クローズアップ


#46 ヒグマを一頭一頭見分けて、その暮らしぶりに密着!

2014年09月12日

 

今年8月3日にNHKスペシャル「知床 ヒグマ運命の旅」(NHK札幌放送局制作)が放送され、話題になりました。一頭一頭のヒグマの人生(クマ生?)を綿密に取材した、かつてないスケールの自然ドキュメンタリーです。この取材では何と、過去4年間にわたってヒグマたちに密着し、その暮らぶりを記録したそうです。

実はその取材に、北大獣医学研究科が大きく関わりました。どうやってこんな映像を撮ることができたのでしょう?また知床でどんな研究をしているのでしょうか?獣医学研究科の下鶴倫人(しもづるみちと)さんに知床で行っているヒグマの研究について伺いました。

 

獣医学研究科には、野生動物学教室という研究室があります。ここでは野生動物の医学や生態学の教育研究を通して、野生生物の保護や管理に貢献しています。獣医なのに、野生動物?生態学?と不思議に思う方もいるかもしれません。獣医学部の中でこうしたグループは珍しく、自然が豊かな北海道ならではといえるでしょう。下鶴さんも東大で獣医学を専攻していた頃はネズミなどを使って実験をしていましたが、北大に着任してからというもの、知床でヒグマを追いかける日々。最初は家族も驚いたそうです。

 

 

もちろんヒグマ以外も様々な研究を進めています。写真で下鶴さんが抱いている可愛い子グマはツキノワグマの子供。ツキノワグマに関しては冬眠のメカニズムについて研究しています。

 

知床半島・ルシャ地区
下鶴さんたちのグループは2008年頃から知床半島の北側にあるルシャ地区でヒグマの調査をしています。ルシャ地区は3kmほどの浜辺で、食べ物が豊富なことから、多くのヒグマの母親がここで子どもを育てています。

 

知床のように、ヒグマに近づいてその暮らしぶりを観察できるフィールドは世界的にも珍しく、周囲には、漁業者の方が作業のために過ごす番屋しかありません。

 

 

通常ヒグマは山の中にいてめったなことでは人前には出ないため、同じ個体を追跡するのは困難です。しかし、このルシャ地区ではある程度、ヒグマも人の存在に慣れていて、ヒグマも漁師の方も、お互いに無視しあっているという一見、不思議な「共存」関係にあります。

 

 

ヒグマを見分ける
調査をするためにはまず、どのクマが誰だ、ということを見極める必要があります。人目を気にせずヒグマが現れる、ルシャ地区だからこそできる技です。しかしどうやって見分けるのでしょうか?着目するのは毛の色や模様、胸にある斑紋(月の輪)、それから顔の特徴だそうです。下鶴さんたちはヒグマたちの一頭一頭を、肉眼や写真などを使って個体識別しています。ある程度特徴を把握すれば、大幅な体型の変化があっても、これは誰だとわかるそうです。

 


 ※上は標津町で識別のためのタグをヒグマの耳につけている時の写真

 

番組制作中の2012年夏、ヒグマたちは極端な食料不足に陥り、やせ細ってまるで別人(別クマ)のようになってしまいました。海水温の上昇によってマスの遡上が遅れ、さらにヤマブドウやハイマツなど、山の恵みも少なかったからだと考えられます。それでも個体識別によって、それぞれのクマを見分け、その行動を追うことが出来ました。

 

どんなことが分かってきたのか
こうした調査によって、死んだ個体も含めてトータルで60~70個体を識別することができ、体毛からとったDNAから、個体間の血縁関係など様々な情報が得られました。知床のルシャ地区ではおよそ10頭のメスが定住し、その母子が主に利用していることがわかってきました。そして繁殖に関わるオスは、知床半島全域から、そして半島外からもやってくるそうです。

 

 

また、中でも強いオスが一時期の繁殖を独占する傾向にあるそうです。NHKスペシャルでは、“オレンジ”と名付けられた巨大なオスグマの生涯が紹介されました。オレンジは最後にひどい怪我を負い、とぼとぼと立ち去る姿が映像で収められています。王者の座を明け渡したことを暗示した、胸に迫るシーンでした。また調査が本格的に始まるずっと前の1996年頃から、NHKがオレンジなど特定のヒグマの個体を撮影していたことで、研究に有用な情報も得られたそうです。

 

生まれたオスグマはどこへ
ヒグマは乱婚性で、一度に生まれる子供は1~3頭です。繁殖間隔は2~3年に一度ですが、夏の食料不足など環境によってこうした間隔は変わります。メスは同じところで暮らし、出産と子育てを繰り返しますが、一方でオスはメスを求めて生まれ育った場所を離れなければなりません。オスの半分は5歳まで生き残れないと言われています。オスは旅立った後、メスや餌を巡る激しい戦いが待ち受けています。

 

 

ルシャ地区で出生したヒグマの場合、出生地を旅立ったヒグマのオスのおよそ半分は、斜里町や羅臼町に出てきて駆除される運命にあります。8月に放送されたNHKスペシャルでも、子グマの頃からずっとその成長ぶりを追いかけてきたオス2頭がたどった運命はあまりにも悲劇的で、見ていて胸が締め付けられる思いでした。しかし、地元の人々の生活を考えるとやむを得ないとも感じます。毎年20頭ほどのヒグマが駆除されているそうです。もちろんすべてを駆除しているわけでなく、知床財団は花火による追い払いや、電気柵を設置することで、人にもクマにもできるだけ優しい対応をしようと努力しています。こうした研究結果や現地の事情を知ると、ヒグマをめぐる厳しい現実に対して安易な結論は出せないことが分かります。

 

ヒグマのことを知ろう
下鶴さんは科学者として、できるだけヒグマの生態や行動を明らかにしたいと望んでいます。また様々なところでクマの生態や、出会った時の対処方法について話すなどのアウトリーチ活動もしています。

 

 

今年8月に放送されたNHKスペシャル「知床 ヒグマ運命の旅」は、1996年からNHKが撮りためてきた映像と、下鶴先生をはじめとした北大野生動物学教室の膨大な調査によってできました。そしてもちろんNHKと北大だけではなく、知床財団、斜里町、羅臼町、漁業者など多くの関係者が協力して生まれた貴重なドキュメントです。下鶴先生たちの研究やこうしたテレビ番組は、私たちが野生生物との共存を考える上で、貴重な資料になると思います。これからも下鶴さんの活動に注目していきたいと思います。

 

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9月15日、札幌国際芸術祭において、北大の下鶴先生とNHKスペシャルを制作した天野元裕(あまのもとひろ)ディレクターが出演して、ヒグマの研究や番組のエピソードについてお話します。是非皆さん、お越しください。

日時:2014年9月15日(月・祝)16:00~17:30
場所:札幌駅前通地下歩行空間(チ・カ・ホ)北3条交差点広場(西)
札幌国際芸術祭2014【All you need is wonder サイエンスとアートが世界を変える】
サイエンスと映像で迫る!知床 ヒグマたちの暮らし~
語り手:下鶴 倫人さん(北大獣医学研究科准教授)
天野 元裕さん(NHKエンタープライズ自然科学番組部ディレクター)
司会: 早岡 英介(北海道大学CoSTEP 特任講師)
主催:北海道大学 高等教育推進機構 科学技術コミュニケーション教育研究部門CoSTEP

 

 


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