札幌市中央区の円山西町。三角山や藻岩山などの山林に接するこの地域では、ヒグマの出没がたびたび確認されています。札幌市の「さっぽろヒグマ基本計画」でも、ヒグマ対策を重点的に行うエリアに位置づけられています。
2026年7月5日、円山西町町内会館で「第5回ヒグマ勉強会」が開催されました。会場には町内に住む近隣住民や縁の方々、50人余りが集まりました。
ヒグマと隣り合わせに暮らす地域では、いま、どんな対策が進んでいるのでしょう。そして、そこに住む人々はその対策をどのように受け止めているのでしょうか。北海道大学が町内会と協働して行っているリスクコミュニケーションをご紹介します。

ヒグマのことを、地域で考え続ける
勉強会ではまず、札幌市環境局から、2025年に円山西町周辺で相次いだヒグマの出没について、DNA調査の結果などを交えた報告がありました。あまり知られていませんが、札幌市では特定エリアに生息するヒグマを自動撮影カメラで追い、おおよその所在や生死を把握する管理が行われています。

続いて、北海道大学文学研究院 学術研究員の伊藤泰幹さん。地域に試験導入されているヒグマ対策用ごみステーション「とれんベア」について、利用者アンケートの中間結果を紹介しました。
「とれんベア」は、ヒグマにごみを荒らされないよう、頑丈な構造や開けにくい扉などの工夫を施したごみステーションです。知床・ウトロなど、すでに道内の複数の地域で導入されており、円山西町でも今年3月、札幌市がヒグマ対策のひとつとして試験的に設置しました。地域で実際に使ってもらいながら、その有効性や使い勝手を札幌市と協働で検証しています。

実は、この地域と北大との関わりは、「とれんベア」の設置から始まったわけではありません。
少し話をさかのぼってみましょう。
地図を囲むところから始まった
北大が円山西町町内会と協働を始めたのは2024年度。当時北大CoSTEP研修科を受講していた伊藤さんが、地域におけるヒグマとの共生をテーマに実践活動を始めたことがきっかけでした。CoSTEPは、科学技術と社会をつなぐ「サイエンスコミュニケーション」を学ぶ北海道大学の教育プログラムです。北大院生だけでなく社会人を含む受講生が、実際の社会課題に関わりながらサイエンスコミュニケーションに求められる姿勢とスキルを学びます。
2025年1月には、円山西町町内会とCoSTEPが共同で「ヒグマテーブル~ヒグマとのつきあい方をみんなで考えよう!」を開催。住民や専門家がひとつの地図を囲み、ヒグマが出没する地域で、どこにどんなリスクがあるのか、どのような「すみ分け」ができるのか、それぞれの経験や知識を持ち寄りながら考えました。

その後も町内会ではヒグマ勉強会が続き、地域でできる対策について情報交換や話し合いが重ねられてきました。そんな継続的な関わりのなかで、円山西町でも具体的なヒグマ対策のひとつとして、「とれんベア」の試験導入が始まりました。
そして、設置して終わり、ではありません。実際に地域でどう使われているのか。使う人はどう感じているのか。住民のヒグマ対策への意識は変わるのか。現在は、こうした点を調べながら、その結果をまた地域に返していく取り組みが進んでいます。
地域の課題について話し合う。できることを試してみる。その結果を確かめて、また次を考える。第5回となった今回の勉強会からは、そんな循環が少しずつ形になっていることが見えてきました。

すんでいるのはヒグマだけじゃない
さて、この日の話題はヒグマだけではありませんでした。
円山西町ではキツネの姿もよく見られます。一方で、人から食べものを与えられる「餌付け」は、人への警戒心を弱め、住宅地への定着を促す要因にもなります。キツネが媒介する寄生虫、エキノコックスへの感染予防も重要な課題です。近年、この地域でもキツネへの餌付け問題が深刻化したことを受け、新たな課題として加わりました。
勉強会では、CoSTEP特任准教授の池田貴子(いいね!Hokudai取材班でもある筆者)が、都市部で暮らすキツネへの餌付けとエキノコックス感染リスクについて解説。さらに、CoSTEP研修科を受講中の宮島沙織さんが、餌付け防止や感染予防を伝えるための啓発看板を紹介しました。

この看板、ただ読むだけの看板ではありません。
2025年度のCoSTEP本科 グラフィックデザイン実習で制作されたもので、見る人が実際に触って確かめられる仕掛けを取り入れています。現在は宮島さんが研修科の実践課題として引き継ぎ、実用化に向けた検証と改良を進めています。
勉強会から約1か月後の8月1日には、円山西町の夏祭りにCoSTEPが獣害対策ブースを出展。およそ150人の来場者に実際に看板を触ってもらい、使用感や学習効果についてアンケートと聞き取りを行いました。ここで得られた声をもとに、さらに改良を加えていきます。完成した看板は、実際の公園に設置される予定です。

さらに勉強会では、円山西町町内会と北大CoSTEPが取り組む住民参加型調査「動物あのねポスト」の途中経過も紹介されました。住民が地域で見かけた野生動物の写真や情報を寄せる取り組みです。集まったのは、キツネだけではありません。エゾシカ、エゾリスなど、地域にはさまざまな野生動物が暮らしていることが見えてきました。この調査は現在も継続中です。
ヒグマとのつきあい方を考えるところから始まった、円山西町と北海道大学との対話。その関係は一度きりのイベントで終わらず、具体的な対策や調査へ、そしてキツネをはじめとする身近な野生動物とのつきあい方へと、少しずつ広がっています。
話して、試して、確かめて、また考える。
円山西町で続く取り組みからは、地域と大学が時間をかけて関わることで育っていく、サイエンスコミュニケーションのひとつのかたちが見えてきました。
※ 本活動は、JSPS科研費「獣害問題における市民協働型リスクコミュニケーション手法の開発と実践」(課題番号:26K06422、研究代表者:池田貴子)の助成を受けたものです。