2020年06月11日

活動報告

2020年度CoSTEP開講特別プログラム「地つづきの果て」を開催しました

 

2020年度開講特別プログラム「地つづきの果て」を、5月16日(土)13時半よりオンライン配信の形で開催しました。このオンライン配信では、今年度の受講生だけではなく、一般の参加者も含め577名の方が視聴し、CoSTEPの開講式で最も多くの視聴者を獲得することとなりました。配信に登場してくれたのは、世界を旅し続けてきた写真家の石川直樹さんです。

 

新型コロナウイルス感染拡大に伴い、オンライン配信の形式になった今回の特別プログラム。見えるラジオを目指して、石川さんの写真と言葉を組み合わせた映像と共に、石川さんが自身の経験を語る形で配信されました。

 

ーー

 

身体で世界を知覚する

今は東京にいる石川直樹です。肩書きなどなしで、名前だけで呼ばれるほうがしっくりくるのですが、一年の半分以上を写真に関わって仕事をしているので、消去法でいけば、写真家と呼ばれるのが一番適切で、間違いがないかなと思っています。

とにかくいろんな場所をこれまで旅してきて、その過程で反応したあらゆるものの写真を撮り、文章も書いたりしてきました。子供のころから本を読むのがすごく好きで、小説からノンフィクションまで幅広く読み、それが礎になっています。本を読むだけではなく、本の世界を自分の身体で体験してみたいという気持ちが芽生えて、中学生の時に青春18切符を使って四国へ一人旅をしたことを皮切りに、高校生の時には一人でインドとネパールを旅し、その後、ずっと旅を繰り返しています。その原点にあるのは、自分の目で見て、耳で聞いて、目の前にあることを体験して世界を知覚していきたい、理解していきたいという気持ちです。

 

 

二十歳の時に、初めて高所登山を経験しました。高所登山とは一般的に6千メートル以上の山を登ることを指します。この写真は、北米最高峰の山、デナリの頂上で撮影しました。カメラのファインダーを覗いて撮るものですが、この時は手袋をはずせず、ゴーグルなどもあって、ノーファインダーで撮影しました。帰国してフィルムを現像した時に、仲間の頭の部分が写っていて、失敗したと当時は思いました。しかし今振り返ってみれば、初めての高所登山でふらふらだったときのことを思い出すことができて、結構気に入っています。なので、自分の個展では、最初の一枚として展示したり、今回チラシにも使いました。写真は偶然が映り込むことが面白く、そうした予期せぬ映り込みを逆に大切にしています。

 

写真で記録する力

僕の写真は99%、フィルムで撮った写真です。プラベルマキナ670という中判カメラをヒマラヤでも、街でも使っています。1本で10枚しか撮れないので、ここで念のために多く撮っておこう、とか、いろんな角度から撮っておこう、とかそういうことが一切できません。なので当然ですが、一期一会で撮っていきます。天候待ちもしないし、曇っていたらその曇り空を撮ればいいだけだし、雨が降っていたら雨の光景を撮ります。多くても一つの場所で2枚くらいしか撮りません。

 

 

僕は、固有名詞の山を象徴的に撮るようなやり方はしていません。エベレスト「を」撮るのではなく、エベレスト「で」エベレストと自分との関係を撮る、そういう心構えで撮っています。山の周りには人々が暮らしていて、標高によって変化する環境があって、積み重なって醸成した文化がある。そういうものも含めて、反応に任せて撮りながら、浮かび上がってくるものを写真集などで掬い取るような感覚でしょうか。

人物を撮影する際は、目の前の人々との適切な距離を意識します。近づきすぎるとびっくりされちゃうし、遠すぎても信頼関係が築けない、微妙な距離の取り方は今までの数多くの旅の経験から学んできました。

 

