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#160 モデルバーン徹底解剖! ~バルーンフレーミングとは何か?~

2020年09月11日

(移築後のモデルバーン)

 

北大のキャンパスの一角、北18条には、国の重要文化財に指定されている「札幌農学校第二農場」があります。札幌農学校第二農場は、今でも、広く市民に公開されています。そこには、コーンバーンや、円筒形石造サイロとしては現存する日本最古のサイロ、牡牛舎など、普段は目にすることのない、明治期の建物がたくさんあります。その中でも「モデルバーン」は非常に有名で、第二農場のいわば「花形」です。

 

(移築後のコーンバーン)

 

しかし、「モデルバーンって何?」と聞かれても、即座に答えられるひとはそれほど多くはないでしょう。試しにモデルバーンの説明を、資料からピックアップしてみましょう。

 

「W・S・クラークが前任のマサチューセッツ農科大学で1896年に建設した畜舎に倣って札幌農学校第2代教頭W.ホイラーの基本設計、開拓使工業局の建築技術者安達喜幸の実施設計により1877年に建設されました。〔…〕床と小屋組みは、一般にバルーンフレームと呼ばれる2インチ厚の板材で造られています〔…〕。」 1)

 

今回私たちは、モデルバーンの説明にたくさん登場するこの「バルーンフレーミング」とは何かといった観点から、モデルバーンとはどのようなものなのかを説明しようと試みました。

 

協力していただいたのは、北海道大学大学院工学研究院助教の池上重康さんです。池上さんは、これまで、第2農場に関するさまざまな資料を読解し、再構成することで、北大第2農場にある建造物の歴史について研究されてきました 2)。今回は、池上さんのお力を借りて、「バルーンフレーミング」についての最新の調査結果についてご教示いただきました。

 

【内田明希・総合理系1年/玉川和貴・総合理系1年/松村竜之介・総合理系1年】

 

 

 

1. モデルバーンの歴史
 

まずはモデルバーンの歴史をざっと振り返りましょう。

 

(1899年ごろ モデルバーン前の洋牛と家鴨の群れ)

〈北海道大学附属図書館所蔵〉

 

北海道大学のモデルバーンは、マサチューセッツ農科大学に作られたモデルバーンを踏襲して、北海道大学の前身である札幌農学校に作られたと言われています。現在残されている第二農場の施設は、1909年から1911年にかけて移築または新築されたものです。明治10年に建築された移築前のモデルバーンは、一階には牛房が、二階には乾草庫が、地下には豚房がありました。また、二階へつながるスロープが土で作られていて、乾草を運び込めるようになっており、二階から一階へ乾草を落として牛に給餌をしていました。当時も、夏季は放牧が行われており、牧草を刈り取ってモデルバーンに運び、冬季はモデルバーンのみで飼育されていました。

 

現在も北海道大学の中央ローンなどの多くの部分にはクローバーなどの牧草が生えています。当時は絞られた牛乳の多くがチーズやバターの製造に使われ、副産物として生産されるホエーが豚に与えられるのが主流でした。

 

開拓がまだ十分になされていなかった北海道における殖産興業の方針を決めるため、北海道開拓使の次官を務めていた黒田清隆が1871年にアメリカ合衆国へ渡りました。その後、アメリカ農務局の局長を務めていたホーレス・ケプロンをはじめとする一団が日本に訪れました。そして、北海道を3年ほど調査したのち、開拓の方法には畜力・機械を用いた畑作や畜産がよいと提案しました。黒田清隆は稲作を中心に生活してきた入殖者達にこうした案を受け入れさせる目的で、マサチューセッツ農科大学の学長を務めていたウィリアム・スミス・クラークを中心とするお雇い外国人を、札幌農学校招きます。

 

(開拓使顧問ケプロンその他の御雇アメリカ人たち(複製)左から2番目がケプロン)

〈北海道大学附属図書館所蔵〉

 

札幌と同じ気候帯で畜産を行っている場所はヨーロッパにも多くありましたが、冬の降雪量が札幌と同等である場所は少なかったため、そのひとつであるマサチューセッツ州のアマーストにあるマサチューセッツ農科大学で学長をしていたクラークが選ばれたと推察されます。その後クラークらによりマサチューセッツ農科大学のバーン(1869年建設)を規範としたモデルバーンが1876年に建設されました。

 

(札幌に於けるクラーク先生)

〈北海道大学附属図書館所蔵〉

 

マサチューセッツ農科大学のバーンと札幌に建てられたモデルバーンですが、それらは壁の建築構法が違います。マサチューセッツ農科大学のバーンでは、壁も屋根もバルーンフレーミングを用いて建てられていました。それに対して、札幌に建てられたモデルバーンでは、壁に在来の構法を、屋根にはバルーンフレーミングを用いて建てられています。これは、建設を請け負った安達喜幸がバルーンフレーミングに抱いた不安から、壁にのみ在来構造を用いたと推察されます。

