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#143 数理モデルを利用して感染症を制御せよ!(1)〜流行を予測し、社会の政策につなげる〜

2019年09月23日

 

感染症予防、どれくらいの人が予防をすれば、流行を食い止めることができるか。なんと数式で導くことができます。「医学」という言葉を聞くと、多くの人は、近所の内科の先生や、手術をする外科医の先生のことを思い浮かべるでしょう。こうした皆さんがよく知っている、患者さんの治療をするのが目的である医学の事を「臨床医学」といいます。一方で、社会の中で病気の原因となっているものを探り、それを無くすことが目的である医学を「社会医学」といいます。
今回、私たちはそんな社会医学の一つである「疫学」の第一人者、西浦博さん(北海道大学大学院医学研究院 教授)にインタビューしました。西浦さんの研究内容、医学の道に進んだきっかけ、愛してやまない趣味など多くの話を伺ってきました。

【種田 陸人・総合理系1年/池田 夕太郎・医学部1年/倉本  実佳・法学部1年】

 


―現在どのような研究をされているのですか。

 

私は感染症の研究をしています。感染症の中でも疫学という、集団の中で感染症がどのように増えていくかということを研究しています。疫学は医学の中でも社会医学と言って、社会と医学の関わりを特に研究する学問分野です。集団のデータをかき集めて、分析することによって感染や伝播といった事象をつまびらかにして、予防につなげていきます。疫学はデータを集積して分析することが社会の政策に直結するという分野で、とても面白いですね。もともと統計やデータ分析は嫌いではなかったので、すごくやりがいのある学問だと思っています。

 

―数理モデルとはどのような式なのでしょうか。

 

代表的なものを1つ紹介して説明します。臨床医になろうとしていた僕を心変わりさせた式です。例えば、ある1人の感染源の人が二次感染者を4人生み出すはずだったという状況を考えます。その時にもしも人口全体の3/4の人が予防接種をしているとすると、4人のうち感染者は1人に減りますね。この人から出ていく二次感染者も本来は4人だったとすると、また次の世代の二次感染者も1人です。以下は、これを繰り返していくと、こんな感じになりますよという模式図です。一人ずつしか感染者を生み出せないので、大流行は防がれたことになります。

 

図1:感染症の模式図

 

これを式にすると、pの比率の人が防がれているときは、防がれていない人が(1-p)となり、(1-p)の人の間だけでR₀人の二次感染がおこるため、実際の2次感染者数は(1-p)×R₀となります。この数値が1を下回ると大規模流行が防がれるということになります。

 

 

このように、この式が感染の流行を決める閾値としての役割もしています。例えば、インフルエンザの基本再生産数が2だとすると、完璧な予防接種で免疫を得る人が50%以上いると大規模流行は防げるということになります。すごく簡単な論理だけで記述できるけれども、今の世の中で予防接種率の目標値を決めている数式です。一つの式だけなのに、集団の中の未来を左右するような理論があるのはすごいなと、相当の衝撃がありましたね。

 

―数理モデルの精度はどのくらいなのでしょうか。

 

まず大切な原則として理解しておくべきことは、数理モデルで現実に起こることを完全に予測できることはないということです(あくまで模倣にすぎません)。そのうえで、数理モデルの精度というのは「どれだけ正確に感染症の流行をとらえることができるか」という話になります。いま、私たちが取り組んでいるのは人の移動のデータを感染症の流行の予測に使えないかということです。最近わかってきたことですが、感染症の伝播のモデルは国ごとにあって国と国とを結ぶネットワークを人が移動するデータで置き換えてやると、国際的な感染症の流行拡大はほぼ確実に捉えられます。実は数理モデルだけで1つの国の伝播のメカニズムを捉えようとすると1週間先の未来ぐらいしか予測できないのですが、気象データや人の移動のデータ等の今まで誰も目を向けなかったようなデータを数理モデルの中のパラメーターとしてファクターするだけで予測精度は大幅に向上します。1ヶ月先の未来や、この流行を通じて何百万人が死ぬのか等はまだ全然予測できないのですが、数週間先くらいまではだいたいわかるようになってきました。今はそういった予測値というものを医療機関等で少しずつ役立てられるようになってきています。

 

 

―日本でも、数理モデルによる予測は受け入れられてきていますか?

