星野洋一郎さん(生物生産研究農場 准教授)は農学部や環境科学院で授業を担当するかたわら、小果樹と花について、野生遺伝資源の評価・分析・育種に関する研究を行なっています。今回は、ハスカップやラズベリーについての研究を中心に、話をうかがいます。
なぜ、ハスカップを研究するようになったのですか
私の実家は農家で、群馬県で数千本のブルーベリーを栽培しています。いずれ後を継ぐことになるだろうと思い、千葉大学で園芸を学びました。ところが研究が面白くなってしまい、大学院に進学します。最初は修士課程だけと思っていたのですが、博士課程まで終えてしまいました。そして1998年に助手として北大に採用され、北海道に来ました。
自然環境の違う北海道に来て、何を研究テーマにしようか考えていたとき、見たことのないベリーが目にとまりました。あちこちに出かけて調べてみると、果実の形がいろいろで、けっこう美味しいのもあれば、とても不味いのもある。遺伝的な種類に多様性がありそうです。ということは新しい品種を開発できる可能性が大きい、そう直感しました。これがハスカップだったのです。
そこで、どのくらい多様性があるか調べるところから研究を始めました。札幌キャンパスの果樹園で、いまでは400系統ほどのハスカップを栽培しています。
(ハスカップの実 写真提供:星野さん)
ハスカップって、どんな植物ですか
釧路湿原など平地の湿原に自生するクロミノウグイスカグラ(黒実鶯神楽)と、大雪山など高山帯に自生するケヨノミ、この2つをあわせてハスカップと呼んでいます。アイヌ語のハシカプ(haskap)にちなんでいます。ハシカプは、has(枝)ka(の上)o(に沢山なる)p(もの)から、母音のoが消えてできた言葉だと言われています。
クロミノウグイスカグラもケヨノミも、スイカズラ科スイカズラ属の落葉低木です。ブルーベリーはツツジ科ですから、別ものです。でも使い方は似ていて、どちらも、お菓子やゼリー、ジャム、飲料などの素材として利用されます。
各地のハスカップについて、染色体やDNA配列を手がかりに、お互いの類縁関係を調べました。栃木県の日光に自生するものは、中国のものと似ているけど北海道のものとは違う、北海道の中でも道東地方の一部地域のものだけ違う、などのことがわかってきました。こうした情報は、ハスカップの起源を探ったり、よりよい品種を作り出すのに役立ちそうです。
(左に見える黄色い果実は、中国やロシア、北ヨーロッパなどに見られる、グミ科のシーベリーです)
新しい品種を、どのようにして作り出すのですか
ハスカップの実は、生で食べると酸っぱいです。他方、本州に自生するミヤマウグイスカグラという果樹の実は、生で食べても、薄味ではあるけど甘いです。そこで、ハスカップとミヤマウグイスカグラを掛け合わせることで、生で食べても美味しいハスカップを作れないかと考えました。
(ミヤマウグイスカグラ 写真提供:星野さん)
2つを掛け合わせてできた種間雑種は、2つの球がつながったような形の、甘酸っぱい味の実をつけました。ハスカップに含まれる、尿路感染症に効くともいわれる機能性成分が、この雑種にも同じくらい含まれていました。果実は冷凍保存で長持ちしますし、春に咲く花もきれいで、なかなか有望です。
(ハスカップとミヤマウグイスカグラとの雑種 写真提供:星野さん)
新しい種を作り出すために異なる種を掛け合わせるのですが、受精してもそれがうまく成長するとは限りません。そうしたときは、胚珠培養や胚乳培養など、育種のための新しい手法を開発します。
また、受精そのものがうまくいかない場合もあります。雌しべに花粉が付いても、卵細胞のある胚珠に向け花粉管が順調に伸びていかなかったりするのです。こうした場合には、花粉から取りだした精細胞と、胚珠から取りだした卵細胞を人工的に受精させるという方法が有望です。
(いろいろな植物を培養しています)
そのための実験装置が必要ですね
必要となれば、装置は自作します。
これ[上の写真]もその一つで、自分で作ったキャピラリー[髪の毛のように細いガラス管]の中にオイルを入れ、ペダルを踏むことでそのオイルを10ナノリットル[1億分の1リットル]単位で動かせるようになっています。ホームセンターでいろんなオイルを買ってきては試し、ちょうどいい粘性のオイルを見つけだしました。
これを使うと、精細胞や卵細胞など特定の細胞一つだけを操作することができます。こんな装置は世界じゅう探しても、たぶんここにしかないでしょう。今年も宮崎や佐賀から学生がやってきて、それぞれ1ヶ月ほど、この装置で実験していきました。
市販されている装置を使って実験している限りは、他の人と同じような成果しか出すことができません。誰も持っていない装置を自作して実験すれば、小さな研究グループでも、面白い成果を出せるのではと思っています。
機械いじりが、嫌いではありません。生物系の研究者にしては珍しいかもしれませんね。金属加工なども、トラクターの修理などを担当する農場の技術職員に助けてもらいながら、自分でやります。
(右手に持つ、穴の空いたアルミ板は、技術職員の方が製作。「いろいろ試して、これが一番具合がよかったのです」)
市場の声を研究に活かすことが大切、とおっしゃっていますね
自分自身、農家の出身で、「現場」を知っているせいかもしれませんが、基礎的なところから実用化までトータルに研究したいという思いが強くあります。新しい品種を開発するにしても、それを栽培したとき、いったい誰が買ってくれるのか、どんな食べ方があるのかなど、出口まで考えておく必要があると思うのです。
北大の「余市果樹園」がある余市町には、リンゴやサクランボだけでなく新しいものを栽培したいという人たちがいます。そうした人たちと協力しながら、ラズベリーについても研究しています。
ジャムや、洋菓子、ハーブティー、リキュールなどに利用されているラズベリーですが、自給率は1%で、ほとんどが欧米からの輸入もの。ところが欧米産のラズベリーは、黴びやすいのです。そこで、北海道に自生しているものから、新しい品種を作ろうとしています。日本版の、北海道に適したラズベリーを作ろうというわけです。いくつかの系統について、去年から余市の農家で試験的に栽培してもらっています。
研究室を出て多くの方々の声を直に聞くことで、新たな研究のヒントが得られますし、今後どの方面に研究を進めていくべきかも見えてくると思っています。