の特定が可能になったことです。あるハウス栽培によるチンゲンサイの畑では一画だけが高い数値を示しました。これは、もともと植物のセシウム吸収を抑えるカリウムが少ない土壌だったことと、ハウスの一部が壊れていたためだと原因を突き止め、汚染範囲を特定することができました。その時、「農家から『市などの抜き取りによる測定だと、一律出荷停止になるところだった』と喜ばれた」と言います。きめ細かい測定によって、出荷停止は汚染範囲だけにとどめられ、生産者への打撃は最小限で済みました。

 

3・11後に求められる社会学とは


最後に、東日本大震災後における社会学の役割について、五十嵐先生は「1番困難な立場にいる人に寄り添う役割と、いろいろな声を調整する役割の両方が大事」と指摘しました。これからは行政ではなく、市民による利害調整が求められる局面が増えていきます。その時には 様々な立場の話を聞き、異なる文脈の言葉の解釈枠組みを探る人文・社会系のトレーニングが役に立つことを強調しました。

 

講義を通して、多様なステークホルダーが共存共栄するためには、ただ単に情報共有するだけはなくコミュニケーションを通して互いへの信頼を構築することや、その信頼を構築するのに社会学の役割が大きいことを実感しました。
五十嵐先生、貴重な事例を紹介してくださって、ありがとうございました。
 

大坂力(2014年度CoSTEP選科B )