環境の変化も目の当たりにします。南極も10年ぶりに訪れると、沿岸部には氷がなくなって、雪ではなく雨が降っていたりしてびっくりしました。北極の村も、今では村そのものが消滅しかかっている場所もあります。写真を撮っていたからこそ、そうした変化を比較できるわけで、写真というメディアが持つ記録性、その大切さについて、最近よく考えます。撮ったそのときと、10年後50年後で、意味が変わっていく。

 

 

北海道を撮る

北海道は、その先に続く北方世界への入り口と捉えています。初めて知床に行った時、流氷がびっしりと広がっている様子に心底びっくりしました。知床の斜里でトークイベントをしたり、廃校になってしまった朱円小学校で卒業アルバムを作るプロジェクトなどを通して、地域の人々と関わりができ、頻繁に通うようになりました。「写真ゼロ番地知床」というプロジェクトを、地域の人と立ち上げたりして、多いときは毎月のように通っていましたね。知床は世界自然遺産で有名ですが、地域の暮らしや歴史という観点から知床を見ていくと、さらに色々なことが飛び込んできます。地元の人を交え、アーティストを招待してワークショップや作品制作をすることで、新しい知床の側面が浮かび上がる。今年は映画監督の吉開菜央さんをお呼びして、映画を制作しました。その映画を今回もこの講座でお見せしたいと思っていたのですが、今回のコロナ禍でかなわず、残念です。

 

知床にやってくる流氷の始まりを見るために、シベリアのマガダンまで行ってきました。この写真はまさに流氷が生まれる海岸の光景です。ドロッとしたシャーベットのような海辺が広がり、妙な物質感がある。北海道に人にとって「流氷」という言葉は身近かもしれませんが、世界的に見ても特にこの緯度で流氷が見られることは稀ですよね。流氷が国境を超えて自然の移動をつなげている、そういうことを想像しながら海辺に立つと、自分にとっての流氷の意味が変化していきました。

 

 

これは斜里町の森の中での一枚です。昔は道路だったところに、標識だけが残っています。開拓の歴史もあり、その前や後の過ぎていった膨大な時間を、ふとした瞬間に感じます。時間に自然が覆いかぶさっていくような光景は、過ぎ去った時間をわずかに可視化させる。

 

 

新型コロナウイルス感染拡大によって変わる日常

移動ができないことによって、身体だけでなく、自分の思考も滞留しがちでした。僕は歩きながら考えるタイプだし、旅が終わる時に次の旅のことを考えて、とずっと連鎖しながら広がっていった人生だったので。移動していると思考が回転してどんどん新しいことを思いつく。でも、ひとところにとどまっていると、水でいうなら透明度がなくなるような、そういう感触がつらいですね。

今は、これまで読めていなかった本を読んだり、身近な自然に目を向けたり、自分の中に種をまいている時期だと思います。ただ、人間の動きが少なくなったことにより自然環境が生き生きとしているようなので、この期間が終わったら、外国も含めて力強くあふれるような自然を全身で浴びられるのを楽しみにしています。

 

科学技術コミュニケーションについて

CoSTEPは僕が学生時代にあったら、受けたいなと思える講座内容ですね。僕は完全に文系の人間だったのですが、アートと科学技術の関係はもっと突き詰めて学べたらいいなと思っていたので。

 

 

世の中の多くのことは科学技術で代替できるようになってきましたが、自分の身体で知覚し、目の前の世界を受け止めていくこと以上に大切なことはないと自分は信じています。インターネットで少し調べて知っているつもりになるのではなく、自分の目で見て耳で聞いて身体で知る。言葉にならない驚きを大切にしたいですね。写真家は見ることが仕事ですから、見て見て、見続けた先に、ぽっと炎が出てくるような、自分の体を信じて、世界を肌で知っていってほしいし、自分は死ぬまでそういう生き方にこだわりたいと思っています。

 

ーー

 

その他、COVID-19の状況に石川さんが送るメッセージを、開講特別講義の一部から抜粋して配信します。