2011年02月01日

成果物

黒人はなぜ足が速いのか 「走る遺伝子の謎」

著者:若原正己 著
出版社:20100600
刊行年月:2010年6月
定価:1000円


 

 我が家でスポーツ観戦中に起こる論争、それは「黒人選手の圧倒的な瞬発力やバネには日本人選手は敵わないのではないか?」あるいは「日本人選手は黄色人種が得意とされる競技で世界一を狙ったほうがよいのではないか?」そんな考え方がついには国のスポーツ振興政策案にまで発展することもある。しかし、私は個人的にそのような考えに反対を唱える。スポーツは人種としての素質・適性だけで単純に他人と記録を競うものではなく、選手個人が徹底的に管理して高めたコンディションを、大会当日にどこまで最大限に発揮できるかという自己記録へ挑戦する場所であり、そして何のためにその場所にいるのかを表現する舞台でもあると思っている。 この本は陸上競技の短距離走・長距離走の記録保持者に黒人選手が多いのには何か理由があるのか?という疑問から始まっている。そしてこのような観点で人種差別を助長するような誤解を与えないように気を配り、遺伝子の違いによる差別があってはならないと主張している。

 

 

 

 本書は大きく2つに分かれている。前半は運動能力に優位に働くたんぱく質が遺伝子から作られるしくみを考察している。そもそも遺伝子はたんぱく質を構成するアミノ酸の並び方を指示する設計図。その設計図からたんぱく質を作り出すために、いろいろな工夫が必要だ。例えば、設計図をどこから読み始めるのか。また、遺伝子にはたんぱく質の合成に不要な情報も書き込まれているが、それをどうやって読み飛ばすのか。もしこれらの1つでもうまくいかなければ、運動に有利とされる遺伝子を持っていても、たんぱく質を作り出すことができない。さらに、そのたんぱく質は1つだけでは運動に有利とはいえないのだ。人間の体はとても複雑で絶妙なバランスで走っている。 後半は人種による体格の違いについて、ヒトがどのように地域に特徴的な形質を獲得したのかを、進化の歴史を踏まえて述べている。8000年前に生じた突然変異によって北ヨーロッパのヒトが獲得した、大人になっても乳糖を分解するラクターゼを合成できる「乳糖耐性」の話題は、牛乳を飲んでおなかがゴロゴロする日本人にとって、体質と折り合いをつけるきっかけになるかもしれない。また、なぜ人種とスポーツの話題がタブー視されているのか、近代の歴史における黒人差別問題とスポーツ界との関係についても触れられている。 なぜこの国はこの競技に強いのか?遺伝的に有利な体型だから?文化的に受け入れられているから?選手の活動資金が潤沢だから?

 

 

 

 いろいろな理由はあるけれど、スポーツはやはり遺伝だけでは語れない、いや語れないほうが面白い。人間によって計算し尽くされた交配の結果で生まれた馬のすべてがレースで勝てるかといえば、そんなことはないということを誰もが知っている。生き物の能力は遺伝子だけでは語れないのだ。どのスポーツにも、奇跡の大逆転や感動のドラマがある。この本を読み終えた後に見るスポーツは今までと違った奥深い楽しみ方ができるだろう。

 

 

 

上口 愛(2010年度CoSTEP本科生、札幌市)