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#100 天塩の良心が残した森 安斉(あんざい)(2)

2016年08月26日

天塩研究林の中でも手付かずの森として貴重な「安斉の森」をフィールドに、初めて行われたアウトリーチ活動「これが私の森!光と影でつくる写真の世界」。幌延町問寒別小中学校の子どもたちと地域のみなさんが、北大のスタッフと一緒に安斉の森を歩きました。その1に引き続きその様子をお伝えします。

 

 

ルート作りはストーリー作り

 

少し身をかがめ、目をこらせば、森のカーペットは十センチ程のトウヒの幼木に満ちている。だが、その最初の一年目が、多くの場合最後の年なのだ。森の暗さは、日陰を好む蘚類には都合が良いが、多くの低木の生長には障害である。

地上での蘚類との生存競争になかなか勝てないトウヒの種子。だが、その中に倒木の上に落ちた運のいいものがいる。長い時が過ぎた倒木はただの倒木ではない。さまざまな虫や菌類によって腐食した倒木は、豊かな土壌の役割を果たす養木となったのである。

『イニュイック アラスカの原野を旅する』星野道夫著 新潮文庫(1998年)より

 

この日歩いた森の中のルートは、実は倒木更新のストーリーで設計されていると、天塩研究林長の高木健太郎さん(北方生物圏フィールド科学センター 准教授)が話してくれました。

 

「教員と技術スタッフのみんなで監修したルートです。冬の間に森を歩いて、テーマに合わせたルートを作っています。あの大きな倒木はインパクトがあるからそのまま残しておくとか、タコの木を通るようにとか。あの森はまだ研究には使っていません。あの状態でどれくらい置いておくのがいいか、どれくらい手付かずにしておくかも決まっていません。でもこれからどんどん、こういうルートを作っていきたいです」

 

冬の間に歩いてルートを作るのは、北海道の森の特徴としてササやぶが多すぎるからで、夏の間は、研究者にしろ見学者にしろ、森の中を自由に歩き回って観察したり調査したりすることがなかなかできません。その点、冬の森はスノーシューやスキーを使って歩き回ったり、切り出した材木を運び出したりするのも容易です。

(冬の森)

 

ルートをつくることは、森を理解するためのストーリーを見せる、あるいはストーリーに近づきやすくするためのサポートであり、森を対象としたサイエンスコミュニケーションと言えます。

 

今回のワークショップの企画に携わった、芸術学が専門の朴炫貞さん(高等教育推進機構CoSTEP 特任助教)はこう言います。

「今は研究に基づいてルートが作られていますが、今後、今回のワークショップのように森を自分なりの視点で見つめるためのルートも作ることができるかもしれません。あるいは、私はサイエンスの専門家ではありませんが、もう少し森にくわしくなって、森の研究者の視点ももちながらアートの視点も7割くらいあるといった立場で、小林さんのような研究者とペアを組んで、この森からアウトリーチ活動をしていくこともできるかもしれません」

(ルート設定のポイントとなった「タコの木」と朴さん)

 

冒頭にエッセイの一部を引用した星野道夫は、アラスカを主なフィールドとして活躍した写真家です。写真とともに、アラスカの森に暮らしたからこそ得られた多くの経験と感性に基づくエッセイを残しています(※)

 

アラスカの森と、天塩の森には、北方林として、樹木や地衣類など森の生態系をつくる生物や環境に共通点があります。星野道夫が写真とエッセイによって、自然と人についてのメッセージを伝えたように、研究林のアウトリーチも、サイエンスコミュニケーションとしていろいろな形式をとり得るでしょう。

 

 

天塩の良心

 

安斉の森を、天塩研究林の人々は、別名「天塩の良心」と呼んでいます。

「天塩の森には、昔はもっと太い木、古い木がたくさん、あちこちに残っていたのに、森林火災や伐採の影響で少なくなってしまった。しかしなぜか、あの森は原生に近い状態で残っている。それは天塩の良心がはたらいた結果なのではないかと」(高木さん)

 

安斉の森は、戦前~戦後にかけてミズナラの動態を観察できる試験林として設定されていました。しかし、途中でその記録が曖昧になり、1970~80年代には試験的伐採の対象地とするかどうかについても、議論があったといわれます。

 

「このような経緯のなかで、特に長く勤めていたスタッフを中心に試験対象からは除外する雰囲気が醸成されていたのかもしれません。またこの森は、幸運にも研究林スタッフに認識されましたが、他にもスタッフが認識していない貴重な森林が、この天塩研究林にはあるかもしれません」(高木さん)

(山の中というのに水芭蕉やミズゴケが見られる)

 

良心が残した森がいつまでも残されていくかどうかは、この森がもつストーリーへの共感や、目に見えない将来のためにとっておくという価値観の理解にかかっているかもしれません。天塩研究林では、今後、今回のワークショップを発展させて、地元の子どもたちだけでなく幌延や札幌の子どもたちも巻き込むなど、アウトリーチ活動を進めていく予定です。

 

 

※ 星野道夫(1952-1996) アラスカ大学野生動物管理学部で学び、以後、極北の自然と人々の暮らしを写真と文章で残した。引用の文のうち、蘚類(コケ類)との競争について研究者の立場からは異論があり、コケがあることで新しい木の更新は促進される(そのため、倒木のコケの中から木が生えている)ことが多いが、原文を尊重した。(小林真さんの解説より)

 

 

----ワークショップの詳細はこちらをごらんください----

天塩研究林でのワークショップ「これが私の森!光と影でつくる写真の世界」を開催しました

 

----天塩研究林を紹介しているこちらの記事もご覧ください---

【チェックイン】#91~93 世界で1つだけの花が咲く、天塩研究林へようこそ

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