地下鉄を降りて、また雪の道を歩くと北大のキャンパスについた。広くて、そこも真っ白な雪で覆われていて、大人の世界という感じがした。
ベッカは、さらにどんどん進んでいって、農学部の古い校舎の中に入っていく。
すでに夜なので裏口から入り、石造りの螺旋階段をくるくる、くるくる上がって屋上に出た。
「ねえ見て、ここから、札幌の街がみんな見える。私がこれから住む街だよ」
鼻の先を真っ赤にして、白い息を吐きながらベッカが言った。私は羨ましかった。そして、そんなベッカがやっぱり好きだと思った。今ここに一緒にいるのが幸せだった。
谷村志穂「雪ウサギ」初出1992『ベリーショート』収録(集英社2003, p134)
北大農学部出身の小説家、谷村志穂さんが高校生を描いたショートストーリーの一編が今回の「#物語の中の北大」です。主人公は自信が持てないのっち。彼女は冬休みがおわったある日、思い立って札幌に引っ越した唯一の親友ベッカを一人で訪ねに行きます。そして二人は農学部の屋上から、あるものを見つけます。
二人が入った農学部本館は1935年に建てられました。正面は4階建てで、中央に時計塔がある堂々とした造りです。玄関を入ると正面に階段があり4階まで続いています。作中に描かれている螺旋階段はその先にあり、時計塔の中を5階まで続いています。
実際にはさらに先に鉄の螺旋階段があり、屋上に至ります。残念ながら鉄の螺旋階段は閉鎖されていて、屋上にあがることはできません。だからこそ、あの先にのっちとベッカだけの大切な場所があるのだ・・・という想像がふくらみます。
谷村さんは長編『海猫』を2002年に発表しており、その後半では北大が主要な舞台のひとつとなっています。「雪ウサギ」は高校生向けに書かれた、どこか儚く甘酸っぱい雰囲気の文体ですが、『海猫』は重く、荒々しくも美しい文体です。『海猫』で描かれた数々の印象的な北大の風景は、またいつかお伝えできればと思います。