バトンは、上野洋路さんから、隣の研究室、岸道郎さんに渡りました。
突然ですが、まずはこの年賀状をご覧ください。今年の岸さんの年賀状です。クイズの内容も気になるところですが、注目すべきは、この写真。これは岸さん自身が撮影したものです(2014年10月の皆既月食)。顔を横にしてご覧ください。天文が趣味で「皆既日(月)食のあるところに岸あり」と自称するほど。撮影のためなら、可能な限りどこまでも飛んでいくそうです。
左側の4枚は、1999年8月のハンガリーでの皆既日食で、フィルムカメラにて撮影した画像です。右側の3枚は、2006年トルコの皆既日食です。いずれも美しい写真で、思わず見とれてしまいました。次回、岸さんが観測予定の日食は、2017年8月21日のアメリカとのことです。ちなみに、岸さんが利用している日食情報データベースは、北大が作っているそうですよ。
http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~x10553/
天文写真家のようですが、本業は水産科学研究院の特任教授です。岸さんは、日本で始めて、三河湾における生態モデルのシュミレーションを行った人物として知られています。
三河湾に流入する川には、プランクトンのエサとなるリンが含まれています。そこで、リンがどれだけ流れてきてプランクトンが1日にどれくらい増えるか、というシュミレーションを行ったのです。「感度解析」という、いくつかの条件を組み合わせて変化を見る手法で、当時の日本では、初めての試みでした。「初めてだから、論文の投稿先が分からなくて、日本の学会誌に投稿しちゃったんです。アメリカの学会誌だったら注目されたかもね。世界で有名になり損ねたよ。」と苦笑します。
本棚からは、岸さんの手書きの修士論文がでてきました。「懐かしいなぁ」と呟きながら、すっかり日に焼けた背表紙をめくります。1975年に書かれた論文からは、几帳面な文字が読み取れます。
世界で有名になりこそねた、と語る岸さん。「誰もやっていない研究」のため、就職先もなかなか見つかりませんでした。そこで、学習塾の講師を10年続けながら、恩師の配慮で、東京大学海洋研究所に研究生として在籍しながら研究を続けました。そしてついに平成元年、研究者の道に戻ることができたのです。
それから9年後、北大の水産学部教授として函館に着任しました。
函館の水産学部の教員は、前回までの上野さんや工藤さんのようにおしょろ丸の乗船が必要なのですが、なんと岸さんは「船酔いするんだよね」とポロリ。知られざる事実です。
岸さんの書いた論文には、“Michio J. Kishi” と署名があります。実は、このミドルネーム“J” こそが、「(船に)弱い」の(じゃく)“J ” なのです。その昔、岸昭(きし・あきら)さんという船に強い先輩と乗船しました。そこで冷蔵庫の飲み物を区別するために、昭さんは、(強=きょう)の“K”、岸道郎さんは”J”と書き、さらに互いに投稿論文名に使おうと話をしていたそうです。しかし、Kさんは企業に就職し、自分だけ使うことに。しかも、一度投稿に使うと、同一人物と判別されるには、同名での投稿が必要となるため、やむなく現在に至っているそうです。でも名刺にも“J”を入れているところを見ると、かなり気に入っているご様子です。
(岸さんの生誕65周年を研究室のメンバー全員がお祝いしてくれました。)
2015年3月末で、北大を退職する岸さんですが、その後の進路は決定済みです。
教え子のカウザー博士(写真右)が教授を務める、バングラディシュのダッカ大学の海洋学部に非常勤教授として着任する予定です。「現地の学生たちに、まずは、“サイエンスとは何をするところか”という基本的なところを伝えたいですね」と早くも現地での授業イメージを膨らませているようです。
最後に北大の学生へのメッセージを聞くと、一言「好奇心を持て!」。
冒頭の年賀状のクイズに「アイジン」という言葉が出ていますが、もちろん本当に愛人がいるわけではなく、岸さん自身が、常に好奇心を持ち、老若男女、幅広い友人関係を築きあげている「ダジャレ」なのです。
本人の名誉のためにあしからず。
次のバトンは、理学部 宇宙惑星科学科のナ・ハンナさんに渡ります。