アイヌ・先住民研究センターは、ゲストハウスとして使われていたポプラ会館の中にあります。センターでは、どんな活動が行なわれているのでしょうか。先生方から話をうかがいます。
北原次郎太さん(准教授、文化人類学が専門)
学生や一般の方といっしょに、ほぼ毎週、こうしてトンコリの練習しています。楽しみとしてでなく、研究のためです。
トンコリは北海道の北部にも伝わっていましたが、現在知られている曲は樺太アイヌが弾いていたものです。樺太(サハリン)から移住してきた方たちの聞き取り資料などをもとに、演奏や歌を復元しています。マツ材などをくりぬいて本体を作り、弦には植物の繊維や動物の腱を撚ったものを使っていたようですが、大正期から絹製の三味線弦が使われるようになりました。
参加者に実際に弾いてもらいながら、わかりやすい説明や使いやすい教材を模索しています。
山崎幸治さん(准教授、博物館学が専門)
アイヌの人とたちは、様々な道具を使って、鹿や熊などの動物を捕っていました。たとえば、仕掛け弓という道具は、山の中の獣道に紐を張り、それに動物が触れると矢が発射される仕組みになっています。そして、矢の先に塗った毒で動物をしとめるのです。かつて、何十個もの仕掛け弓を山のなかに仕掛けておき、見て回って獲物を回収していたそうです。
ところが明治時代になって開拓が始まると、毒矢は危険だ、野蛮だとされ、政府によって禁止され、アイヌの狩猟文化は大きな打撃を受けました。時代のなかで、使う道具も猟銃に置き換わっていきました。そのため、現在、アイヌの弓矢を使った猟を伝承している人は ほとんどいないのです。
そこで、関心を持つアイヌの人たちと一緒に、博物館などに残る弓矢を調査し、出来る限り近い状態に復元して、どれくらい飛ぶかなど、いろいろ調べています。手で引く弓もけっこう太いので、まず身体を鍛えないといけないことがわかりました(笑)。博物館に所蔵されている矢のなかには、まだ毒が残っているものもあり、それを理化学的に分析することもできるかもしれません。
加藤博文さん(教授、考古学が専門)
これは、和人がアイヌ向けに作ったものです。
(お椀の上に載っているのは、お酒を神に捧げるなど儀礼のときに使う、木のへら)
アイヌの人たちは、お茶の茶碗(天目茶碗)を載せる天目台(てんもくだい)の上に、塗り物のお椀を載せて使うようになりました。そこで和人は、アイヌ向けに上下が組になったものを作り、送り出すようになったのです。
丹菊逸治さん(准教授、言語学が専門)
これは、アイヌの世界観を1枚の絵に表わしたものです。
上のほうの白黒の部分が、カムイ(神)の世界。太陽や月を挟んで、その下が地上の世界です。農耕や狩猟、海や川での漁のようすのほか、火の神、魚を司る神、鹿を司る神なども描かれています。
ところどころに、アイヌ語での表記もあります。アイヌの人たちは伝統的には文字を使っていなかったのですが、明治になると、日本語を学ぶ過程でカタカナを使い始めます。また宣教師に習ってローマ字も使うようになりますし、樺太のアイヌたちはキリル文字で書くようになります。残念なことにその後アイヌ語は抑圧され、ほとんど使用されなくなってしまいますが、現在では少しずつ復興しようという動きも始まっています。カタカナやローマ字で表記することが多いですね。
落合研一さん(助教、憲法学が専門)
これは、アイヌの人たちの暮らしの様子を描いたものです。
18世紀の末、ロシアからアダム・ラクスマンが、通商を求めて北海道の根室にやってきました。これを機に幕府は、国防のために蝦夷地を調査しようと考え、和人に調査させました。この巻物はそのときの記録をまとめたものです。絵の左上のほう、壁から吊るされているのはトドの胃袋です。油などを貯蔵するのに使われていました。
常本照樹さん(教授・センター長、憲法学が専門)
落合君は憲法学が専門で、日本国憲法のもとでのアイヌ政策の可能性と限界について研究しているのに、巻物のことまで よく知ってるねえ。
このセンターは、2007年に専任教員1名で発足しました。その後、政府がアイヌを先住民族と認め、先住民族に関する研究を積極的に推進するという方針を打ち出すといった動きのなかで、専任教員も6名にまで増強されました。
法学や社会学、観光学などの専門家12名にも兼務教員の形で加わってもらい、学際的な研究を進めています。その点で、世界のほとんどの主要な大学にある、先住民族に関する研究組織に比べても遜色がないと思っています。
北大の学生に向けアイヌ民族に関する授業を行なうほか、様々な講演会を開催するなど、社会への発信と教育に力を入れています。先にいくつか具体例で紹介したように、学術的な研究を進めるとともに、アイヌ文化の伝承に貢献できるような活動もしています。さらに、国などが進めるアイヌ政策の推進に対し、助言することもしています。こうした活動が総体として、アイヌ民族の発展にも貢献できることを願っています。
(左から、常本照樹、加藤博文、落合研一、丹菊逸治、北原次郎太、山崎幸治の皆さん。特任教授の佐々木利和さんはこの日、出張でご不在でした)