北海道大学附属図書館本館の玄関ホールに、新しい風景が加わりました。8月19日に設置されたアイヌ文化振興モニュメント「ヤイコタンフナラ」です。
図書館に入ってまず目を引くのは、サケをつかみ、川面からいままさに飛び立とうとする一羽のシマフクロウ。けれど、この作品の見どころは、その迫力だけではありません。近づいて見ていくと、サケ、コタン(アイヌ語で「集落」)、川、そしてこの土地の歴史と未来へつながる思いが、一本の木の中に丁寧に刻まれていることに気づきます。
玄関ホールの東側に立つモニュメントは、まずその大きさに圧倒されます。一本のセンノキから彫り出されたシマフクロウの姿には、サケをつかみ、川面から飛び立とうとする瞬間の力強さが表現されています。
図書館という、学生や教職員、学外の人も日常的に行き交う場所に、この作品は設置されました。ふと足を止め、見上げ、考える。そんな時間を生み出す存在になりそうです。

作品に近づくと、次に目を引くのがシマフクロウの足元です。鋭い爪でつかまれているのは、一匹のサケ。シマフクロウの大きな翼と向き合ったあとにこの細部を見ると、作品全体が急に動き出すような感覚があります。サケは、単なる装飾ではありません。北海道の自然や営みを象徴する存在であり、この土地の歴史や暮らしへ視線を導く重要なモチーフになっています。

さらに目を凝らすと、サケの向こう側、作品の内部にチセ(アイヌ語で「家」)が見えてきます。そこに表現されているのは、この土地にあったアイヌの暮らしです。
このモニュメントには、北海道大学が建つ土地とアイヌ民族との歴史的な関わり、そして未来がモチーフとして込められています。足元には、豊かな恵みをもたらしたサクシュコトニ川の風景も彫り込まれており、作品は「大きなシマフクロウの彫刻」であると同時に、この土地の記憶をたどる風景画のようでもあります。

設置記念式典では、作品を前に、そのモチーフや思いが紹介されました。大きな翼、サケ、そして足元の風景。それぞれの要素はばらばらにあるのではなく、この土地と人との関係を一つの造形として結び直すために置かれています。
北海道大学が建つこの土地は、大学ができる以前から、アイヌの人々が暮らし、生業を営んできた場所です。北海道大学は2026年3月、「北海道大学所在地の先住民族に対する敬意の表明」を公表しました。そこでは、この土地とアイヌ民族との歴史的なつながりを理解し、語り継ぐこと、そしてアイヌ民族にルーツを持つ構成員とそのほかの構成員が、ともに安心して学び、働くことのできる大学を目指すことが示されています。今回のモニュメントも、これまで十分に語られてこなかったこの土地とアイヌ民族との歴史的なつながりを、日常のキャンパス空間の中で見えるものにしていく取り組みの一つです。

このモニュメントを制作したのは、平取町二風谷の工芸家・貝澤徹さん。使われたのは、北海道大学の雨龍研究林から切り出した、樹齢450年を超えるセンノキです。
作品は、完成した姿だけでなく、そこに至る過程も大切にしてつくられてきました。木を選び、切り出し、向き合いながら形にしていく。その流れのなかで、式典当日には、アイヌ文化研究者であり、実践者でもあるナアカイ(中井貴規)さんが祭祀をつとめ、カムイノミを執り行いました。
モニュメントに刻まれているのは、完成した造形だけではありません。木が育った時間、森との関わり、そして人が作品に託した思いも、その中に含まれています。

8月20日の設置記念式典には、作者の貝澤徹さんのほか、北海道アイヌ協会・札幌アイヌ協会の結城幸司さん、北海道大学の寳金清博総長らが出席しました。式典では挨拶やモニュメント制作映像の上映に続いて、テープカットが行われ、完成を祝いました。
作品が置かれたことで、図書館本館玄関ホールは、ただ通り過ぎる場所ではなくなりました。
立ち止まり、この土地の歴史を思い、自分とこの土地との関係を見つめ直す場所。モニュメントは、北海道大学で学び、働き、この場所を訪れる人たちが、これからの関係を考える新しい対話の場をキャンパスの中にひらいています。

作品名の「ヤイコタンフナラ(yaykotanhunara)」には、「自らの故地を探る」「Seeking One’s Place」という意味が込められています。
自分のルーツはどこにあるのか。
自分はいま、どんな土地の上に立っているのか。
そして、ここからどのような社会をつくっていくのか。
そんな問いを、この作品は静かに差し出しています。
「ヤイコタンフナラ」が投げかける問いは、アイヌ民族にルーツを持つ人だけに向けられたものではありません。アイヌ民族にルーツを持つ構成員にとっては、この場所との結びつきをあらためて見つめる手がかりに。そのほかの構成員にとっては、自らとこの土地の歴史との関係を見つめ直すきっかけに。北海道大学で学び、働き、この場所を訪れる一人ひとりが、そこから、誰もが安心して過ごせるキャンパスとはどのような場所なのかを考えていく――。そんな願いも、この作品には込められています。
図書館本館を訪れたときは、ぜひ足を止めて、少し近づいて見てみてください。見上げるだけでは気づかないものが、きっとそこにあります。
モニュメントの制作過程や作品に込められた思いについては、北海道大学オープンコースウェア(OCW)で公開されている映像「ヤイコタンフナラ」でも紹介されています。
