科学情報の発信とは
「科学者は産業活動にどうコメントすべきか?~化学者がみずから決めた規範と実際~」と題されたシンポジウムが7月7日(金)に開催されました。本シンポジウムは北海道大学の物質科学に関する5年一貫の大学院教育プログラム、Ambitiousリーダー育成プログラム(以降、ALP)が主催したものです。
科学とはどういう活動か。科学とは、研究者が日々実験と検証を繰り返し、客観的な真理を追究する活動です。しかし、科学的説明は確実でも不変でもない場合がある、と内村直之さん(北海道大学 CoSTEP 客員教授/元朝日新聞科学部記者/元メディカルアサヒ編集長)は指摘します。科学的活動に伴う知見や情報はあふれていますが、論文化されていない情報、そして論文化されたとしても再現性が担保されていない情報も含まれています。情報があふれる現代において、科学者はプロフェッショナルとして、合理的科学的説明を求められた場合、どのような説明をする責任があるのでしょう。そして、どのような責任を社会は科学者に求めているのでしょうか?
研究者の挑戦
例えば、そのような責任をルール化するという動きもあります。菊池重秋さん(科学史家/中央大学・埼玉学園大学 非常勤講師)は学会の中で制定されるルールについて報告しました。菊池さんが考える倫理規定を制定するメリットは、研究者の望ましい姿・行動を理解、意識するのという教育的側面と倫理観を共有に有用という側面があるそうです。さらに実際に研究不正が起こった場合には、通報、調査、処分の根拠として活用される場合もあるそうです。
水素が活性酸素を撃退するという効果を発見し、それをNature Medicineに掲載した太田成男さん(日本分子状水素医学生物学会 理事長/International Molecular Hydrogen Association President/順天堂大学大学院 医学研究科 客員教授)。その後10年間で、水素を活用する研究と共に水素を活用した商品が急速に広まりました。研究と商業活動が同時進行している水素の活用ですが、最近劣悪な商品が生まれることで、水素を活用した商品自体への懸念も広がっています。さらにそのことが水素研究への不信もつながることを、太田さんは危惧しています。科学的情報も商業的情報も、水素水という一つのタームで語られることで、混乱が起きているのかもしれません。
唐木英明さん(食の安全・安心財団理事長/食品安全委員会専門参考人/日本学術会議元副会長)は、消費者が研究者に何を求めているのかというのを、リスク対応の立場から考察されます。人がリスクに対峙する際、リスクを判断する根拠として科学者からの情報は利用されます。そしかし科学者から発信した情報をどう受け止めるのかについては、科学者への信頼やその人のリスクに対する考え方などによっても変わります。情報を発信するだけでなく、それが受容される要素についても考えていかなければならないと唐木さんは提言します。
研究者自身がどのように広報をするべきなのかは、研究機関で長らく研究者として、そして広報担当者として活躍してきた森田洋平さん(沖縄科学技術大学院大学(OIST) 広報担当准副学長)より語られました。森田さんは研究者が研究者として発信する際には、自分の専門と専門外を意識しながら情報を発信する必要があると伝えます。また発信には責任も伴います。発信することが求められていたとしても、発信することが可能なのか否かも、慎重に判断していく必要があるようです。
見えてきた課題
パネルディスカッションは内村さんの進行により、科学者の情報発信のあり方について登壇者の皆さんに加え、七澤淳さん(北海道大学 大学院 理学研究院 客員教授Ambitious リーダー育成プログラム・産学連携科目担当)が議論に加わりました。
例えば、太田さんは、研究活動と商業活動は切り分けて考えてほしいと訴えます。商業活動の問題が、研究活動にまで影響を及ぼすという事態は深刻です。しかし、森田さんは、社会に出る情報はコントロールできなくなる場合があると指摘します。科学者が情報をコントロールできる部分は限られているのかもしれません。しかし、唐木さんはそれでも情報の出し方は重要であると指摘します。例えば、BSE(牛海綿状脳症)騒動の際、日本政府は牛の全頭検査を牛肉の安全性の根拠として強調しました。しかし、本来重要であった危険部位の除去という情報が十分に伝わらず、偏った情報の流布によって、その後混乱が生じました。どの情報をどのような順番で出すのか、そしてどの部分を強調して発信するのか、科学者はもっと心を配る必要があるのでしょう。
科学的情報が社会に吸収される際の課題が浮き彫りになったシンポジウムでした。