大学を誰もが学びやすい環境とするための施策の一つに「合理的配慮」の提供があります。大学での合理的配慮は、障害のある学生の学ぶ権利を保障するための配慮のことです。今回は、学生相談総合センターアクセシビリティ支援室に伺い、合理的配慮や日ごろの取り組みについて伺いました。また、学生の立場から障害学生支援に携わるピアサポートの学生にも日ごろの活動について伺いました。
今回の取材でアクセシビリティ支援室の皆さんは、合理的配慮は、配慮が必要な学生を優遇することではなく、障害学生にとって必要な変更・調整であることを強調されていました。また、配慮内容を調整していく「建設的対話」というプロセスの大切さについても話してくれました。合理的配慮は、入学した誰もが持てる力を十分に発揮して学べる大学をみんなでつくっていく一つのきっかけでもあるのだと感じました。
【小林良彦・CoSTEP特任助教】
※取材は2021年4月末に行われました。
取材ではまず、アクセシビリティ支援室(以下、支援室)スタッフの榊原佐和子さん(室長/准教授)、川島るいさん(同 コーディネーター)、山元隆子さん(同 コーディネーター)に合理的配慮について伺いました。主に、榊原さんと川島さんに答えて頂きました。
はじめに「合理的配慮」について教えて下さい。
榊原さん: 2016年に障害者差別解消法が施行されたことに伴って、国立大学は合理的配慮の提供が義務化されました。合理的配慮の提供は、障害のある人に対しても、障害のない人と同じ参加の権利を確保するために必要な変更・調整をするという制度です。
例えば、聴覚障害があって、先生の声が聞こえない学生にとって、他の学生と同様の情報を授業で取得することは難しく、十分に授業に参加することが難しくなります。それに対して、他の学生と同様の情報を得るために、先生の声の情報を文字情報化して本人に届けるノートテイクという支援を聴覚障害のある学生は利用することができます。
ただし、その支援の下で、勉強を頑張って良い成績が取れるかどうかは本人次第です。合理的配慮は、評価基準を変えるものではなく、他の学生と同様のスタートラインに立つために必要な調整・変更なのです。
なるほど。評価基準を変えるのではなく、参加方法を工夫する、ということですね。他には、どんな例があるのでしょうか。
榊原さん: 発達障害のある学生の中には認知特性がある学生もいて、先生の声を聞いただけでは十分に理解をすることが難しく、何かしらの視覚情報が必要という人もいます。そういうとき、授業における視覚資料の配付といった合理的配慮を申請することがあります。授業の状況により、視覚資料の配付が可能なこともありますが、難しいこともあります。難しい場合は、別の方法で当該学生が理解できる方法はないか、と障害学生・先生を含めみんなで知恵を絞ります。このことを「建設的対話」と言います。この対話をいかに深めていくか、が大切になります。
合理的配慮の提供はどのように進められるのでしょうか。
川島さん: 合理的配慮は、学生が「配慮申請書」を所属部局に提出することでスタートします。支援室は、そのサポートを行います。学生との面談を通して困っていることを聴き取り、合理的配慮のしくみを説明するほか、どんな配慮内容が考えられるかなどの情報提供も行って、学生が配慮申請書を作成するお手伝いをします。また私たちは、その面談を通して学生の状態と学生を取り巻く状況をアセスメントし、当該学生を受け入れている責任部局(所属部局)に向けた意見書を作成します。責任部局は申請書と意見書を合わせて受け取り、合理的配慮の実施に向けた話し合いが始まります。
榊原さん: 書類は部局によりますが、部局の教務担当や学生担当の先生に行きます。まずはそこで、合理的配慮の提供が適切かどうか検討し、その後合理的配慮を実際に提供する授業担当の先生に申請内容が伝えられます。
制度的には、授業担当の先生に伝えられる申請内容はあくまで対話の発端で、そこから必要に応じて建設的対話に入っていく形になっています。でも、そのプロセス自体の理解が十分に浸透できていないところがあり、先生方としてどのように合理的配慮を提供したらいいか迷われる場合もあると思います。そこはわれわれがもっと先生方に合理的配慮の提供に関する情報提供をしていく等をして、先生方の理解を得るように頑張らないとならないところです。先生方の合理的配慮に関する理解が深まるほど、大学がだれもが十分に学び、持てる力を十分発揮できる環境となるからです。
教職員側が建設的対話にいかに取り組むか、も重要になってきますね。
川島さん: そうですね。教職員と学生、両方に合理的配慮について理解してもらう必要があります。修学における合理的配慮は、その授業の目的や本質を変更することではなく、あくまでそこに到達するためのプロセスの調整であるという押さえはとても大切です。つまり配慮が必要な学生の成績を優遇するということではなく、公平なスタートラインに立つための調整なのです。
そのため教員の先生方には、その授業で大事にしていることは何か、目的や本質は何か、ということを明らかにしておいてほしいと思います。例えば、ディスカッションをする授業に社交不安障害や場面緘黙などでディスカッションができない学生が参加したとします。その授業でディスカッション自体が目的なのか、それとも理解する上のプロセスとしてディスカッションを用いているのか、によってディスカッションの部分を他の方法で代替できるかどうかが変わると思います。そして、もしディスカッション自体が目的だったとしても、口頭での発言が必要か否かなどを見極めることで、本質を変えずとも、その学生の状態に応じて調整できることはまだまだあることに気づきます。授業の目的や進め方については予めシラバスなどにも明示して、学生が授業を選択する際の目安にできるようにしておく必要がありますね。
今回のインタビューでは、ピアサポートとしてアクセシビリティ支援室の活動に携わっている櫻井英敦さん(工学部4年)と工藤由佳(文学院修士2年)さんにもお話を伺いました。
櫻井さんはどのような活動をされているのですか?
