
2026年4月25日(土)、北海道大学オープンイノベーションハブ「エンレイソウ」にて『アノベンチ リフレクション・トーク』が開催されました。
本記事では、写真を交えつつ、トーク当日の模様をお伝えします。
『アノベンチ』プロジェクトの経緯
『アノベンチ』は、2025年11月に前CoSTEP教員・朴炫貞の主導のもと始まったアート・プロジェクトです。
歩行者の安全等のために切り倒された北大構内の木々を、これまでもコーヒー燻製用のチップやデザイナーズ・チェアなどの形で循環させてきた朴さん。北大150周年の節目に、北大構内では新施設の建設やリノベーションが進んでいますが、実はこれが多くの木を伐採し、木材を生み出している側面もあることに気づきました。そこで、新たな150年に向けてそれらの木材を活用し、循環させていこう!ということで始まったアート・プロジェクトが『アノベンチ』です。
北大産の木材を使って北大内外の人たちのためのベンチを制作してくれるデザイナーを探していくうち、朴さんがお声がけしたのが、デザイナーズ・チェアの企画にも参加してくださったデザイナー/職人集団の621さんと、高級材木の管理・加工・販売を手掛ける河野銘木店さんです。
621さんにはクルミ、河野銘木店さんにはユリノキを使った新しいベンチの制作を依頼していたのですが……プロジェクトは進行のさなかマネジメント上の問題に直面し、計画の見直しと、多くの追加調整が必要なことが判明しました。
できあがったベンチを前に、トークの打ち合わせ

そして迎えたトーク当日。
波乱の展開だったところ、621さん・河野銘木店さんはベンチの制作を続けてくださっており、プロジェクト開始当初から約束されていた4月25日のトークには、それぞれ1台ずつベンチの実物を届けてくださいました。

トーク前の打ち合わせのタイミングで、会場に運び込まれた2台のベンチ。
北海道の木材循環に関心を持ち、道産木材の小屋づくりなどのプロジェクトを行ってきたオクラホマ・河野真也さんは、クリエイター陣に制作譚を伺いながら、目の前のベンチをじっくり観察します。そしてクリエイター陣に許可を得て、上から、下から、横から……できたてのベンチをパシャリ。


個性豊かなベンチに目を輝かせる河野さんを見て、登壇者・関係者一同が集まり、ベンチ撮影タイムになだれこむほどでした。
北大の木でできたベンチの話をしよう~リフレクション・トーク~

さて、登壇者席と来場者席の間にベンチを並べて、いよいよトーク本番です。
まずはCoSTEP奥本から簡単に『アノベンチ』プロジェクトの経緯をご説明して、ゲストの皆さんへバトンタッチ。


参加学生の相馬ゆめさんは、プロジェクトへの参加体験を共有してくださいました。
これまで北大を舞台に続いてきたご自身の家族史を契機に本プロジェクトに参加したこと、人間でいえば何世代にも渡る時間を北大ですごした木々との出会い、そして普段接触する機会のないクリエイター陣との関わりについて……
ほかの参加学生と協力して蒐集した「北大構内ベンチ写真」のダイアグラムを傍らに、熱意を感じる報告となりました。
河野銘木店(こうのめいぼくてん)の宮島さんからは、ベンチの素材となった木材との出会いを中心に、制作プロセスについて紹介がありました。


先立って相馬さんから、「(ベンチの素材となった木材を見たとき)これは自分の何倍もの時間を生きてきた木なんだ、と思い圧倒された」とのコメントがありましたが、宮島さんもベンチに使われた木の歴史に強い関心を寄せてきたお一人。
今回河野銘木店さんに託された「ユリノキ」という種は、北大と深い所縁をもっています。日本で最初のユリノキが、北大植物園の初代園長・宮部金吾が留学先のハーヴァード大果樹園から持ち込んだものとされているのです。今回ベンチに使われた材木も、宮部が持ち込んだ株の類縁にあたるのではないかという説があります。
宮島さんはこの材木でベンチ制作をすることが決まってから、インターネットやお知り合いづてに北大のユリノキについてご自身で調べ、木材が持つ目には見えない歴史や物語といった部分への理解を深めていったそう。
目に見える部分では、河野銘木店に持ち込まれたユリノキが、これまで見たことがないほど強く緑色を帯びた木材だったことに驚いたといいます。家具用に加工するには十分乾燥時間が経っていない若い材木に戸惑うこともありつつ、不思議な緑がかった色合いとユリノキの物語にインスピレーションを得ながら、節や樹皮の風合いを存分に生かした風流な1台に仕上げてくださいました。
素材となった樹木のもとの姿を部分的に残した河野銘木店さんのベンチに対し、デザイナー2名・職人1名からなるユニット 621(ロクニーイチ)さんからは、繊細な加工により素材を全く別の形へ落とし込んだプロダクトが提出されました。



おとな6人程度が腰かけられる大きな1台は、特定の空間にベンチを置くことでそこを人が集まる場所にしたい、というアイディアから生み出されたといいます。特定の場所との結びつきが強いこのアイディアを出発点に設計を進めていったため、マネジメントの混乱によって設置場所が変更されてしまったさいは、目的意識とモチベーションを一気に見失ったという621さん。再び設置に向けた議論が整理されつつある現状に、また制作の契機を見出そうとしているところです。
今回のトークには、北大の関係者や学生さん、そして一般参加者の皆さんも交えて、設置場所に関する議論を深めたいという強い期待をもって参加してくださいました。
トークの後半は、そんな621さん待望の「アノベンチ、どこに置く?」ディスカッション。
登壇者だけでなく、プロジェクトに参加してくれている学生さんたちや、さまざまなきっかけと関心から集まってくれた一般来場者の皆さんも交えて、あたまをやわらかくしてアイディアを出し合います。

会場からは、北大図書館のような人が集まる場所や、これから新設予定の安藤忠雄建築「子ども本の森」、あるいは学外施設と協力して市立図書館に設置する、など、定点での設置を望む声が多く上がりました。またトーク後のコメントシートには、北大正門を提案する声も。憩いの場づくりや北大のアピールなどの観点からさまざまなアイディアが飛び出し、これからのベンチの活用に希望が見えてきました。
そんななか、オクラホマ河野さんから提案されたのが「移動式ベンチ」。学内の様々な場所に期間を決めて設置し、期間が終わったら次の地点へ移動させることで、構内のさまざまな人に自分から会いに行くベンチです。
たしかに、いつも同じ場所で帰る場所のように待ってくれるベンチはほっとしますが、駅ピアノのように公共の場所を転々としながら出現するベンチも、新たな人と場所とのつながりを生むきっかけになるかもしれません。
北大のこれからの150年に向けて
北大が始まってからの150年で育まれてきたのは、人や学問だけではありません。
教室を備える建築や、その基礎となる土壌、そしてそれらすべてに木陰を提供する樹木も、この場所で育っては刷新されてきた財産です。今回のトークではふだん北大に通うプロジェクト参加学生と、日々北大生とは違う空間経験をしているゲストの皆さんという二つの視点から、道産材木の循環や学内の場づくりといったテーマを切り口に北大の歴史や自然の面白さを発見していくことができました。
北大がさまざまな人が集まり議論する、あるいは憩う、そんな場であり続けようと思ったときに、今回たくさんの議論と手数を経て完成したベンチが人々の傍らにある……そんな未来もありうるのかもしれません。