2021年01月29日

授業レポート

「社会の中のエマージング・テクノロジー」(11/18)山口富子先生講義レポート

小林知恵(2020年度選科/学生)

 

今年度のCoSTEPモジュール4のテーマは「トランスサイエンス」。科学技術と社会の接点で生じる問題を知り、トランスサイエンスの複雑な構造を理解する力を養うことを目標として講義が提供されています。本モジュール第3回の講義では、国際基督教大学教授の山口富子先生に「社会の中のエマージング・テクノロジー」と題して先端科学技術と社会の関係性についてレクチャーいただきました。

 

 

エマージング・テクノロジーと固有の問題

 

そもそも「エマージング・テクノロジー」とはどのような技術を指すのでしょうか。この語には「先端科学技術」「萌芽的科学技術」など様々な訳語が付されていますが、現在開発途上の技術、つまりまだ社会の中で利用されていない技術や利用され始めたばかりの技術と定義されています。山口先生は「科学技術と社会は共生成する」とする社会構築主義的立場を足がかりとして、エマージング・テクノロジー固有の問題の存在を指摘します。つまり、科学技術と社会を相互に影響を及ぼし合うものと関係づけることで顕在化する課題があるのです。具体的には、

 

課題1:先端科学技術の研究開発が急速に進展している一方で、それらをコントロールする制度の整備が研究開発のスピードに追いついていない。
課題2:先端科学技術に対する漠とした不安が社会に広がることによって軋轢が生じることがある。
課題3:先端科学技術について、市民は明確な意見を述べることが難しい。

 

といった問題が挙げられました。遺伝子組み替え作物を事例として見てみると、1996年の商業化後、日本では2001年に安全性審査の体制整備が本格化し、2019年にようやくゲノム編集技術応用食品衛生取扱の方針が公表に至るなど、開発に対してリスク管理施策の整備が後追いで進められている状況にあります(問題1)。また、報道資料や意識調査の結果からもこの技術に対して市民が持つ相反するイメージと結びつく形で軋轢が存在することがうかがえます(問題2)。他方で、研究開発に着手する段階から市民の意見を聴取すれば万事解決かというとそうではありません。エマージング・テクノロジー全般の問題として、実用化のプロセスが進むにつれて素人の意見が明確になる一方で、その段階では人々の価値観や既存の社会システムとの軋轢を軌道修正することが難しいという「コントロールジレンマ」の問題が立ちはだかるのです(問題3)。山口先生によれば、エマージング・テクノロジー固有の問題群が社会制度や社会の価値観と深く関わることを認識した上で、それらを社会実装する際の検討事項とすることが重要なのです。

 

 

利害関係者の意見や利害の調整をどのように行うのか?

 

講義の後半では、エマージング・テクノロジー固有の課題を踏まえた上で、欧州と米国の事例を中心に、人々の意見・利害調整に向けた取り組みが紹介されました。市民や消費者のニーズを掴み、技術について工夫を凝らして伝え、利害関係者がつながりながら社会的合意形成を目指す。こうした複合的なプロセスにあって、日本では伝える活動が盛んな一方、つながる活動については諸外国と温度差がある状況です。講義で紹介された、証拠に基づく科学的判断の支援プログラムである「Ask for Evidence」、市民が制度・行政上の問題解決に参画する「Code for America(CfA)」など、科学技術をめぐる意思決定の場に市民をつなげる諸外国の事例は、受講生である私たちが自ら双方向的な科学技術コミュニケーション活動をデザインしていく上でも重要な参照点となるのはないでしょうか。さらに大きな枠組みとして、EU Horizen 2020では「責任ある研究イノベーション」を旗印に社会合意を踏まえた開発に向けた多様なプログラムが展開されています。科学技術と社会の関係性そのものが変化する中で、多様な規模・形態が併走することで、私たちはエマージング・テクノロジーの問題に対してより予見的・能動的に対応できるようになるのかもしれません。


山口先生は、講義で取りあげた諸外国の活動を「共生成」の考え方と関連づけてその意義を強調します。そして国内の状況を反省的に捉え、自分の立場や専門性を踏まえた上で、つながる活動を推進するために自分には何ができるのかを考えてほしいというメッセージと共に講義を締め括られました。

 


山口先生ありがとうございました。