「今日の晩ごはんはお惣菜でいいか」と買ってきたお惣菜をプラスチック容器のまま電子レンジで加熱したら容器が溶けてしまった、そんな経験はないだろうか。お惣菜の容器にはポリスチレンやポリプロピレンというプラスチックがよく使われている。このうち、ポリスチレンが耐えられる温度は70-90℃であるため、電子レンジで加熱すると溶けてしまうのだ。このように、普通のプラスチックは温めると溶けて、柔らかくなる。今、私が作ろうとしているのは、その逆の「温めると硬くなるプラスチック」である。もう少し詳しく言うと、「常温ではゴムのように柔らかく、熱を加えるとガラスのように硬くなる」そんなプラスチックだ。さて、プラスチックという言葉を当たり前のように使ってきたが、そもそもプラスチックとはなんだろう。
【渡邊茉優・生命科学院修士1年】
プラスチックってなに?
お惣菜の例で触れた“ポリスチレン“とは、「たくさん(数千~数万個)」の「スチレン」という分子が鎖のように繋がってできた物質である。ポリ〇〇という名前のプラスチックが多いのは、「ポリ」は「たくさん」という意味をもっていて、「分子がたくさん繋がった材料ですよ」ということを示しているからだ。ポリスチレンのように分子がたくさん繋がってできている物質を専門的には「高分子化合物」と呼ぶ。高分子化合物は私たちの身の回りに非常にたくさんあって、ペットボトルやレジ袋だけでなく、私たちの体そのものもタンパク質がたくさん繋がってできた高分子化合物といえる。高分子化合物の中でも人工的に作られたものを「合成高分子」といい、これが普段私たちが「プラスチック」と呼んでいるものである。
プラスチックを温めると柔らかくなるのはなぜ?
プラスチックのなかでも温めると柔らかくなるものは「熱可塑性プラスチック」と呼ばれている。なぜ熱可塑性プラスチックを温めると柔らかくなるのか。それは結論からいえば温度が高くなると分子の運動が激しくなるからである。氷と水を例に考えてみよう。氷は水分子が整列した状態であるが、温度を上げると水分子が自由に運動しはじめる。この自由に運動している状態が水である (図3)。また、氷が水と違って硬いのは、水分子が整列していて自由に動き回っていないからである。熱可塑性プラスチックも同じで、温度を上げていくと分子が自由に動き回れるようになり、柔らかくなるのだ。
温めると硬くなるプラスチックの決め手は2つ
熱可塑性プラスチックを温めると柔らかくなるのであれば、どうすれば「温めると硬くなるプラスチック」ができるのだろうか?その決め手は2つある。
1つ目は「常温でガラスのように硬いプラスチックと、ゴムのように柔らかいプラスチックを混ぜること」である。2種類のプラスチックをよく混ぜ合わせることで、新しいプラスチックを作るのだ。「硬さが大きく異なる」というのが重要なポイントとなる。
2つ目は「分離」である。常温でよく混ざっている2種類のプラスチックを温めると、分子の運動が激しくなる。分子の運動が激しくなると、同じ種類のプラスチック同士で一緒にいた方が”落ち着く”ようになり、分離し始める。この現象を専門的には「相分離」という。
では、なぜ「温度を上げるとプラスチックが分離すること」が「温めると硬くなること」の決め手になるか?図5を見てほしい。まず、常温で硬いプラスチックと柔らかいプラスチックがよく混ざっているものを考える (図5左)。このときの柔らかさは2つのプラスチックの間くらいでゴムのような感じだ。温度を上げると2種類のプラスチックは分離していき (図5中央)、最終的にはほぼ完全に分離する (図5右)。ほぼ完全に分離したときには、“硬いプラスチックだけの部分”と“柔らかいプラスチックだけの部分”ができている。言い換えると、「柔らかいプラスチックが硬いプラスチックでできたカプセルの中に閉じ込められている」ような状態だ。
このとき、材料全体は硬いプラスチックの硬さになっている。水の入ったコップをイメージしてもらえると分かりやすい (図6)。水の入ったコップ、言い換えれば水が閉じ込められているコップを持ってみると、ガラスと同じ硬さをしている。それと同じでほぼ完全に分離した状態では、全体は閉じ込めている側の硬いプラスチックの硬さになるはずなのだ。「になるはずなのだ」とはっきりしない言い方をするのは、こんな風に温めると硬くなるプラスチックはまだ世の中にはなく、できると信じて日々実験を行っている最中だからである。
温めると硬くなる、夢のプラスチックを創る
温めると硬くなるプラスチックには一つ乗り越えなければならない課題がある。それは相分離する温度や、相分離の強さをコントロールすることである。相分離をうまく制御することができるようになれば、好きな温度で必要なだけ硬くなるプラスチックを作ることができるはずだ。今のところプラスチックの何をどれくらい変えれば、相分離の様子がどのように変わるのか手探りの状態で、「とにかくやってみるしかない!!」と試行錯誤を繰り返している。
研究をして、授業を受けて課題を出して、就活のためにエントリーシートも書いて…、と毎日それなりに忙しいが、そんな今の自分が結構好きだ。私は小学生からずっと理科の実験が大好きで、朝起きたら熱があったのにどうしても実験がしたくて、理科の授業だけ受けて早退したこともあったほどだ。中学3年生のときには「将来なりたい職業について調べる宿題」を出されて、どうやったら“研究者”になれるのかを調べた記憶がある。だから、「まだ世の中にはない新しい材料を創ろうとしている自分」は“研究者”にあこがれを抱き始めた中学3年生の自分にちょっとだけ誇れる存在になれた気がして、忙しくてもまた明日からも研究を頑張れるのだ。
注・参考文献:
- サントリーHP: https://www.suntory.co.jp/eco/teigen/jiten/science/01/
- Wikipedia, spinodal decomposition: https://en.wikipedia.org/wiki/Spinodal_decomposition
- Takayuki Nonoyama et al. 2020: “Instant Thermal Switching from Soft Hydrogel to Rigid Plastics Inspired by Thermophile Proteins”, Adv. Mater., 32, 1905878
この記事は、渡邊茉優さん(生命科学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
渡邊茉優さんの所属研究室はこちら
ソフトマター専攻 ソフト&ウェットマター研究室(龔 剣萍 (グン チェンピン)教授)