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#133 厚真に生きる、厚真に学ぶ(1)~馬とともに紡ぐ暮らし~

2020年01月08日

 

「ボリ、ボリ、ボリ」。私たちの目の前の大きな口から、聞きなれない音が響いています。すました顔で干し草を食べているのは、立派なオス馬のカップです。ここは、北海道南部、胆振地方に位置する厚真町。海と山に囲まれた、人口5000人ほどののどかな町です。厚真町は、移住者の受け入れや、地域で自ら仕事をつくるローカルベンチャーの支援が活発なことでも知られています。また、特色ある歴史の情報発信にも力を入れています。2019年9月、私たちは、そんな厚真町ならではの地域活性に取り組む人々を訪ねるとともに、そこでの知られざる北大生たちの活躍に迫りました。

【橘史子・CoSTEP本科生 農学院修士1年/菊池優・CoSTEP本科生 社会人】

 

(元気に干し草を食むカップ。がっちりとした体格)

 

「馬搬」に魅せられ、厚真町へ

 

カップの飼い主は、地域おこし協力隊として活躍する、西埜将世さん。西埜さんが厚真町で挑戦しているのは、森林の木を伐りそれを馬で搬出する、「馬搬」と呼ばれるものです。日本ではかつて北海道や岩手県などで行われていましたが、時代とともに重機やトラックが台頭し、1950年代頃から徐々に廃れていきました。小回りが利くエコな林業として馬搬が見直されつつある今日でも、国内で馬搬を営む人々は数えるほどです。

 

(馬搬をする西埜さんの写真と、ヨーロッパの馬搬の教科書。ヨーロッパの一部地域では現在でも盛んに行われています。

西埜さんが写っている写真は、写真家の黒川ひとみさん撮影)

 

西埜さんは岩手大学で林学を学び、その後林業会社でチェーンソーマンとして働きます。知り合いの紹介で馬搬の存在を知り、実際に岩手やイギリスでその現場を目にすると、馬搬に対して抱いていたイメ―ジが覆されたと話します。「おっちゃんが死に物狂いで雪の中を運んでいくというイメージがあったのですが、女性がやっていたり、少ない量を何度も運んでいたり。馬と暮らしながらできていいなあ、この仕事で食べていきたいなあと思いました」。

 

 

(馬搬の魅力を語る西埜さん。西埜さんに甘えているのは、カップと一緒に飼っているポニーのハスポン)

 

厚真町が実施する、地域を拠点として起業や新規事業立ち上げをする人を対象にしたプログラム「ローカルベンチャースクール」をきっかけに、2017年4月から厚真町で地域おこし協力隊として馬搬をスタート。馬と暮らせる場所を見つけるのに苦労していたところ、役場からここを紹介され、家主からも熱烈な歓迎を受けたと言います。「大家さんが率先してリフォームの補助金について調べてくれたり、ウェルカムな雰囲気でした。厚真町は、変わったことを仕事にしている移住者がたくさんいるので、これから何か始めたい人には心強いんじゃないかな」。

 

西埜さんの相棒カップは、「ばん馬」という海外の大型馬の交雑種です。十勝のばんえい競馬に一度出場しましたが、良い結果を残せず、「馬喰(ばくろう)」と呼ばれる馬の商人を通じて西埜さんに引き取られました。

 

(おとなしくて優しいカップ。私たちもすぐに大好きになりました)


北大生が住み込みで馬搬を体験

 

「数日前からインターンとして北大の学生にも手伝ってもらっているんですよ」と西埜さんに紹介されたのは、総合理系1年の伊藤悠希さん。思わぬ北大生との出会いに驚く私たちに、伊藤さんは「馬搬に同行してチェーンソーで木を切ったり、馬小屋の近くで馬とのコミュニケーショントレーニングをしたりして過ごしています」とここでの経験を話してくれました。ローカルベンチャーに関心があり厚真町を訪れたところ、人伝いに西埜さんのもとへたどり着きました。「もともと農業や林業にも興味があったので、馬搬のお仕事を体験してみたいとお願いしたところ、快く受け入れてくださいました」。10日間のインターン期間中は、西埜家の一員として生活します。伊藤さんの寝床は、西埜さんお手製の馬小屋の2階です。「寝ている間も下にいるカップの動きが感じられて面白いです。24時間、変わった経験をさせてもらっています」と笑顔を見せます。

