2020年04月28日

お知らせ

科学の対話に魅せられて(2020年度新スタッフ紹介② 梶井宏樹さん)

化学の魅力を伝えるために常備しているレゴブロックを取り出してきた梶井宏樹さん。そのレゴブロックで「アヒルを作ってみてください」と言われました。梶井さんは、2020年4月から、博士研究員としてCoSTEPスタッフに新たに加わってくれました。日本科学未来館(以下、未来館)での科学コミュニケーターの経験、貴金属リサイクル工場での現場勤務、そしてCoSTEPでの意気込みなど、さまざまな角度から科学技術コミュニケーションの魅力を語っていただきました。

世界は粒々でできている

 

今、レゴブロックでアヒルをつくってもらいました。 同じブロックを使ってもつくる人によってできるものが違いましたね。まったく同じものを作っても、ブロックを組み立てる順序が異なることもあります。化学ではブロックではなく原子や分子という目には見えない粒々を扱います。自然界に元素は約90種類あって、組み合わせは無限大なんです。発想力次第で、今ないものをつくり出すこともできるんですよ。

この世界は粒々から成り立っています。例えばふだん使っている洗剤とか。今の私たちの生活は、原子や分子といった粒々とその研究から成り立っているんです。大学院で実際に化学の研究をして初めて、「分子のことがわかると世界の見え方が変わる」ことを知りました。化学のことを市民の皆さんに伝えることで、もっと面白い世界観をもっていただくことができるんじゃないかという直感がありました。未来館の存在を知って科学コミュニケーターという生き方を知ったのはちょうどそのころでした。

 

工場勤務の経験

 

大学院を出た後、すぐに未来館には就職せず、企業での貴金属リサイクルに携わりました。

未来館の求人に「実務経験があれば尚可」という文言があったことや、社会を知らないで市民と話すのも違うなと思ったからです。

 

配属された工場では驚きの日々でした。例えば、現場作業の人たちが薬品をドバドバ使っていたことです。高校化学の知識も十分でない人が多かったのですが、「この材質のものにこの酸をかけたら爆発する」「もしこの薬品が皮膚にかかったらこう対処する」「こうしたら効率よく反応が進む」ということに関して、私よりも多くのことを知っていました。元素周期表や化学反応のメカニズムを知らずとも、必要な知識が浸透していたわけです。むしろ、私が必死に学んできた先端知識なんか少しも必要とされませんでした(笑)。いわゆる「職人技」や、過酷な現場で作業している人たちによって私たちの生活が支えられている現実などを、彼らと共に作業をしながら知れたことは良かったです。

 

未来館のスタッフになる――ディスコミュニケーションからコミュニケーションへ

さきほど「化学のことを市民の皆さんに伝える」と言いました。振り返ってみれば、あの頃は「欠如モデル」で科学技術コミュニケーションのことを考えてしまっていたんです。来館者に知識をひたすら与え続けていました。ですが、それには限界があって、なんか面白くないし、納得がいかない―― そう思っていたころの話です。「分子って何か知ってる?」と未来館で小学生に問いかけたときのことです。そしたらその子が「分母の上!」って答えたんです。青天の霹靂ですよ。「そんなバカな」って思って(笑)。

 

それがきっかけで、考えが変わったのです。その子とのやり取りは、言ってみれば「ディスコミュニケーション」ですよね。ですが、そのディスコミュニケーションがはっきりと見えたからこそ、お互いに話し合うことの面白さにも気がつきました。ディスコミュニケーションに気がつくことは、お互いに離れるきっかけにもなりますが、お互いがつながるチャンスにもなるのです。テレビなら気に入らなければチャンネルを変えてしまえばいいですけど、その場にいれば「え? それって何?」ってお互いに話し合うことができます。「こんな世界があるんだ!」という別の見方に対する驚きにつなげることができるのです。なにやらディスコミュニケーションだらけの科学の話題に関して、こういうつながりを生み出すことができる科学コミュニケーションにどハマりしたのは、この小学生との対話がきっかけでした。

 

大成功の化学の実験教室

未来館では、いろいろな実践を行いました。トークセッション、サイエンスカフェ、研究者を取材して記事を書いたり、研究者と一緒になって実験教室を作ったり、そして何よりも来館者との対話ですね――私が主軸に置いていたのは、研究者と市民の人たちをつなぐことでした。私は研究者のことを「少し先の未来が見えていて、それを創ろうとしている人たち」と定義しています。その方々の先端研究をフックに、「じゃあどういう未来にしようか」ということを研究者と市民が共に考えている場を創ることが好きだったのです。

 

例えば、先端化学研究をテーマにしたある実験教室では、ただ実験をして楽しかったということだけではなくて、化学の最新の成果が世界にどんな変化をもたらしうるかということを実感していただくことができました。研究者と参加者の楽しそうな会話の光景は忘れられません。実験室レベルで行われている化学実験を小学生でもできる形に落とし込むことは想像以上に大変でしたが、そういった場を創ることができたときの喜びは、そんな苦労がどうでもよくなるほどです。コミュニケーターとして良い仕事をしたと思います。

 

多様な科学技術コミュニケーションを求めてCoSTEPへ

 

研究者の中には、自分が市民に話しても、「理解増進活動」「後進育成」にしかならないと考えている人もいます。市民にしても、知的満足感を得て終わる人が多いように感じています。ですが、ここまで言ってきたように、今の世界は科学技術に支えられていて、科学技術によって世界を変えうるのです。ただ話して終わりにするだけでなく、「どんな世界を創りたいのか」を研究者と市民が共に話し合い、新しい世界観を創っていくことが大事だと僕は思います。

 

良い意味でも悪い意味でも今の世界の多様性を支えているのは科学技術です。多様で持続可能な社会を作ろうとしている今だからこそ、科学技術と社会をつなぐコミュニケーターも多様でなければならないと思っています。ものすごく多様な教員と受講生が集まっているCoSTEPには未来を創る原動力があると感じ、その一員として働きたいと思いました。

 

終わりに:科学技術コミュニケーションの面白さ――寄り添う対話のできる教員

 

私は、今年度は「対話の場創造実習」を担当します。「対話」はとても入りやすい科学技術コミュニケーションの入り口です。一方で、対話は答えを探り続ける営みなので、モヤモヤします。長期的なビジョンで取り組んでいるはずなのに、目に見える形の短期的な成果だけを求められると、「ただ自分が楽しいだけなんじゃないか」「こんなことに価値があるのか」など、少しむなしくなってしまうこともあります。そもそも科学技術コミュニケーションの評価軸はまだしっかりしていないですし・・・。

 

ですが、そのモヤモヤが大事です。コミュニケーションとか対話という点を無視して自己満足でよいならモヤモヤする必要もないですよね。「自分はそもそも科学技術コミュニケーションで何をしたいのか?」「科学技術コミュニケーションってなんだ?」といったことに向き合おうとしているからモヤモヤするのではないでしょうか。その意味でモヤモヤするのは正解なのです。その楽しさと苦しさを皆さんより一足先に味わっている私は、それを抱えながら前を向いていく受講生の皆さんに寄り添うことができると思っています。科学技術コミュニケーションの魅力を考え抜いた先にある対話の場を、一緒に創り上げましょう!