私たちは毎日のように眠り、そしてときどき夢を見ます。けれども、「なぜ眠るのか」「なぜ夢を見るのか」という問いには、いまだにはっきりとした答えがありません。この謎に挑んでいる研究者の一人が、北海道大学大学院理学研究院の常松友美さんです。睡眠と夢について、現在の科学でどこまで分かっているのか――お話を伺いました。

そもそも睡眠ってなに?
睡眠とは、外の刺激に対する反応が低下し、意識が一時的に失われる生理的な状態を指します。ただし、昏睡や麻酔とは異なり、容易に回復できるという特徴を持ちます。つまり、眠っている間でも強い刺激があれば目を覚まし、再び活動できる、可逆的な状態なのです。
眠っているとき、私たちは音や光に対する反応が鈍くなり、周囲の状況を正確に把握できません。意識的な判断や目的をもった行動も止まり、筋肉の緊張もゆるみます。
睡眠は単なる「休止」ではなく、脳と身体が積極的に働く時間でもあります。脳は情報を整理し、身体は成長ホルモンの分泌や組織の修復を行います。こうした変化は、自律神経系が副交換神経へと切り替わることで支えられています。
つまり睡眠とは、意識のある行動を一時的に止めながらも、内部では生命を維持・再生させるための動的な休息状態なのです。覚醒と睡眠は対立するものではなく、どちらも生きるために欠かせない、二つのリズムの両端にある状態なのです。
魚、虫、クラゲも眠る
眠るのは人間だけではありません。哺乳類や鳥類はもちろん、魚や昆虫、さらにはクラゲのような脳を持たない生き物まで、眠りに似た状態をとることがわかっています。
たとえば魚は、夜になると動きが少なくなり、刺激への反応も鈍くなります。水槽の底や岩の陰にじっとしているとき、魚の脳や代謝の活動は下がり、まるで「眠っている」ような状態になります。昆虫でも同じような休息が見られます。ショウジョウバエは、一定時間動かず反応が鈍くなる「睡眠状態」を示し、その時間を減らすと、行動が不安定になったり、学習能力が下がったりします1,2) 。
さらに驚くことに、クラゲの仲間にも眠りが観察されています。クラゲには脳がなく、神経のネットワークが体全体に広がっているだけですが、夜になると動きがゆっくりになり、刺激を与えてもすぐには反応しなくなります。そしてしばらく「眠り」をとったあとには、再び活発に動き出すのです3)。
このように、脳の構造が単純な生き物でも眠ることから、睡眠は単なる「脳の休息」ではなく、もっと根本的な生命のしくみに関わっていると考えられています。

なぜ眠るのか?
では、生き物はなぜ眠るのか――この問いに、科学はいまだ明確な答えを出していません。長らく「休むため」と説明されてきましたが、単に横になって体を休めるだけでは、睡眠の代わりにはならないことが分かっています。眠りには、筋肉の弛緩や体温低下などの休息効果に加えて、脳の内部で起こる複雑な処理が関係しているからです。
主な仮説の一つはエネルギー節約説です。活動を一時的に抑えることで代謝を下げ、限られたエネルギーを効率よく使うというものです。もう一つは記憶の整理説で、睡眠中に脳が日中の経験を選別し、必要な情報を長期記憶へと固定するとされています。また、免疫やホルモンの調整、神経回路の再構築なども睡眠中に進むことがわかっています。
しかし、それらは部分的な説明にすぎません。現在、唯一確実に言えるのは、「眠ることによって眠気を追い払うため」という逆説的な答えです。眠気は生体リズムと代謝の副産物であり、睡眠によってのみリセットされます。つまり睡眠は、私たちが再び目覚め、活動を続けるための不可欠なリセットの時間なのです。
脳波の測定で何が分かる?
睡眠を科学的に調べるうえで欠かせないのが、脳波の測定です。脳波とは、脳の神経細胞が活動するときに生じる、わずかな電気信号を記録したものです。頭に電極をつけて測定すると、覚醒時や睡眠中の脳の状態をリアルタイムで観察できます。
脳波を調べると、睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠という二つのタイプがあることが分かります。ノンレム睡眠では、脳波がゆっくりとした大きな波(デルタ波)になり、深い眠りの状態になります。このとき、体はしっかり休息しており、成長ホルモンが分泌されて体の修復が進みます。
一方、レム睡眠では脳波が覚醒時に近い速い波(ベータ波やシータ波)に変わります。体はほとんど動かないのに、脳は活発に働いているのです。このとき多くの人が夢を見ており、記憶や感情の整理に関係していると考えられています。
さらに、レム睡眠では脳幹で発生するスパイク状の脳波 (P波またはPGO波と呼ばれる信号)が発生していることも分かっています。PGO波は1950年代にネコなどの研究で発見され、睡眠のしくみを理解するうえで欠かせない信号の一つだとされています。ところが、これまで実験で扱いやすいマウスではPGO波は存在しないと考えられており、それゆえ、長い間マウスでのPGO波研究ができませんでした。
この状況を変えたのが、2020年に常松さんの研究グループが発表した成果です4)。なんと、世界で初めてマウスでのPGO波の記録に成功したのです。さらに、PGO波がレム睡眠だけでなく、ノンレム睡眠でも発生していることも明らかにしました。これは、マウスを使った睡眠研究の新たな幕開けを告げる発見となりました。