 

(馬小屋の屋根裏で生活する伊藤さん。まるで秘密基地のよう)

 

伊藤さんが初めてカップの手綱を握る瞬間に立ち会うことができました。道草を食べようとするカップに声をかけコントロールする伊藤さんと、その様子を見守りつつアドバイスをする西埜さん。短いインターン期間のなかで確実に築かれている、師弟の絆を垣間見た気がしました。


私たちも、カップの牽くそりに乗せてもらいました。瞬間的には1トン、常時400-500キロもの重さを引っ張ることができるそうです。揺れるのではないかと内心不安に思いながらそりに乗り込むと、想像していたよりも安定した乗り心地。するすると木の合間を縫って進んで行く馬搬の光景が目に浮かびました。
 

(カップの手綱をひく伊藤さん)

 

馬搬の未来

 

西埜さんは、現在は仕事の開拓、そして馬搬の適性を見る意味でも、声がかかるものには積極的に取り組んでいると語ります。厚真町所有林での馬搬作業のみならず、企業による重機と馬搬の比較調査への協力、馬搬研修の講師、最近では近隣のワイナリーでの試験的な馬耕を行うなど、多岐にわたる活動をしています。


馬搬の可能性は、実作業だけに留まりません。今の暮らしに改めて馬搬を取り入れることで、林業のツールという枠を超えて生み出されるものがあります。西埜さんは、安平町の子ども園から、馬と一緒に働く姿を子供たちに見せて欲しいという依頼を受け、園の近くの荒れた森を開拓しました。この仕事を通して、馬搬が子供たちの教育にも繋がるという気付きを得たそうです。さらに、馬搬を活かした観光にも興味があると言います。「馬搬で木を切っていると、最後に広場のような空間ができるんですよ。そこで何かできたら楽しそう。簡易製材機を持っていけば、切った木を材料にその場で小屋を作ったりもできます。自分たちで開拓した広場でキャンプを楽しんでもらうとか」。

 

(西埜さんとカップが運んできた木材)

 

3年任期の地域おこし協力隊も、2020年の3月までとあとわずかです。今後の馬搬について、西埜さんはこう語ります。「協力隊の任期が終わっても、この生活を続けたい。問題は、どう続けていくかですよね。馬搬で生計を立てている人がいれば、『自分もやってみよう』という人が出てくるきっかけになる。そういう意味でも、伊藤くんのように興味をもって来てくれる人がいるのは、本当に嬉しい」。馬搬を取り巻く環境を整えることで、馬搬を仕事としてより強く育てたいという、西埜さんの強い想いを感じました。

 

(師弟の絆を見せてくれた西埜さんと伊藤さん。馬小屋の前で)

 

自分の目でみて、たしかめて

 

私たちが最初に「厚真町」と聞いてイメージしたのは、2018年に起きた北海道胆振東部地震でした。深刻な被害状況は連日ニュースで取り上げられ、その光景は私たちの心に深く残りました。町民はもちろん、道内さらには道外の人々にとっても、大きな出来事であったに違いありません。しかし、震災に見舞われた事実と同時に、当然ながらそこには被災前から続く人々の暮らしがあり、厚真町ならではの風土が培われているはずです。新聞やテレビといったマスメディアからの情報に頼るだけでなく、実際に自分たちの目を通して向き合ってみたい。そんな思いを抱きながら、震災からちょうど1年が経った2019年9月、厚真町を訪れました。今回から3回にわたり、「厚真に生きる、厚真に学ぶ」と題した記事を連載します。 第2回は、厚真町の歴史にまつわるお話です。

 

《第2回に続く》


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