1876年、札幌農学校として歩みを始めた北海道大学。2026年、創基150周年という大きな節目を迎えました。
9月26日(土)、札幌文化芸術劇場hitaruで「北海道大学創基150周年記念式典」が開催され、大学関係者や同窓生、国内外からの来賓など、多くの人々が集まりました。
150年という長い時間を、どのように振り返り、次の時代へつないでいくのか。
北海道大学、国、海外のパートナー大学、北海道、札幌、そして北海道アイヌ協会。それぞれの立場から語られた言葉をたどってみます。

「光は、北から」――音と映像でたどる150年
式典に先立つオープニングは、かつて学生たちに時を知らせていた「エルムの鐘」の響きで始まりました。
続いて、北海道大学交響楽団が祝典序曲「エルムの鐘」を演奏。北大で長く歌い継がれてきた「都ぞ弥生」の旋律を取り入れた曲が、会場を包みました。

司会を務めたのは、ともに北大卒業生のNHK札幌放送局・赤松俊理さんとHBC北海道放送・佐藤彩さん。佐藤さんは、創基150周年に合わせたHBCのCMでナレーションを担当したことにも触れ、母校との縁を語りました。

さらに、札幌農学校が現在の札幌市時計台周辺に置かれていたことが紹介されました。この日の会場であるhitaruの周辺は、北大150年の歩みが始まった場所でもあります。
続いて上映されたのは、マサチューセッツ大学アマースト校と北海道大学の歴史と交流を紹介する記念映像「150年のつながり:北海道大学とUMass Amherst」です。
両大学をつなぐのは、札幌農学校初代教頭のウィリアム・スミス・クラーク博士です。クラーク博士は当時、マサチューセッツ大学アマースト校の前身であるマサチューセッツ農科大学の学長を務めていました。
映像では、クラーク博士を起点とする歴史だけでなく、現在の研究や教育、学生・研究者同士の交流も紹介されました。
印象的だったのは、研究成果だけでなく「人と人とのつながり」にも目が向けられていたことです。
異なる場所に行き、異なる人と出会い、一緒に考える。そうした経験が世代を超えて受け継がれてきたことも、両大学の長い交流の大切な成果として語られていました。
映像の終盤では150周年を、過去を振り返るだけの機会とせず、次の150年を両大学がともにどう描いていくのかという未来への視点も示されました。
続くプロモーション映像「Discover Your Potential」では、現在の北海道大学の姿が紹介されました。
創基150周年記念事業の合言葉は、「光は、北から」。北海道から次の時代へ。オープニングから、過去と未来をつなぐメッセージが会場に投げかけられていました。
大学が直面する「危機」と、社会からの「期待」
記念式典で最初に式辞を述べた寳金清博総長は、札幌農学校が誕生した時代の北海道から話を始めました。

