フレッシュアイズ


#141 「病は気から」の仕組みを解明する(1)~ストレスが脳に炎症を起こす~

2019年09月16日

「病は気から」。誰もが一度は耳にしたことのある言葉ではないでしょうか。私たち現代人は、ストレスを避けて生活していくことは難しい状況です。村上正晃さん(北海道大学遺伝子病制御研究所 所長/大学院医学院分子神経免疫学 教授)は、ストレスが脳に炎症を起こすしくみを研究テーマのひとつにしています。村上さんに、ご自身の研究内容や、研究に没頭した留学時代の経験についておききしました。

【杉山萌々子・獣医学部1年/徳澤秀亮・総合理系1年/藤本侃士・総合理系1年

/南有希乃・総合理系1年/本井慧路・医学部1年】
 


宇宙実験をされているそうですね!

 

5~6月に1か月間、JAXAとNASAとの共同研究で、マウスを使って「重力ゲートウェイ反射」の実験をしてきたんだ。これまでの僕たちの研究で、地球の重力が脊髄で免疫細胞の侵入口を作り出して炎症を起こすこと(ゲートウェイ反射:注1)を解明したのだけれど、じゃあ重力をなくしたらその免疫細胞の侵入口はできなくなるのかな?ということを調べたくて宇宙実験をしたの。他にも、宇宙飛行士は高い割合で目の病気になるんだけどその悪くなる原因を調べるために、目に反応する免疫細胞を誘導するマウスも宇宙に連れて行って実験しました。今解析中で、途中の経過では、仮説に沿った結果が出そうかな。

 

(北大遺伝子制御研究所とJAXAとの共同実験記念ステッカー)

 


「重力ゲートウェイ反射」以外にもいくつかのテーマをお持ちのようですが、どんな研究なのですか?

 

昔は、大阪大学でずっとIL-6(注2)に関する研究をしていたよ。免疫の異常によって起きる関節リウマチっていう病気が、免疫系ではない組織や細胞(細胞や血管など)とも関連して起こることを2008年に発見して、それが今やっているゲートウェイ反射の研究に繋がっていると思う。

 

並行して、ストレスによって脳に炎症反応が引き起こされて別の臓器の調子が悪くなる仕組みを研究しているんだ。「病は気から」を研究のキャッチフレーズに使っていたんだけど、2017年に発表した研究なので、もう,
2年ほど経っているので、そこに固執するのもよくないなと思っているんだよね…(笑)。やっぱり、研究者として新しい発見を大切にしたいなと思っているので。でも、なかなかこの研究を超えるものは、無いんだ。

 


ストレスが脳に炎症を起こすんですか?!怖そうですが、詳しく教えてください。

 

脳の炎症っていうのは、脳のタンパク質に反応する自己反応性(自分の細胞を外敵とみなして攻撃してしまうこと)の免疫細胞が血液の中にないと起きない。それと、生体は基本的に炎症を抑える作用が非常に強いから、それが維持されていれば大丈夫、心配することはない。若いうちはあまり心配しなくても大丈夫。

 

だけれど、加齢や感染に伴って自己反応性のT細胞(注4)が年齢を経るとどんどん増えていく。そうすると、いろいろな臓器に対する自己反応性の免疫細胞自体が増えるし、侵入してきた細菌やウイルスのタンパク質が自分由来のものと似た構造だった場合にも自分自身を攻撃しちゃうこともあるんだ。脳のタンパク質に反応する自己反応性の免疫細胞も当然その中でできてしまう。その時に、軽いストレスでもかかると脳に小さな炎症が起きてしまう。そうするとこれが出発点となり新しい神経の回路ができて、ストレス反応が増強、臓器の調子がおかしくなったりするんだ。

 

 

このような脳の小さな炎症による体の反応っていうのはいろいろあって、緊張したらお腹が痛くなるのもそのひとつだし、極端な例では、心臓の調子が悪くなって突然死することもある。実験ではマウスを使っているけれど、マウスは湿った環境が嫌い(=ストレスを感じる)で、敷き藁を湿らせておいて、それ自体は何も変調を起こさないような弱いストレスなんだけども、もし、その時に自己反応性の免疫細胞が血液中にあるとすぐに死んでしまうんだ。でも、胃酸の分泌を抑制して胃の障害を防ぐような薬を投与すると死なない。つまり、胃の痛みを放置しておかなければ突然死することはない。そんな研究をしているんだ。

