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#243 怖いだけじゃ終わらない——ホラー映画研究の世界(1)〜好きから始まった、映画の本質に迫る研究〜

「ホラー映画の研究者」と聞くと、怖いものが好きな人物や、作品を冷静に分析する人物を思い浮かべるかもしれません。今回私たちがお話を伺った川崎公平さん(北海道大学 文学研究院 准教授)は、まさにそうした側面を持ちながらも、ホラーを通して映画そのものの魅力や本質を情熱的に解き明かそうとする研究者です。インタビュー前編では、川崎さんがホラー映画を研究するに至った原点や、研究者としての姿に迫ります。

【金山晋・法学部1年 千﨑亮汰・保健学科1年 田崎介盛・総合教育部1年 緑川千晶・教育学部1年 望月清香・総合教育部1年 𠮷川涼乃・総合教育部1年】


川崎公平さん

まずはじめに、なぜホラーを研究しようと思ったのですか?

僕は「研究者になるぞ!」と最初から思っていたわけではありません。北大を志望校にする前は、映画製作を学べる学校も調べたことがありました。ただ結局、勉強が楽しくて、大学院で研究の道に進みました。ホラー研究を始めたのは単純に怖いものが好きという理由からでしたが、いつしかそれが自分の研究テーマになっていました。

ホラーに関心を持ち始めた時期や研究のきっかけを得た作品・ 作家を教えてください。

興味を持ち始めたのは高校生のころだったと思います。ただ幼い頃からびっくりするものが好きで、どんでん返しや驚きの展開に満ちたミステリーや推理小説をよく読んでいました。その流れで、びっくりするようなことが次々起こるホラーが好きになったのかな。ホラーって、日頃見ることができない、よくわからないことがたくさん起こりますから。具体的な作品としては『女優霊』(中田秀夫監督、1996)が、ホラーに目を向けるきっかけになりました。僕の出身地・北見では映画館が数えるほどしかなかったので、毎日のようにレンタルビデオで映画を観ていたのですが、なかでも『女優霊』を観たときはわけが分からないほど怖かった思い出があります。その後、大学に入ってからは、全作品を買い集めるほど楳図かずおの漫画にドハマりしました。楳図かずおの存在はとても大きいです。

 

『CURE』と『女優霊』

研究対象となる作品を決めるときの基準はありますか?

研究対象作品はそれまでの研究の流れで決まることが多いです。思いつきがヒントになることもありますが。たとえば『女優霊』など1990年代以降の日本のホラー映画、いわゆるJホラーを中心に研究していた僕の場合、そこからより最近のホラーを研究する方向性もありえたと思います。しかし日本映画の研究者を目指していたため、昔の日本の怪談映画がどのように幽霊や怪異を表現していたのかを調べる研究に進みました。

より具体的には、作品をどのようにして選んでいますか?

あるジャンルやある作家を研究するとしたら、まず 研究テーマの範疇にある作品をできるかぎり全て見ます。そのなかからこれが重要だと思う作品を決めていきますが、そのためには〈文脈〉のような視点が必要です。たとえばJホラーでは、映画の作り手が書いた文章が大きな影響力をもっています。ですから作り手が語った言葉から「Jホラーで重要なのはこういう考え方だ」「Jホラーを規定しているのはこういう考え方だ」という前提となる文脈をまとめ、その視点から作品を見てみると、枠組みからはみ出た特異な作品を見つけることができるようになります。こうして論じる作品を決めていきます。

 

研究室にある本や作品

川崎さんにとっての研究の楽しさを教えてください。

研究の楽しさは大きく分けて二つあります。一つは単純に「勉強すること」。新しいことを知ったり、難しい本を読んで理解したりするのが楽しいです。もう一つは、何かを調べたり考えたりした結果、おもしろいことを論文で言えたときの快感です。他人が言っていないことを明らかにできたとき、あるいはそれをいい形で一つの文章にできたときの喜びはすごいです。それが楽しいですね。

おもしろい文章をかけた時が嬉しいとのことですが、論文の執筆でこだわっていることはありますか?

僕は論文の中にストーリーを作りたいタイプなんです。あらかじめ伏線を張っておいて後で回収したり、前半で言及したことを後半の内容と結びつけたり。何かを解明していく過程が一つの物語のようになっているような、展開が面白い論文を書きたい。目指しているのは、クライマックスで「この作品の本質はこれだ」と提示した時に、読者が「本当だ、そう思う!」と納得してくれるような文章です。とはいえ、漫画や映画そのものがなにより大事ですから、作品の持つすごさやおもしろさを明らかにしたいという軸がもちろんあります。面白い作品をいかに面白く表現できるか。 それが大切だと思っています。

 

川崎さんの研究の目標は、作品の魅力を伝えることにあるんですね。それがうまくいかないことはありますか?

