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#23 人工の精子や卵子、何をもたらすか

2013年10月11日

 

石井哲也さん(安全衛生本部 特任准教授)はかつて、京都大学の山中伸弥氏の傍で研究支援の仕事をしていました。そのときに出会った海外の研究者とともに、今回の論文をまとめました。

 

 

 

論文では、どんなことを扱ったのですか

 

ヒトの発生は2つの生殖細胞、卵子と精子の受精から始まります。受精卵は細胞分裂を開始し、7日前後で女性の子宮に着床、その後、胎児としてさらに発生が進みます。着床前の個体は初期胚と呼ばれます。

 

この「胚」を生み出す卵子や精子を人工的に作る、そんなことがまもなくできるようになるのでは、と思わせる研究結果がつい最近発表されました。マウスで、ES細胞やiPS細胞から人工的に生殖細胞を作って受精させ、子どもを作ることに成功したというのです。

 

これがヒトで実現すると、極端な場合には、自分の皮膚の細胞から精子や卵子を人工的に作りだし、それを自分がもともと持っている卵子や精子と受精させる、なんてこともできてしまいます。ですから、人工生殖細胞をどう利用するか、あるいは研究をどう進めるべきか、倫理的な課題や法的規制などについて慎重に検討する必要があると考えられます。

 

今回の論文では、基礎研究と、実際の臨床応用という2つの場面に分けて、この問題を検討しました。

 

(論文の題名を日本語にすると「ヒト多能性幹細胞からの生殖細胞誘導研究において生じている、倫理的および法的課題」

 

 

不妊で悩む人たちにとって朗報では?

 

人工生殖細胞を使えば、生殖器に病気があったり、がんの放射線治療や薬剤治療などで精子や卵子を得ることができない人でも、自分と遺伝的につながった子どもを持つことができるようになります。「他人から生殖細胞をもらう」必要がないので、いまの生殖医療の一部がもつ様々な問題点を回避することができます。また、近ごろ話題の「卵子老化」の問題も、解決できる可能性があります。

 

でも、やっかいな問題も予想されます。人工生殖細胞は、幹細胞からほぼ無限に作り出すことができますから、幹細胞のもとになった人が死んだ後も、その人の子どもが生まれつづけるという事態が起こりえます。また、特定の「いい人工生殖細胞」が精子バンクなどを通して出回ると、遺伝的兄弟がたくさん生まれてしまいます。

 

自分の子どもの病気を臓器移植で治療したいと思う夫婦が、臓器を得る目的で弟や妹をつくる、というケースも増えかねません。人工生殖細胞でたくさんの胚を作り、その中から、移植に適合する臓器を作ってくれそうな胚を選び出して出産する、ということが可能になるからです。

 

ですから、何が起こりうるかを見越し、倫理的な検討も行ない、適切な規制のあり方を考えていく必要があります。

 

(石井さんの机の上には、倫理に関する本も並んでいます)

 

 

基礎研究であれば、問題ないのでは?

 

そうでもないのです。ヒトの胚を使った研究では、どこまでも細胞分裂を進行させるわけにいきませんから、どこかで必ずその胚を壊します。胚という「生命の萌芽」にとどめを刺すのです。それだけに、倫理的な配慮や、様々な規制が必要です。

 

ヒトの胚を使った研究はこれまで、いわゆる余剰胚を使って行なわれてきました。不妊治療の一つに、体外で受精させた卵子を子宮に入れて着床させるという方法があります。この場合、ふつうは1回の治療に必要な数以上の受精卵をつくって冷凍保存しておき、治療がうまくいかなかったとき使えるようにしておきます。そのため治療が終わったときに、余分の胚が残ってしまうことがあります。これが余剰胚です。

 

これら捨てるしかない余剰胚を研究のために利用することについては、多くの国で、いろいろな条件を付けたうえで認められています。たとえば、患者の同意を得る、胚の培養はヒトらしさが現われる前の14日目までとする、研究目的は特に定められたものに限る、などの条件です。

 

でも、治療行為の結果として出現した胚ではなく、はなから研究のために人工生殖細胞から作った胚で研究するとなると、どうでしょうか? ヒトの精子や卵子が実験室の中でつぎつぎと人工的に作られ、できた胚は実験が終わったら破壊される、こんなシーンには違和感を感じる人が多いでしょう。

 

たしかに、人工的に作った精子と卵子で胚を作れば、女性の身体から卵子を採取するという、女性にとって不快でリスキーな手順が必要なくなります。でも、すべての胚は、研究目的であれ生殖目的であれ、等しく尊重されるべきという もっと大きな問題が、なくなるわけではありません。

 

 

 

それでも基礎的な研究は必要ですか

 

人工生殖細胞を自在に手に入れることができれば、大きく前進する分野があります。受精後3日目ほどまで、着床する前の胚でどのようなことが起きているか調べたり、移植に適した胚を精度よく見つけだす方法の確立などです。また医療への応用を見すえて、人工生殖細胞で正常な子どもが生まれるかどうかを検証することも、重要な研究テーマです。

 

それだけに、倫理的な問題についてどう考えるか、法的な規制をどうするかなどについて、議論を積み重ね、制度化を図っていく必要があります。日本ではいま、不妊などの患者に由来する精子や卵子を使って胚を作り、実験することは認められています。でも、人工的に作った生殖細胞から胚を作ることは認められていません。

 

法的な規制のあり方を議論するには、世界の状況を俯瞰しつつ、その中で日本がどうなっているのかを確認しながら議論する必要があります。そうした思いから、今回の研究では、欧米や中東、アジアなど17カ国の法制度についても詳しく調べました。

 

(17カ国の調査結果をまとめた表)

 

 

研究のきっかけは?

 

今年の1月に北大に着任し、安全衛生本部という部署で、遺伝子組み換え実験や、動物実験、病原体を使った実験などがルール通りに行なわれるよう、研究環境を整えていくという仕事を担当しています。

 

その前は、京都大学の山中伸弥教授の傍で、研究費や人材の確保、組織としての研究目標の設定など、研究支援の仕事をしていました。そのときに、スタンフォード大学のレニー・ペラ先生と出会いました。ヒトの幹細胞から生殖細胞を人工的に作り出す研究では、米国でトップクラスの方で、共同研究するために山中先生の所に来ていたのです。その彼女と、日本やアメリカでの、研究に対する規制のあり方の違いについて議論したのが、この論文のルーツです。

 

同じくスタンフォード大学法学部のヘンリー・グリーリには、法的なことがらについて、いろいろ教えてもらいました。今回の論文は、この3人の共著です。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

石井哲也さんが「サイエンス・カフェ札幌」に出演されます。テーマは「 “ 生命 ” に介入する科学~出生前診断の光と影~」(仮題)

12月21日(土)14時から。会場は、sapporo55ビル1階インナーガーデン(紀伊國屋書店札幌本店正面入口前/札幌市中央区北5条西5丁目-7)です。


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