 

今は、自己反応性の免疫細胞のヒトでの検出方法やなくする方法を知りたいと思っている。そうすれば、自分自身がストレスに弱い状態になっているかどうかがわかるし、もし、ストレスに弱い状態でもこの免疫細胞を無くすれば、ストレスに強くなるかもしれないからね。この「病は気から」の研究からストレス社会の改善に少しでも貢献できれば良いけどね。

 

(お部屋には一流科学雑誌への掲載証明書がずらり)

 


留学されていたころはどんな研究生活でしたか?

 

留学先は、アメリカのロッキー山脈があるコロラド。そこにはT細胞研究の世界的権威の素敵な女性研究者がいて、もう少しでノーベル賞を取れそうな人だった。それから、近くに世界的なスキー場があるっていうのも留学先の決め手だったな (笑)。

 

研究環境は日本とそれほど変わらなかったんじゃないかな。留学先では、生涯にわたる多くの友達も作れるし、将来的な自分独自のテーマを持つための準備の時期ですね。それと、いい論文を出すことがとても重要で、それによって、その後のポジションを得れるチャンスや研究費が取れるか取れないかが決まる。ボスの下で働いている時には、その人のテーマをやればいいけど、特に、独立した後は、自分の独自のテーマを持っていることが、研究者として認められて、成功するためには重要だね。研究者にとって、自分だけのオリジナルのテーマを持つことはとても大切なんだよ。逆に言うと、真に自分だけの独自のテーマを持っている研究者は、教授の肩書きを持っているヒトでもとても少ないのが現状なんだけど。

 

視野を広げる意味で、留学してよかったと思うよ。僕が大学院生時代に所属していた大阪大学の教室は、IL-6というサイトカイン(注3)研究で有名な研究室で、まるでサイトカインが世界の中心!みたいな研究室だったんだけど、留学してみたら全然そんなことないな、ってことがわかった。リンパ球とかT細胞みたいな免疫細胞も結構重要で、ある意味、こちらが実際の病気では主役なんだよね。そういうのを自由に実験を行なって実感して、すごく勉強できて楽しかったなぁ。留学中は研究だけに集中できるから本当にのびのびできた。今はあんまり留学する学生は少なくなってきたけれど、できることなら自分の知見を広げるためにも行ったらいいと思う。

 

(科学雑誌「Immunity」に掲載された総説について説明してくださる村上さん)

 


宇宙実験をはじめとする、現在の研究内容や留学時代について熱く語ってくださった村上さん。大学に入学したばかりの私たちから見ても、大学での研究は楽しそうだなと感じさせてくれるお話でした。

 

次回の記事では、村上さんが進路を決める過程や、研究を進めるうえで大変だったことを中心に振り返っていただきます。お楽しみに。

 

 

注1)ゲートウェイ反射
地球の重力が脊髄において免疫細胞の侵入口(血管ゲート)を作り出し、局所的な炎症をもたらすこと。2012年に村上さんの研究グループが世界で初めて発見した。

 

注2)IL-6
インターロイキン6の略。炎症反応に中心的な役割を果たしているサイトカイン(注3)の一種で、急性反応にかかわる物質。その阻害物質は、関節リウマチの薬で世界中の病院で使用されている。

 

注3)サイトカイン
細胞間のコミュニケーションをつかさどり、様々な細胞の反応を引き起こす物質。

 

注4)T細胞
免疫反応に関わる細胞の一種。機能によってヘルパーT細胞(他の免疫細胞に働きかけて免疫反応を起こさせる)、キラーT細胞(ウイルス感染細胞などの異常な細胞を攻撃する)などに分けられる。通常、自己の細胞には反応しない仕組みになっているが、それがうまくいかないと自己反応性のT細胞が生まれてしまう。

 


※ ※ ※ ※ ※

この記事は、杉山萌々子さん(獣医学部1年)、徳澤秀亮さん、藤本侃士さん、南有希乃さん(総合理系1年)、本井慧路さん(医学部1年)が、全学教育科目「北海道大学の“今”を知る」の履修を通して制作した成果物です。

 


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