いつもです(笑)。特にいざ執筆に至るまでが難しい。「意義のあることを言える」と確信できない限り、論文を書き始められないからです。たとえば、僕は博士後期課程という底知れない世界に入って、黒沢清監督についての博士論文を書きました。博論では彼の代表作『CURE』(1997)を徹底的に論じ、面白いものにしてやろうと意気込んでいたのですが、どうアプローチすればいいか全く分からず非常に困りました。このように、研究の流れで絶対に論じなければいけない作品をどう扱っていいかわからないときが、一番苦しいですね。

そうして研究で行き詰まったとき、どのように乗り越えましたか?

とにかく全ショットを文章に書き出す作業をしました。当時はソフトもありませんから、ストップウォッチ片手に一ショットずつ記録して……。映画研究者はよくやる基礎的な手法ですが、気の遠くなる作業でした。同時に、作品とかかわりの深い催眠術の歴史について、徹底的に調べてみたんです。すると面白い視点が見えてきて、「これなら『CURE』を論じられるかもしれない」という手応えを感じました。その後改めてショットの記録を見直すと、催眠術に関するリサーチが驚くほど役に立ったんです。「なるほど、こういう画面構成をこう論じたらいいのか」という気付きに至るまでは、本当に長い時間がかかりました。

模索の最中はどのようなマインドセットでいようと意識していましたか?

マインドですか?僕はあまり心理的に落ち込むタイプではなく、いつもなんとかなるだろうと構えています。強いて言うなら、「マインドの問題にしない」というマインドでいます。精神論で悩むのではなく、とにかく行動するんです。見る、読む、書く。目を動かす、手を動かす。ひたすら作業を繰り返せば、必ず道は開けます。人生もそうですけど、考えているだけでは何も生まれません。悩まないことが解決への一番の近道だと思っています 。

 

川崎さんにとってホラーの魅力とはどのようなものですか?

「恐怖を通じて映画の快楽について教えてくれるところ」ですかね。映画主体の研究をしてきたなかで僕は、ホラーの怖さとは、ホラー映画に限らず映画全般の魅力や快楽と深いところでつながっていると考えています。たとえば人肉が飛び散ったり、人がよくわからないものにグニャグニャと変わってしまったりといった、ホラー特有の非日常感がまさに映画そのものが持つ魅力だと思います。現実そっくりそのままだけども、現実とは違うものを見せてくれる。僕が惹かれるのは、ホラーがそういった映画の側面を端的な形で教えてくれるところです。

川崎さんがホラー作品を研究する目的や意義とはなんですか?

繰り返しになりますが、 僕がホラーのことを考える根本的な目的は、映画の魅力を解明するためです。ホラーそのものよりは映画というものに関心がある、だからホラーを通じて映画について考えたい、そのためにホラーについて研究する…… 。そういった優先順位があります。

なにをもって研究を終えたといえますか?

研究というものは、完全に終わることはありません。一つの論文という形でお話が完結した時が、一区切りにはなります。しかし、それで作品の全てを解明できるわけではありませんし、論文執筆の最中にも新たな課題が次々と見えてきます。そうやって一つの研究が次の研究へと自然に繋がっていく。だから研究に終わりはないんです。

 

【編集後記】

ここまで、川崎さんがホラー映画の研究を始めたきっかけや、映画『CURE』についてお話を伺いました。

映画を研究する際には、作品を何度も見返し、一つひとつの場面を細かく記録しながら分析していることが分かりました。また、研究に行き詰まったときには、悩み続けるのではなく、作品を見たり、資料を読んだり、文章を書いたりして、とにかく作業を続けることが大切だと語ってくださいました。

普段は何気なく見ている映画でも、映像の構成や作品の背景を詳しく調べることで、新しい見方が生まれることに驚きました。私たちも、分からないことがあったときには、考えるだけで立ち止まらず、自分から行動し、粘り強く取り組む姿勢を大切にしていきたいと思いました。

さて、後編では学生時代のお話を伺いながら、川崎さんが興味を持っているホラー映画の演出や日常生活で感じる「怖さ」について、さらに深掘りしていきます。ホラー映画を長年研究してきた川崎さんが考える「怖さ」とは、どのようなものなのでしょうか。ぜひご一読ください。


この記事は、金山晋(法学部1年)、千﨑亮汰(保健学科1年)、田崎介盛(総合教育部1年)、緑川千晶(教育学部1年)、望月清香(総合教育部1年)、𠮷川涼乃(総合教育部1年)が、主題別科目「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果です。

 

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