
ヘッセ文学に登場する虫たちの世界
まず最初に目を引くのは、ノーベル文学賞作家ヘルマン・ヘッセのセクションです。彼は生涯にわたってチョウ類に魅せられた文学者であり、その代表作『少年の日の思い出』は、日本でも70年以上にわたり中学校の国語教科書などに掲載されてきました。ご存じの方も多いのではないでしょうか。

展示では、「少年の日の思い出」に登場する蝶や蛾を紹介するコーナーのほか、ヘッセによる童話、詩、散文などが、虫の標本とともに展示されています。繊細で複雑な彼の感性が、文学と昆虫という意外な組み合わせの中で丁寧に表現されています。なかでも注目なのは、非常に貴重なヘッセ直筆の水彩画です。その繊細な筆致と色彩は、ぜひ現地でご覧いただきたい逸品です。
躍動する300年前の昆虫図譜:メーリアンの芸術
そして、今回の企画展の目玉ともいえるのが、「メーリアンの立体昆虫図譜」です。博物学者であり銅版画家でもあったマリーア・ズィビラ・メーリアンが今から300年以上も前に残した昆虫の生態図譜がずらり!この展示のユニークな点は、メーリアンの精密な銅版画の上に、実際の昆虫標本が大胆に配置されているところです。まさに、2次元と3次元が融合したような、立体的かつ美しい展示空間が広がっています。その迫力と繊細さは、ただただ圧倒されるばかり。写真ではとても伝えきれない魅力なので、是非実際に足を運んでご覧になることをおすすめします!



女性の社会進出が極めて珍しかった時代にあって、幼少期から昆虫を集め、精密な絵を描いていたのがメーリアンです。当時、昆虫は“塵や泥から自然に発生する”と信じられていましたが、彼女は昆虫の変態について初めて詳細に記述し、「すべての蛾や蝶は生殖後に卵から 孵化するもので、ただ魔法のように現れるのではない」と宣言した一人です。こうした当時の常識や慣習に逆らいながらも、観察と記録によって自然の仕組みを明らかにしようとした彼女の姿勢は、現代においてもなお多くの科学者から高く評価されています。
虫の名に宿る神話とロマン
続いてご紹介するのは、「神話と星座と虫の名と」のセクションです。「神話」と聞くと、科学とは相反する世界のようにも思えますが、実は多くの動物や植物の学名には、古代の神々や英雄たちの名前が使われているのです。たとえば、「ホメロス」「アキレス」「ユリシス」などの名をもつ昆虫たちを、その名に込められた神話―悲恋の物語や勇敢な英雄譚―の視点から眺めてみると、それぞれの昆虫がどこかロマンチックな存在に見えてくるから不思議です。昆虫に神話的な視点を重ねることで、名前がただのラベルではなく、物語を内包したシンボルに感じられる展示でした。

北海道大学における昆虫学の歩み
展示の最後を飾るのは、「北大昆虫学者と著書」のセクションです。ここでは、北海道大学における昆虫学の発展を支えてきた歴代の著名な昆虫学者たちが紹介されています。たとえば、農学部昆虫学教室の初代教授として日本の昆虫学の基礎を築いた松村松年(1872–1960)、蝶の分類や生態研究で知られる常木勝次(1908–1994)、そしてミツバチ研究の第一人者として名高い坂上昭一(1927–1996)など、いずれも北大から輩出された偉大な研究者たちです。それぞれの功績や研究対象を反映した著書や標本とともに紹介されており、北大における昆虫学の歩みを感じることができる内容となっています。

知的刺激と涼しさを同時に味わう夏のひととき
展示は一部屋に収まるこぢんまりとした構成ながらも、内容は実に充実しており、昆虫に関する生物学的な知識がなくても、「人文的」な視点から十分に楽しめる展示となっていました。
なお、博物館内は冷房が効いており、ゆったりと休憩できるスペースも設けられています。知的好奇心を刺激されつつ、涼をとることもできるこの展示、まさに夏の避暑にもぴったりです!ぜひ気軽に足を運んでみてください!

開催情報
会期:2025年6月28日(土)~ 8月31日(日)
時間:10:00~17:00 ※月曜休館(祝日の場合は翌日休館)
会場:北海道大学総合博物館
入場料:無料
北海道大学総合博物館:【夏季企画展「人文的昆虫展覧会 – たどり着いたらメーリアン」】