新たに開発した半導体PETという装置を使って画像を撮影し、それをもとに、たちの悪いがん細胞を集中的にやっつける。安田耕一さん(医学研究科 特任助教)たちは、こうした治療への道を開きつつあります。
「たちの悪いがん細胞」って何ですか
普通の正常な細胞には、血液の流れによって、酸素が十分に供給されています。ところが がんでは、無秩序に細胞が増えるため、なかには酸素が十分に供給されない細胞もでてきます。「低酸素がん細胞」と呼ばれるものです。
この低酸素がん細胞は、酸素が十分に供給されている がん細胞に比べ、放射線に対する抵抗力が強いことがわかっています。そして、抵抗力が強くてなんとか生き残った細胞が、がんを再発させるもとになっているのではないか、とも考えられています。この意味で、低酸素がん細胞は たちが悪いのです。
ですから がんを放射線で治療しようとすれば、低酸素がん細胞に、そうでないがん細胞よりも多めの放射線をあてたい、ということになります。でも、がんの塊のどこに低酸素がん細胞があるのかは、見た目ではわかりません。そこで注目されるのが、PET(ペット)です。
(PET装置の外観。wikipediaより。(今回の研究で安田さんたちが使った装置そのものではありません))
PETって、丸い穴のような所に体を入れて、断層写真を撮るものですね
そうです。PET(ポジトロン断層法)では、体の特定の部分に集まる性質を持った、そしてポジトロン(陽電子)を放出する性質も持った薬剤を、注射で体内に入れます。すると薬剤が集まった場所でポジトロンが放出され、それが体内で反応を起こしてガンマ線(波長の短い電磁波)を出しますので、そのガンマ線を周囲の検出器でつかまえて、どこにどれだけ薬剤が集まっているかを、画像として示します。
今回の研究では、FMISO(エフミソ)と略称される薬剤を使いました。FMISOは、低酸素がん細胞とよく結合し、しかも低酸素の度合いに比例して結合することがわかっていました。ですから、FMISOがどこに集まっているかを手がかりに、低酸素がん細胞の在りかを突き止めることができます。
今回使った装置は、北海道大学と日立製作所が共同で開発した、半導体検出器を用いた世界初の、ヒト頭頸部用PETです。半導体検出器を使ったおかげで、大きさが2.3ミリのものまで識別できます。旧来型の検出器を用いたPETが、4~7ミリのものでないと識別できなかったのに比べ、空間分解能がぐっと優れています。これにより、細かいところまでくっきりとした画像が得られます。
実際に撮影された画像で、旧来のPETとどのくらい違うのですか
上咽頭がんを撮影した画像を見てみましょう。すると、低酸素がん細胞と判断される範囲が、新開発のPETでは旧来のものに比べ、ぐっと小さくなっています。低酸素がん細胞とそうでない細胞との境目がぼけることなく、くっきりと描き出されたのです。低酸素がん細胞が集まっていると判断される部分の、腫瘍全体に対して占める割合が、平均値で 0.14 から 0.04 へと小さくなりました。
低酸素がん細胞の場所を正確に絞り込むことができましたので、そこをめがけて放射線を多めにあてます。
放射線のあて方を、どのように決めるのですか
低酸素がん細胞が集まった部分には、線量がいくつ以上になるよう放射線をあてる、けれど、たとえば耳下腺や脳幹にはいくつ以下の線量しかあてないなど、条件を細かく決めて、放射線の照射をコントロールするコンピュータに指示してやります。耳下腺は唾液の分泌に関係しており、ここに放射線がある程度以上あたると、口がからからに渇くなどの副作用が出ます。そういったところは放射線量を少なく抑えるのです。
するとコンピュータは、この与えられた条件から逆算して、どの方向からどのようなパターンで放射線をあてると目標が達成できるかを求め、それにしたがって、図のように7つの方向から放射線を照射します。「強度変調放射線治療」という方法です。
今回は、10人の患者さんの撮影結果を使って、放射線をあてるシミュレーションをしてみました。まだ研究段階ですから、実際の患者さんに適用することはできないので、シミュレーションしたのです。すると、低酸素がん細胞に対してあびせる放射線の量を120%に増やしながら、それでいて正常な臓器があびる放射線の量は減らす、ということが実現できました。
上咽頭がんを対象にしたのは、呼吸などで患部の位置が動かず、強度変調放射線治療を適用しやすいというのが理由の一つです。半導体PETが、今のところ頭頸部が入るほどの大きさでしか実現できていないという事情もあります。
(ピンクの部分が、上咽頭がん。どの部位にどれだけの放射線があてられたかを、色つきの線で示しています。)
いつごろ臨床に応用されそうですか
うーん、まだはっきりとは言えないですね。まだいろいろデータを集める必要があります。たとえば、低酸素がん細胞が、がん再発のもとになっている可能性がある、だからそこを多めの放射線でたたこう、という発想に立っているのですが、この前提が正しいか、確認する必要があります。そのためには、がん再発の症例をある程度、蓄積する必要があります。
北大では、PETなどを扱う核医学の研究者と、放射線で診断や治療をする放射線医との連携がとてもうまくいっています。また、文部科学省のイノベーション創出拠点形成プログラム(※)の支援も得ています。今回の研究は、このプログラムの一部として行なったもので、日立製作所との共同開発もこの枠組みの中で行ないました。こうした点でも、今後の展開が期待できると思っています。
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※ 正式名称は、文部科学省先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「未来創薬・医療イノベーション拠点形成」(北海道大学)です。