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#123 アイヌを識る(3)~北大イチャルパでの祈り~

2018年8月3日、北海道大学札幌キャンパスにあるアイヌ納骨堂で、アイヌの伝統的な先祖供養「イチャルパ」が執り行われました。アイヌ納骨堂は、1984年に北海道ウタリ協会(現 北海道アイヌ協会)の要請に応じて「尊厳のある慰霊」を実現するため建設され、北大にある1,000体以上のアイヌ遺骨が納められました。それから毎年、先祖供養の祭祀場としても使用され、心を込めた祈りが捧げられています。

【成田真由美・CoSTEP本科生/社会人】

(第35回北海道大学アイヌ納骨堂におけるイチャルパ。部屋の中央に切られた囲炉裏が重要な役割を果たします)
先祖供養イチャルパ

今年も北大イチャルパ1)に参列するために、道内各地から沢山のアイヌの方々が北海道大学に集まりました。当日の参列者は、大学などの関係者も含めると約150名。まず黙祷と献花、主催者挨拶がありました。

(冒頭に行われる献花)

続いて、先祖供養イチャルパがアイヌプリ(アイヌの習慣)に則って執り行われました。アイヌの方々が納骨堂に入りイチャルパが始まります。男性が主となり、囲炉裏を囲みアペフチカムイ(火の神)や儀礼に使用する道具などにも祈りを捧げます。その後、納骨堂の東側に設えたヌササン(祭壇)に移動し、順番にイクパスイ(捧酒箸)でイナウ(木幣)にお酒を捧げ、神々に祈りを捧げます(写真参照)。次に女性が中心となり、用意された供物をイナウの根本にチャルパ(地面に散ら)します。そうすることにより供物がポクナシリ(死者の世界)に届くと考えられ、これが先祖供養の中心的儀礼となります2)。

(イナウは神や先祖への贈り物であり、守りであり、メッセンジャー的な役割も持ちます)
アイヌ遺骨を用いた「研究」の歴史

北大に1,000体以上のアイヌの遺骨が保管されているのは、北大の研究者たちが過去に発掘、収集した経緯があるからです。研究者たちは、集めた遺骨を使って優生学的な人類学研究を行っていました。この「研究」では、頭骨の形状や大きさを測定することで「人種」の特徴や関係、優劣を明らかにすることを目的としていました3)。北大は1930年代からこの研究を本格化します。全国の帝国大学でも1880年代後半から徐々に収集と収蔵を始めました。その結果、現在も日本中の大学や博物館に1,752体と409箱のアイヌ遺骨が保管されています4,5)。

しかし、その収集には、アイヌの方々に十分な説明と同意の取得がなされないものもあったと記録されています6)。また、収集された遺骨のほとんどは「研究」に必要とされる頭骨や骨盤が主であり、頭骨と四肢骨が揃っている遺骨もありますが、人体を構成する骨が全て揃っているものはわずかです。

現在では、優生学的な人類学研究は否定されています。科学的な根拠が乏しく、明らかな成果も上げられないまま1970年代頃から下火になっていきました。現在では、もちろん差別的な人種主義に基づく研究は許されるものではありません。

返還への道程

現在もアイヌ遺骨が北大内に留め置かれている状況には、アイヌの方々はもちろん学会からも強い非難が向けられています。北大は1980年代からアイヌ協会各支部からの返還請求を受け、2001年までに35体を返還しました。しかし、子孫にあたる個人からの返還要求には応じなかったため、2012年に提訴されました。その後2016年に和解が成立し、12体の遺骨が原告らに返還されました。

同じく2016年からは国が主導して、身元が特定された遺骨の返還手続きが開始されましたが、もともとの記録不備やずさんな管理のため、北大にある身元の特定できる遺骨は34体にすぎませんでした。そのため、一部のアイヌの方々はさらに多くの返還のために、地域が特定されている遺骨の返還を求めた裁判を起こしました。しかし、その訴訟和解による返還も約100体ほどしかありません7)。

2018年12月、身元が特定されていない遺骨も、埋葬されていた地域への返還ができるよう、文部科学省の新しいガイドラインが発表されました8)。今後の進展は予想がつきませんが、北大を含めた日本中の大学や博物館にある返還の目途がたたないアイヌ遺骨は、2020年に白老町にオープンする「民族共生象徴空間」に併設される「慰霊空間」に集約されます。そして、子孫の方もしくは地域に返還されるまで保管され、慰霊されることになります。政府は「慰霊空間」で返還を待つ遺骨に関しては、研究対象とはしない方針を固めています9)。

アイヌの死生観

本来なら、先祖供養は子孫にあたる方々が自分たちの土地で行うはずのものです。しかしそれができない。この事実に愕然としながらも、アイヌの方々がどのような思いで北大イチャルパで先祖供養を行っているのか、その信仰の一端でも理解したいと思い、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの北原モコットゥナシ次郎太さん(准教授)を訪ねました。

