2017年4月から第19代北海道大学総長に就任した名和豊春総長に、北大の研究・教育に対する姿勢や2017年の振り返り、そして2018年の取り組みについて伺いました。
-現在、北海道大学はどのような課題に向き合っているのでしょうか。
私が総長就任にあたって掲げたビジョンは二つあります。一つめは「世界トップ100を目指す研究・教育拠点の構築」、二つめは「北海道の地域創生の先導」です。
一つめの「世界トップ100を目指す研究・教育拠点の構築」を達成するためには、やはり国際的に通用する人材を育成することが一層重要になります。141年前の札幌農学校が、既にそういった人材を養成していたように、まずはその基本に立ち返る必要があると考えています。真の国際通用性とは、海外の多様な文化や異なる価値観を理解した上でコミュニケーションが図れることだと思っています。そして、この時に絶対に忘れてはならないことは、自分たちの文化、すなわち日本の歴史や伝統などをしっかりと伝えることができることです。先日、三笠宮彬子女王殿下にお会いしまして、やはり同じことをおっしゃっておられました。また、20年くらい前の話になりますが、ケンブリッジ大学出身の方と会食した際、トラファルガーの海戦から、なぜ大英帝国が繁栄したのか、そしてどうやって没落していくのかを世界との関係性と紐付けて詳しく説明されたことがありました。一方で、私は徳川幕府時代までは話せたものの、それ以降は多くを語れなかったのです。専門書を読み、小説も読んだ上で自分なりの歴史観を身に付けて、お互いの国の歴史を語り合うと、それが信頼関係を深くし、その後のスムーズなコミュニケーションにつながります。
そのためにも幅広い教養は不可欠ですし、リベラルアーツは一貫してやらなくてはなりません。大学院に進学して、より専門的に学ぶようになった時でもリベラルアーツが必要になってきます。科学技術コミュニケーションの世界ではトランス・サイエンスと呼ばれる分野がありますが、これは科学には問うことはできるが、科学だけでは解決できない問題のことをいいます。原爆を例にお話しをすると、核物理学が原爆を生み出す際に、疑問を持った科学者がたくさんいましたが、誰も止められませんでした。研究者がたずさわっているものは常に政治的・経済的に利用される可能性をはらんでおり、それによって貧困が生まれたり、戦争が起きたりします。こういうものに対し、どうやって向き合っていったらいいのか、一度立ち止まって考えることが非常に重要だと思います。
次にリスク管理です。チェルノブイリ原子力発電所事故に起因してこの考え方がでてきました。原子力は一つ間違うと危険なものになりますが、それは2011年3月11日(東日本大震災)の時にまざまざと見せつけられました。安全だと思っていた技術がこれだけ危なかったのかと、あらためて思い知らされた訳です。私たちはこの悲惨な出来事を大きな教訓として、リスク管理の重要性を学生に教えていかなくてはなりません。いわゆる「世界トップ100」は研究成果ばかりに注目されがちですが、トランス・サイエンスやリスク管理を正しく教育することも併せ持つべきで、大学の責務や存在意義はそこにあると思います。
研究でいえば、北大の研究者は世界に伍する成果をすでに出しています。総合学術誌であるNatureのスタッフによれば、研究分野のランクだけで見ると、北大は100位前後ということなので一応の目標はほぼ達成しているといえるのですが、それに国際的なプレゼンスの評価要素などが加味されたりしますので、総合順位が大きく変動するのです。国際的なプレゼンス能力の向上を図るため、積極的に国際的な舞台に参加するようしており、私自身も昨年5月に台湾で開催されたタイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)のアジア太平洋会議で講演を行ってきました。
若い研究者には目先の短期的な成果にとらわれず、10年くらいは牢として基礎研究をやりなさいといっています。社会貢献は、基礎研究の中で生まれる様々な思考が、結果として社会貢献につながればいいのであって、研究者として、周りに流されることなく、ぶれずに研究を継続させていくためには、自分の意思を明確に持って、選択しながらやっていくことが大切です。