当時の札幌はまだ小さな町でした。一方、北海道には広大な土地と恵まれた自然があり、食料生産を支える地域として大きな可能性がありました。
そこで農業を中心とした産業を担う人材を育てるために設けられた札幌農学校。その精神は、現在の北海道大学の基本理念の一つである「実学の重視」へと受け継がれています。
150年後の今、大学を取り巻く環境は大きく変わっています。
寳金総長が示したのは、大学が直面する「危機」と、社会から寄せられる「期待」という二つの側面でした。
人口減少が進む一方、生成AIの登場によって、教育や研究、そして「知の拠点」としての大学そのものの存在意義が問われています。これに対し北海道大学は、学生教育や人材育成、大学院や研究所における研究のあり方を大胆に変えていくと、寳金総長は述べました。
その一方で、大学には、社会や産業の構造を変えるイノベーションの原動力としての期待も高まっています。
半導体、AI、再生可能エネルギー、持続可能な環境再生型の食料生産――。
北海道が持つ可能性が改めて注目される中で、北海道大学が果たすべき役割も、札幌農学校の創設期とは比較にならないほど大きくなっていると語りました。
「第一の挑戦」から「第二の挑戦」へ
寳金総長は、札幌農学校が取り組んだ寒冷地農業の確立を、北海道大学の「第一の挑戦」と表現しました。
そして創基150年を迎えた今、新しい産業の創生と再生可能エネルギーの社会実装を「第二の挑戦」と位置づけました。
しかし、「大学の使命はそれだけではない」と寳金総長は続けます。
世界を変える先端技術は、しばしば若手研究者の小さな研究から生まれる。人文社会科学がもたらす倫理や思想の転換、歴史の研究も、社会に大きな影響を与えてきた――。
寳金総長は、今後も北海道大学は、未来の社会を創造する新規研究のゆりかごであり続けたい』と語りました。
さらに、差別や貧困など社会から注目されにくい課題に向き合う研究者の視点を尊重し、気候変動や、民主主義・平和への脅威についても、大学として取り組むべきだとしました。
過去を「過去」で終わらせない
式辞では、北海道大学で過去に行われたアイヌ民族を対象とする研究や、ご遺骨・副葬品の収集・保管をめぐる問題についても語られました。
北海道大学は2026年7月、これらについて反省と謝罪を表明しています。
寳金総長がこの日の式辞で強調したのは、これは過去だけの問題ではないということでした。
現代においても、研究者が自覚しないまま、その時代のイデオロギーや無意識の差別意識が研究の中に入り込んでしまう可能性があります。そして現在は、生成AIという新しい知性が現れ、研究のあり方そのものも大きく変わろうとしています。
だからこそ、過去に明らかになった問題を「負の遺産」として閉じるのではなく、未来への教訓として語り継ぐことが研究者の責務であると語りました。
「大志を抱け」を、いま読み直す
式辞の最後に登場したのは、北海道大学を象徴する「Boys, be ambitious.」でした。
寳金総長は、この言葉を単に成功や上昇を目指すことを励ますものとしてではなく、厳しい環境や困難にくじけず成長してほしいという、クラーク博士から学生たちへの激励として読み直しました。
そして「大志を抱け」の意味を、逆境に屈しない、たくましい生き方として捉えました。
150年を経た現在も、大志を抱き続けること。その精神を、次の150年、さらにその先へつないでいきたいとの思いが語られました。
「知を積み重ね、未来へつなぐ」
続く来賓祝辞では、関芳弘文部科学大臣の祝辞を、文部科学審議官の柿田恭良氏が代読しました。
柿田氏自身も北海道大学の卒業生です。冒頭では、同窓生の一人として、この節目を迎えたことへの祝意を述べました。
祝辞で印象的だったのが、大学が持つ「知を積み重ね、未来へつなぐ力」という言葉です。
研究者や学生が、すぐには答えの出ない問いに向き合う。そこで生まれた知が次の世代へ受け継がれ、また新たな問いを生み出していく。
北海道大学には、そうした営みが150年にわたって積み重なっていると述べられました。
そして大学には、社会がすでに求めている答えを示すだけでなく、まだ社会自身が「問い」として認識していない課題を見いだし、未来に必要な知を切り拓く使命がある。それこそが、150年前にこの地に新たな学問の場を築いた北海道大学が、今も受け継ぐべきフロンティア精神だと述べられました。

150年前のつながりから、世界の課題へ
マサチューセッツ大学アマースト校のハビエル・レイエス学長は、クラーク博士を通じて生まれた両大学の長い関係を振り返りました。北海道大学との関係は、同校にとって最も古い国際パートナーシップだと紹介しました。
レイエス学長が世界的な課題として挙げたのは、気候変動、エネルギー生産、清潔な水と衛生、責任ある消費と生産です。
こうした課題に向き合う今こそ、クラーク博士の「大志を抱け」という呼びかけに、両大学がともに応えていくべきだと語りました。
さらに、寳金総長が北海道大学にとって世界的に重要な機会として挙げた、再生可能エネルギー、持続可能な環境再生型の食料生産、AI社会の先導にも言及。これらは、マサチューセッツ大学アマースト校が力を入れている分野とも重なっていると紹介しました。
両大学では共同研究も進んでいます。食の安全や持続可能なエネルギー、持続可能な材料、農業ロボットなど、互いの強みを生かした研究が展開されています。
150年前にクラーク博士を介して始まったつながりは、今、世界の課題にともに向き合う研究・教育のパートナーシップへと広がっています。

北海道の未来を支える「知」
北海道知事の鈴木直道氏は、札幌農学校以来、北海道大学が地域の農業や食料生産の発展を支えてきたことを振り返りました。
現在、その役割は農業だけにとどまりません。
スマート農業、ワイン、半導体、洋上風力などに関わる人材育成や技術開発、地域医療、そして自然災害への対応や備えなど、北海道大学はさまざまな分野で北海道を支えています。
鈴木知事は、時代が大きな転換点を迎える今だからこそ、クラーク博士の言葉を改めて胸に刻み、挑戦を続けることが必要だと語りました。そして、北海道大学との連携をさらに深めながら、北海道を新たなステージへ押し上げていく考えを示しました。