 

実は札幌にモデルバーンが建てられる前の1870年に、マサチューセッツ農科大学のバーンは暴風で倒壊し、その後クラークらにより改良されました。つまり、札幌にモデルバーンが建設された当時、クラークらは改良前と改良後、いわば旧式と最新式のモデルバーンがあることを知っていました。ところが、札幌農学校では最新式のモデルバーンを建築しなかったのです。つまり、クラークは最新式のモデルバーンについて知っていたにもかかわらず、旧式のモデルバーンを札幌農学校に建設することに決めたのでした。

 

それがなぜなのかは明らかになっていませんが、池上さんは「その後すぐに、改良されたモデルバーンのシステムが陳腐化し、取り壊されたことから、何らかの欠陥があり、クラークはすでにそれを知っていたのではないか」という仮説を提示されていました。

 

また、現在のモデルバーンは1910年に移転改築の際に、スロープと地下層を取り払い、4本の換気煙突を新設するなど、畜舎の形式の変更が行なわれました。したがって、厳密には「モデルバーン」と呼べる形式にはなっていませんが、創建時の呼称が現在でも用いられています。

 

 

2. バルーンフレーミングの歴史

 

では、このモデルバーンに使われている「バルーンフレーミング」とは何なのでしょうか。バルーンフレーミングとは、19世紀後半から20世紀半ばにかけて、アメリカやカナダで住宅を建てるために使用されていた木造建築の一形態です。下図 3)のように細く薄い柱を並べて板を作り、床板に接続して起こすことで壁を作ります。

 

 

 

「トムとジェリー」などのアメリカのアニメで、家の内側で何かが爆発すると、四方の壁が外側に向かってバタンと倒れる描写が見られるのをご存知でしょうか。あのように壁が倒れる理由は、このバルーンフレーミングによって建てられた家だからなのだそうです。一方、日本従来の設計方法(=在来構法)では、下の図 4)のように、長い柱の間に「間柱」と呼ばれる柱材の半分ほどの厚さの短い板のような柱を入れることで壁を作っていました。さらに、在来構法では熟練の技術が必要となる継手や仕口を用います。したがって、このように建てられた日本の家はアメリカの家のような倒れ方はしないのです。

 

 

この複雑な在来構法に比べ、バルーンフレーミングでは、釘さえ打てれば誰でも家を建てることができ、圧倒的に簡単な構法でした。バルーンフレーミングの起源はアメリカ開拓の時代まで遡ります。当時、開拓者の中には、十分な人数の熟練技術者が存在していませんでした。したがって、西へ西へと開拓を進めるうちに技術者が足りなくなると、複雑な建て方ではなく、高い技術を必要としない建築方法が求められたのです。そこで考案されたのがバルーンフレーミングでした。ちょうどシカゴあたりまで開拓が進んだ際に考案されたため「シカゴ建築」とも呼ばれます。

 

つまり、バルーンフレーミングとは、特別な技術を必要としない、建造物の建て方として、開拓を進めるアメリカ人たちに注目された構法だったのです。

 

 

3. まとめ

 

今回札幌農学校第二農場のモデルバーンについて調べましたが、私たちは入学するまでこのような文化財が北大構内にあることを知りませんでした。今回の調査で、北大の礎を築いたクラークの研究内容や活動について知ることができ、たいへん興味深かったです。現在の北海道大学は総合大学となっていてクラークの存在は知っていても、彼の研究内容までは知らない学生が多く、貴重な経験となりました。

 

今回記述したモデルバーンは移築前のものなので現在では見ることはできませんが、改良がくわえられて移築された数々の施設はまだ北18条に残っています。さらに、当時使われていた農業機械や明治時代に日本各地で実際に使われていた鍬など貴重な資料が展示されています。この記事を読んで興味を持った方はぜひ実際に見に行ってみてください。

 

注・参考文献

1) 柴田洋一、小澤丈夫、近藤誠司編「重要文化財「札幌農学校第2農場」」北海道大学総合博物館(2017年)、2頁、太字は引用者による

2) 

  1. 池上重康(2015)「マサチューセッツ農科大学のモデルバーン(1869年建築)について」、『北海道大学大学文書館年報』第10号所収、25-36頁

3) O'brien, Michael J. (2010) "Hybrids on the way to the western platform frame: two structures in western virginia", in Preservation Education & Research, pp. 37-52, p. 41. 

4) 後藤治『日本建築史(建築学の基礎6)』共立出版(2003)、227頁

 

※ ※ ※ ※ ※
この記事は、内田明希さん(総合理系1年)、玉川和貴さん(総合理系1年)、松村竜之介さん(総合理系1年)が、全学教育科目「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果物です。


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