バイオエタノールって何? バイオエタノールは生物体を微生物で発酵させて作る燃料です。作り方は、同じく発酵を利用する日本酒ととても似ています。日本酒のアルコール濃度は15%ほどなのに対し、アルコールを蒸留して100%近い濃度にしたものがバイオエタノールです。私はこのバイオエタノールを海藻から作るための研究をしています。
【杉谷舞・水産科学院修士1年】
海藻からエタノールを作るのは難しい
海藻は主に、色々な種類の、糖がたくさんつながった多糖というものからできています。例えばコンブはマンニトール、アルギン酸、セルロースという種類の多糖を含んでいます。それに対し、現在原料として一般的に使われているトウモロコシにはデンプンがたくさん含まれています。
一種類の多糖しか含まれていなければ分解するための酵素は一つで済みますが、色々な種類の多糖が含まれていると、そのぶん多くの酵素が必要になります。多くの酵素を使えば作業工程は複雑になります。また、酵素はとても高価です。産業として海藻からエタノールを生産するためには大きな障害となります。
さらに、先ほど出てきたアルギン酸という多糖は構造が複雑で分解しにくくやっかいです。このことも海藻からエタノールを作ることを難しくしている要因の一つです。
(中央にある白い装置でエタノールを測定します。右のボンベとつながっていて、左のパソコンで制御しています)
海藻分解のスペシャリスト、ビブリオ・ハリオティコリ
15年ほど前に私の所属する研究室でエゾアワビの消化管から見つかったビブリオ・ハリオティコリという細菌は海藻を分解するのがとても得意で、コンブの主成分のマンニトールとアルギン酸を分解することができます。しかもマンニトールを原料としてエタノールを作ることもできてしまうのです。
この細菌を上手に使えば効率よく海藻からエタノールを作れるかもしれません。でもこの細菌くんには分解できない多糖がまだまだたくさんあります。海藻をなんでも分解できるようにするにはそのための酵素を作る遺伝子を組み込んでやる(=遺伝子組換えをする)必要があるのです。
遺伝子組換えをしよう!
まず手始めにデンプンを分解するための酵素、アミラーゼの遺伝子をハリオティコリに組み込んでみることにしました。遺伝子組換えってなんだか難しそう、と思うかもしれませんが、方法はとってもシンプルです。自然界では細菌同士が環状の小さなDNA(プラスミドと呼ばれます)をやりとりする現象が知られているので、それを利用します。
まずプラスミドを切って、切れた所にアミラーゼの遺伝子を入れます。そしてそれをDNAを取り込みやすいように加工した大腸菌に入れます。こうしてできた大腸菌からハリオティコリにプラスミドを渡してもらうのです。
寒天培地で培養
遺伝子組換えしたハリオティコリ(=組換え株)と遺伝子組換えしていないハリオティコリ(=野生株)を並べてデンプン入りの寒天培地で培養してみました。そしてそこにヨウ素溶液をかけました。ヨウ素とデンプンが結び付くと青紫色になる反応(ヨウ素デンプン反応)を利用して組換え株がデンプンを分解できているか目で見て確かめられるようにしたのです。デンプンが分解されていれば色はつかず黄色のままになるはずですが、果たして……
結果は一目瞭然!組換え株の周りのデンプンはきれいに分解されています。遺伝子組換えは上手くいったようです。
発酵実験
組換え株がデンプンを分解できることはわかりましたが、肝心のエタノールを作ることはできるのでしょうか。それをしらべるために液体培地で72時間培養して、作られたエタノールの量を計測してみました。72時間という時間に設定したのは、ハリオティコリの増殖がピークになるのが48時間で、その増えたハリオティコリによって作られる物質の量のピークはだいたいその24時間後になるからです。
(細菌が作りだしたエタノールの量を表したグラフ。野生株の量を1として比率で表わしています)
その結果、野生株に比べてかなり多い量のエタノールが作られていることが判明しました。組換え株が72時間後の時点で作ったエタノールは野生株の10倍以上の量です。組換え株はデンプンを分解するだけでなく、デンプンからエタノールを作ることもできるのです!
ハリオティコリを細胞工場に
今後はハリオティコリにもっと色々な遺伝子を組み込んで、ハリオティコリを海藻の分解から発酵まで全部こなす「細胞工場」にできたらと考えています。
ハリオティコリは小さな小さな細菌で目には見えませんが、とても大きな可能性を持っています。もっと色々な多糖を分解できるようにしたり、エタノールの生産効率を高めたり…。どんな方向に導いてあげるかは私次第、そこがこの研究のとても面白いところです。これからも色々なことを試して小さな細胞工場を作り上げていきたいです。
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この記事は、杉谷舞さん(水産科学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーション1」の履修を通して制作した作品です。