二つめの「北海道の地域創生の先導」も果断に進めています。松野博一 前・文部科学大臣や経団連の一行が本学を訪問いただいた際、「スマート農業(植物工場)」プロジェクトの説明をすることができましたし、内閣府が推進する「まち・ひと・しごと」プロジェクトについては、長期間にわたり北海道庁と協議を行っており、来年度に申請する予定です。また、「北海道の地域創生の先導」の核と位置付けている「フードバレー構想」を推し進めるため、オランダのワーヘニンゲン大学との連携や、ロバスト農林水産工学科学技術先導研究会の発足のほか、札幌クリエイティブコンベンション“NoMaps”に、高等教育推進機構の オープンエデュケーションセンター 科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)が、「没入!バーチャル支笏湖ワールド」へ参画したりと多角的に活動しています。さらに、来年は北海道開拓150周年ということで、北海道に協力する形で「北海道150年事業」の準備を進めています。
-大学の国際力強化の具体的な取り組みを教えてください。
国際力強化に関しては、多くの大学が進出しているところではなく、ロシアやインドといった国を検討しています。タイには、日本の大学関連の海外オフィスが既に50もあるのですが、ロシアやインドには少ないのが現状です。しかし,ロシアやインドの学生は非常に優秀ですので、北大が連携する価値は大いにあると考えており、そのための海外オフィスやリエゾンオフィスを着々と作る計画です。加えて、北京オフィスも復活させ、リエゾンオフィスも中国では2箇所作る予定ですが、その一つは、中国科学院大学の学長室の隣になる予定です。また,大学間の連携強化の具体的な取り組みとしては、モスクワ大学、ハバロフスク太平洋国立大学、清華大学、中国科学院大学、インド工科大学との間で話が進んでいますが、加えて、東アジア大学連合を作りたいと思っており、日本からは北大のほか、東北大学と金沢大学、中国、韓国からもそれぞれ3校以上で構成する大学連合を作ろうと動いています。
-大学の研究力強化の具体的な取り組みを教えてください。
研究力強化にあたっては、IR(Institutional Research)のデータを活用することが大切で、そのためのデータ収集は勿論のこと、それらのデータを一元的に管理して解析し、北大の強みと弱みを正確に把握することが大変重要です。大学の今の状況を客観的に理解できることで、強化すべきところの戦略と、それに向けた具体的なシミュレーションができるようになります。また、主に研究支援業務をミッションとしているURA(University Research Administrator)のみなさんには、学内の様々な部署で活動してもらい、将来的には大学運営にも携わっていただきたいと考えています。こうしたURAにかかる北大の取組に対し、先般、文部科学省から発表された「研究大学強化促進事業」の中間評価結果では、「構築されたURA制度を研究力強化の観点から活用し、北海道の中核的大学として、地域性を加味した取組も含め、戦略的に取り組んでいる」としてA評価を受けました。
-学内の改革はどのようなことをなさったのでしょうか。
従来は、様々な施策を策定するにあたって、総長・理事と事務局の間を総合的に調整する組織がなかったので、新しく企画立案機能を持った総長直轄の政策調整室を作りました。また、大学における重要な事柄については、多方面の方々からご意見を聴き、より適切な取扱や方向性を打ち出せるよう経営戦略室を作ったほか、学内の意見を広く大学運営に反映するため、部局長等意見交換会を定例で開催することで、忌憚のない意見が多く出るようになったことは、とても良いことだと思っています。事務組織に関しては、他部署との重複の解消であったり、学生目線で分かりやすい組織となるよう改革を進めています。
-北大生へのメッセージをお願いできますでしょうか。
手前味噌になりますが、北大生は素晴らしいと思っています。入学者における道外出身者は65%にも達していますし、道内出身者も市内や札幌近郊の通学圏を除けば、やはり親元を離れて学生生活を送ります。これは他の大学にはない傾向で、これが北大生の独立心や自律心を養っているのだと思いますし、半数以上が道外出身ということは日本人だけでもすでに十分なダイバーシティがあるといえます。そして、緑豊かで広大なキャンパスは、心ゆくまで思索ができますので、研究者もそうですが、学生にとってもじっくりと考えることのできる環境が整っています。大切なことは、自分の頭で考えてなにかを生み出すことであり、それを自身で検証することを繰り返すことがいい研究につながります。学生のみなさんには、ぜひがんばってもらいたいと思っています。
-最後の質問です。冬休みはどのようにすごされるのでしょうか。
二人の子どもを連れて、道南にある家内の実家で過ごそうと思っています。やはり家族は大切ですし、普段はゆっくりとコミュニケーションをとる時間がありませんので、年末年始はあれこれ考えずに過ごせたらと思っています。ただ、久しぶりに会える子どもは、二人とも医療関係の仕事に従事していますので、突然の呼び出しがないことを祈るばかりですね。