(晩秋の頃のアイヌ・先住民研究センター)

北原さんは、アイヌの死生観について以下のようにお話されました。

「アイヌと言っても、色んな地域の考え方が混ざり合っていて、これがアイヌ標準というのは、中々言えないんです。でも、生き物だけでなく、この世にあるすべてのものは、身体と魂がセットになっていて、死ぬと魂だけが別の世界に行き、この世と同じ生活を続けるとされています。死者の世界は、地域差もありますが、あの世への洞窟を抜けた先、あるいは天や地底のどこかあると云われています。そしてしばらくすると魂は天に行き、まっさらな状態の赤ん坊としてこちらの世界に降りてくる。また、人間は必ず人間として生まれ変わります。様々な伝承から総合して考えると、身体がちゃんとしかるべき方法で葬られること、骨がひとそろい揃っていることが復活に重要だという感覚はあったと思われます」

(アイヌの信仰に欠かせないイナウについて書かれた冊子も頂きました。 本州の削りかけや世界中のイナウ状木製品も記載されています。習俗から文化の広がりや関りを考える1冊です10))
(沢山のイナウで設えたヌササンはイチャルパの終了と同時に回収されました。本来なら、いつでも祈りを捧げられるように窓から見える家屋の東側に祀られています)

未来への祈り

アイヌの伝統的な信仰や死生観などから考えても、アイヌの方々が遺骨の返還を強く望むのは当然のことでしょう。私はアイヌの遺骨はアイヌの元にあるのが人の理だと思います。しかし、アイヌの方々にも様々な考え方や複雑な想い、また現代での社会的立場があり、遺骨の返還を望む方ばかりではないようです。

真夏の北大イチャルパ、晩秋のアイヌ先住民センターに足を運び、そして、雪に閉ざされた納骨堂を訪れ、考えました。たとえ全ての遺骨が返還できてもできなくても、そこで終わりではないと思います。過去の行為に真摯に向き合い、そこから学ぶべきことを未来に語り繋ぐ。そのために、何ができるのかも考えなければならないような気がしています。

(納骨堂周辺の雪には誰の足跡も残されていません。今年の夏もまた、北大イチャルパは開催されるでしょう)

《第4回に続く》

注・参考文献・取材協力:

  1. 正式名称は「北大イチャルパ文化交流の集い-北海道大学アイヌ納骨堂におけるイチャルパ-」。主催は公益財団法人北海道アイヌ協会、協賛は北海道大学。北海道アイヌ協会のホームページによると、目的は「古式に則る先祖供養の実施により伝統文化の体験交流と技能習得による保存活動を実施し、併せて人類学等の研究者、大学関係者との遺骨返還方法等の協議や研究成果の社会還元、相互理解等を図る」。
  2. 財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構『アイヌ生活文化再現マニュアル:先祖供養 シンヌラッパ・イチャルパ』 (2007)
  3. 植木哲也『新版 学問の暴力』春風社(2017)
  4. 文部科学省『大学等におけるアイヌの人々の遺骨の保管状況の再調査結果』(2017年4月)によると、全国の12大学に1,676体と382箱のアイヌ遺骨が保管され、うち北大は1,015体と367箱を保管している。
  5. 文部科学省『博物館等におけるアイヌの人々の遺骨及びその副葬品の保管状況等に関する調査結果』(2016年11月)によると、博物館等は12施設に76体と27箱を保管。うち11施設が北海道内。
  6. 「北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書」(2013年3月)北大図書館蔵
  7. 紋別町4体。浦幌町96体と82箱。旭川市5体。(返還先は市町村名のみ)
  8. 文部科学省『大学の保管するアイヌ遺骨等の出土地域への返還手続きに関するガイドライン』(2018年12月)
  9. アイヌ政策推進会議/内閣官房アイヌ総合政策室『慰霊施設の整備に関する検討会(RT)の検討状況についての中間取りまとめ』(2016年5月13日)
  10. 北原次郎太・今石みぎわ『花とイナウー世界の中のアイヌ文化―』北海道大学アイヌ・先住民研究センター(2015)
  • 久保寺逸彦 著・佐々木利和 編『アイヌ民族の宗教と儀礼』草風社(2001)
  • 北大開示文書研究会 編著『アイヌの遺骨はコタンの土へ』緑風出版(2016)
  • 土橋芳美『痛みのペンリウク―囚われのアイヌ人骨』草風社(2017)
  • 北海道アイヌ協会・日本人類学会・日本考古学協会『これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル 報告書』(2017年4月7日) 
  • 北原モコットゥナシ次郎太さん(北海道大学 アイヌ・先住民研究センター 准教授)

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