櫻井さん: 僕は中央図書館で文献電子化に携わっています。まず職員の方が、依頼された本をスキャンし、文字の部分をテキストファイルにしています。その際、テキストファイルには誤りが出てきてしまいます。例えば、漢字の「一」が伸ばし棒「ー」になっていたり、小さな「っ」が句点「。」に置き換わってしまうなどです。僕たちは、それらを一つひとつチェックして、直していきます。
櫻井さんが電子化したテキストファイルはどのように使われるのでしょうか。
櫻井さん: 視覚に障害のある方には、白地に黒色の文字だとぼやけてしまう方もいます。そういう方は、黒地に白色文字の方が読み易い場合があります。そういった障害のある学生のために、文献電子化を行っています。テキストファイルであれば文字色も変えられますので。あとは耳で読む方もいるので、音声読み上げのために、テキストファイルを修正したりもしています。
工藤さんが行っているノートテイクについても教えて下さい。
工藤さん: ノートテイクは聴覚に障害のある方へ向けた支援です。聴覚に障害のある学生と2名から3名のノートテイカーが一組になって、同じ授業に参加します。ノートテイカーは各自一台ずつパソコンを持っていき、そこに先生の説明や冗談、学生の笑い声など、全ての音声情報を書き込みます。その情報は、当該学生の手元にあるタブレットに視覚情報として共有されます。
音声情報のパソコン入力は難しそうですね。どのように行っているのでしょうか。
工藤さん: 連携入力という方法でやっています。授業の中で、2名から3名のノートテイカーは全員動き続けています。区切りの良いところまで打つ、次の人が続けて打つ、という感じで文字情報に抜けがないようにしています。交代で短い文を続けて打ち続ける感じです。
最後には、取材に答えてくれた皆さんからメッセージをもらいました。
スタッフの皆さんからメッセージを頂けないでしょうか。
川島さん: 困ったら声を掛けてほしいなと思います。入口はどこでも良いと思うんですよね。困っていることを自分の外に出せたら、そこから必要な支援につながっていけると思います。
大学生なので、自分で何でも解決しなきゃいけないと思っている学生もいるかもしれないのですが、成熟した大人は必ずしもそうじゃなくて、自分のキャパシティを分かっていて、それを超えたら、速やかにSOSを出す、外の力を借りるのも大切なのかなと思います。
榊原さん: 「障害学生支援」というのは敷居が高いと思われがちなんですが、気になる学生さんがいたら教職員の皆さんにも気軽に声を掛けて頂きたいです。障害のある学生を含めた北大生全員が自由に学べるように、一緒に考えていきたいと思います。
山元さん: 周囲の環境を見渡したとき、「車椅子を使っている友達にとってはこの場所はバリアが多いかもしれない」とか「聴覚障害のある友達には、この授業のやり方は少し大変かもしれない」とか、一人ひとりが考えられるようになったら、良いなと思います。そうすれば、みんなにとって優しい大学をつくっていけるんじゃないかな、と思います。
櫻井さんと工藤さんからもメッセージを頂けないでしょうか。
櫻井さん: 知っている方は利用されていると思うのですが、必要だけど知らない方もいるかもしれません。なので、もっと知ってほしいな、というのがありますね。
工藤さん: ノートテイクは一つの授業に2、3人、できれば3人のノートテイカーが必要になります。なので、ぜひノートテイクに興味を持って頂いて、ぜひ登録してほしいな、と思います。