北海道大学と札幌、150年をともに歩む
札幌市長の秋元克広氏は、自身も北海道大学で学んだ卒業生です。
秋元市長が北海道大学と札幌の関係を象徴するものとして挙げたのが、札幌市時計台でした。
札幌を代表する建物の一つである時計台は、もともと札幌農学校の演武場として建てられたものです。
北海道大学と札幌は、札幌農学校の時代から、ともに歴史を重ねてきました。
現在も、全国や海外から集まる学生たちの多様な価値観が地域や市民と交わり、札幌をより国際的で多様性に富んだ都市へと変えていく力になっていると語りました。
また、「こども本の森 札幌・北大」など、市民に開かれた北海道大学の取り組みにも触れました。大学の知と自然がまちと溶け合い、子どもから大人までがともに学び育つ環境を、秋元市長は「札幌の新たな誇り」と表現しました。

150年を祝うこと、150年の歴史に向き合うこと
公益社団法人北海道アイヌ協会の小川哲也理事長は、アイヌ語のあいさつから祝辞を始め、北海道大学が150年にわたって教育と研究を通して北海道の発展に貢献し、多くの人材を育ててきたことに敬意を示しました。

そのうえで、アイヌ民族も大学の長い歴史を見守り、協力関係を築いてきた一方、北大キャンパスのある北海道の大地が、古くからアイヌ民族が暮らしと生業を営んできた大切な場所であったことも忘れてはならないと語りました。
明治期、帝国主義、植民地主義という時代状況の中で、開拓という名目で大学が関わった研究や開拓政策には、アイヌ民族の尊厳や文化への配慮が十分でなかった面がありました。
小川理事長は、そのことは「歴史的事実として認識されなければなりません」と述べ、とりわけ医学部を中心に行われた人類学的研究とご遺骨・副葬品の収集をめぐる問題が、アイヌ民族の尊厳を深く傷つけ、関係者に大きな痛みをもたらしてきたと指摘しました。
一方で、北海道大学がこうした過去に向き合ってきた歩みにも触れました。
2005年の中村睦男総長(当時)による反省の表明、2007年のアイヌ・先住民研究センターの設置、2022年のアイヌ共生推進本部の設置、2026年3月の「北海道大学所在地の先住民族に対する敬意の表明」の公表と銘板の設置。そして7月には、総長声明で過去の行為がアイヌ民族の尊厳を深く傷つけたこと認めて謝罪し、協会への直接の説明と謝罪の場も設けました。
小川理事長は、こうした取り組みを、大学がこの問題に継続して向き合おうとする姿勢の表れとして受け止め、その決断とこれまでの努力に敬意を示しました。
ただし、今回の表明で「すべてが解決するわけではありません」とも明言しました。
ご遺骨の地域返還、歴史的経緯のさらなる解明、研究倫理の徹底、教育への反映など、残された課題は少なくありません。
北海道アイヌ協会としても、大学が先住民族の尊厳と権利を尊重する学術の実現に向けて責任を果たし続けるとの表明を真摯に受け止め、今後も対話と協力を重ねていくとしました。
そして、北海道大学がこれまでの歴史を包括的に振り返り、アイヌ民族との関係をさらに深め、多文化共生の先進的なモデルを北海道から発信していくことへの期待を示しました。
150周年を「祝う」こと。
そして、その150年の歴史に「向き合う」こと。
その両方が同じ式典の中で語られたことは、この日の大きな意味の一つだったのではないでしょうか。
150年を受け継ぎ、次の150年へ
来賓紹介では、クラーク博士のやしゃごにあたるマーク・ランディ氏ら2人も紹介されました。

式典の終盤には、北海道大学交響楽団が奥聡教授の指揮で「都ぞ弥生」を演奏。その後、横田篤副学長が閉式の辞を述べ、記念式典は幕を閉じました。

この日語られたのは、輝かしい歴史だけではありませんでした。
受け継いできたもの。
いま、大学が向き合っているもの。
これから挑戦していくもの。
そして、過去から学び続けなければならないもの。
150年を振り返ることは、それらを次の世代へ手渡すことでもあります。
150周年は、一つの到達点であると同時に、次の150年への出発点です。
「光は、北から」――北海道からどのような新しい知が生まれ、どのような人が育ち、地域や世界とつながっていくのか。
北海道大学の次の歩みが、ここから始まります。