 

僕が入門したときと比べると、社会や政府から相当受け入れられるようになりました。昔はこんな学問は日本にはないというような扱いでした。日本も少しずつ変わってきているのですが、他の国と比べると話にならないくらいスピードが遅いです。私がトレーニングを受けてきたイギリスとオランダの2カ国が世界でも例外的なトップクラスです。そういったところで勉強してきたので、日本だと少し不利を感じてしまいます。日本でこの専門の研究室を主宰しているのは僕だけなのですが、運のいいことに、研究室の門をたたいてくれる若手の人たちが、頑張って質の良い研究を出せるようになってきています。感染症以外の領域でも新しい数理モデルが活躍する場面は結構あって、人口学やがん予測といった面でも少しずつ新しい展開としての研究をアウトプットし始めています。日本は他の国と比べるとちょっと時間はかかっていますが、質の良い研究を根気強くやっていてちゃんと発信することを忘れずにやっていけば、少しずつ変わっていくと思います。

 

―東京オリンピックが2020年にありますが、外国からいろんな人が入ってくる中で、感染症の流行を予測して対策などはされてますか?

 

皆さんは往々にして新しい感染症、つまり、新興感染症といって、過去に国内では見られたことのないようなものを想像するかもしれません。でも、流行の危険性が予測されている新興感染症は今の所はありません。しかし一つ問題なのが既知の感染症で「風疹」です。今東京で流行しています。これがオリンピックまで続くと大変なことになる可能性がありますね。感染症の問題は国が威信をかけて制御しないといけないので、予防接種法自体が改定されました。予防接種をプランニングしないといけないので、「どれくらい予防接種をしたら止まるのかを計算してくれ」とは言われています。海外からの感染症の移入を考える前に、まず国内のものをなくしておくという方針で、数理モデルの専門家側からも協力をして分析をしてきました。

 

―予防接種に何か課題はありますか。

 

日本国内だけでマーケットができてしまっていることが問題の一つですね。日本では安全性を担保するために、予防接種をすべて国産にしています。これには良い事もありますが、悪い事もあって、インフルエンザなど国内の多くの予防接種で使われているワクチンの値段が、海外のものと比べて高めに設定されてしまうんです。今は海外のワクチンの質も向上していて、例えば風疹のワクチンなんて国産だと1人分で1万円くらいしますが、輸入できれば1人分で100円ぐらいで使えます。しかし、日本で輸入が始まると、それを担当している国内の企業の競争相手が増えることになります。日本の企業を守るためにも、海外から輸入をしていないんですね。また日本では、他の先進国に比べて、新しいワクチンの導入が大きく遅れていることも問題です。海外で審議や研究を経て、安全性や効果が認証されている予防接種でも、日本では海外より10年以上遅れて導入されています。この溝を「ワクチンギャップ」と言いますが、まだまだ埋まっていません。それでも最近、日本は色々なワクチンを導入してきています。水疱瘡が導入されて、B型肝炎、肺炎球菌も始まりました。こういう流れもあって、ワクチンの宣伝も始まっています。

 

 

―数理モデルの今後の展望についてはどうお考えですか?

 

高齢社会が進むこれからの日本の感染症の分野では、「高齢者の感染にどう対応するか」ということが中心になっていくと思われます。私自身は、前から決めていたことなのですが、数理モデルを利用して次のステップに進もうと考えています。今取り組みはじめているものの1つが、(感染症にとどまらず)より広い公衆衛生の分野の問題と数理モデルを組み合わせてがんの予測をすることです。今はがんの予測に力を入れていて、肺がんとか胃がんとかの予測が、ほぼ確実にできそうなのでウキウキしています。

 

―感染症の研究の目標は?

 

これまでは予測するための基盤の情報を公的な情報に頼りすぎていたんですけど、デジタル化時代を迎え、それを塗り変えようと思っています。具体的には、母子手帳に書いてある一人一人の予防接種のレコードをデジタル化するっていうプロジェクトを、企業との共同研究、それから市町村を巻き込んでやろうと考えています。それぞれの家庭で予防接種歴のある人ない人を色分けして図示化すると「このあたりの地域が風疹のリスクが高い」ということが、指を指すようにわかるんですよ!一人一人の基盤になる情報は、もう電子化できる時代に突入しています。だいたい10年くらいかけての壮大なプロジェクトを、野望を持って取り組み始めています。

 


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この記事は、種田 陸人さん(総合理系1年)、池田 夕太郎さん(医学部1年)、倉本 実佳さん(法学部1年)が、全学教育科目「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果物です


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