マウスも夢を見る?
PGO波は、夢を見るレム睡眠中に多く発生することから、夢や記憶に深く関わる信号だと考えられています。少なくとも人の場合、PGO波が発生しているときの睡眠では「夢を見ていた」という自己申告が多く報告されています。ということは、PGO波の発生が確認されたマウスも夢を見ている可能性が高いと言えるのです。
もちろん、マウス自身に夢見の自己申告を聞くことはできません。しかし、マウスを使った実験によって、PGO波の発生と脳の神経回路の活動を同時に測定することができ、夢や記憶形成の発生メカニズムをしらべることができます。
2023年、常松さんの研究グループは、レム睡眠中のPGO 波は記憶の固定に重要な海馬の脳波と協調し、ノンレム睡眠の PGO波を抑制していることを解明しました 5)(この研究の詳細は北大プレスリリース(2023年7月25日)で紹介されています。) つまり、同じPGO波でありながら、ノンレム睡眠とレム睡眠では、記憶固定化において相反する役割を担っている可能性があることが分かりました。
レム睡眠の夢は奇想天外でストーリー性が高いですが、ノンレム睡眠の夢は短くて思考的と言われています。睡眠ステージによって夢の内容が異なるのは、PGO波の持つ生理的役割の違いが原因なのかもしれません。今後、さらなる研究によって、謎に包まれた睡眠や夢のベールがめくれていくのが楽しみです。

NHK札幌にてサイエンス・カフェが開催されます
これらの研究内容を、常松さん自身と北大CoSTEPのサイエンスコミュニケーターが動画や画像を交えてわかりやすく解説するサイエンス・カフェ札幌「ようこそ、めくるめく夢の世界へ。-“夢を見る脳”のしくみ」がこの冬、NHK札幌放送局で開催されます。
常松さんが夢の研究を志すきっかけとなったのは、9歳のころに見たNHKの番組『驚異の小宇宙 人体II 脳と心』だったそう。そんな原点の場所とも言えるNHKで、常松さんと一緒に”夢を見る脳”の世界をのぞいてみませんか?
【日 時】12月19日(金)18:30~20:00(開場18:15)
【場 所】NHK札幌放送局 8K公開スタジオ
北海道札幌市中央区北1条西9丁目1-5
【ゲ ス ト】常松 友美さん(北海道大学大学院 理学研究院生物科学部門 准教授)
【聞 き 手】沼田 翔二朗(北海道大学CoSTEP 特任助教)
【主 催】北海道大学 CoSTEP
【共 催】NHK札幌放送局
【申し込み】下記ウェブページにある申込リンク先から申込ください。
https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/event/34813
今回紹介した研究成果は、以下の論文にまとめられています。
- Hendricks, J. C., Finn, S. M., Panckeri, K. A., Chavkin, J., Williams, J. A., Sehgal, A., & Pack, A. I. (2000). “Rest in Drosophila is a sleep-like state.” Neuron, 25(1), 129–138.
- Shaw, P. J., Cirelli, C., Greenspan, R. J., & Tononi, G. (2000).
“Correlates of sleep and waking in Drosophila melanogaster.” Science, 287(5459), 1834–1837. - Nath, R. D., Bedbrook, C. N., Abrams, M. J., Basinger, T., Bois, J. S., Prober, D. A., Sternberg, P. W., Gradinaru, V., & Goentoro, L. (2017).
“The jellyfish Cassiopea exhibits a sleep-like state.” Current Biology, 27(19), 2984–2990.e3. - Tsunematsu T, Patel AA, Onken A, Sakata S. “State-dependent brainstem ensemble dynamics and their interactions with hippocampus across sleep states.” (2020) ;9:e52244. doi: 10.7554/eLife.52244. PMID: 31934862; PMCID: PMC6996931.
- Tsunematsu T, Matsumoto S, Merkler M, Sakata S. “Pontine Waves Accompanied by Short Hippocampal Sharp Wave-Ripples During Non-rapid Eye Movement Sleep.” (2023) Sep 8;46(9):zsad193. doi: 10.1093/sleep/zsad193. PMID: 37478470; PMCID: PMC10485565.