現在北海道大学 文学部の建物1階に位置する「書香の森」では、札幌を拠点に活動をするアーティスト、進藤冬華さんの展示「縫い継がれた記憶 — 進藤冬華展」が行われています。9月から来年の2月まで、4期にわたって開催されるこの展示では、進藤さんが家族から受け継いだもの、北海道に暮らすこと、過去のものを再現することについて考えさせられます。アーティスト個人の経験から生まれた作品から、私たちの暮らしにも、つながる要素がたくさん見えてきました。
雪が積もった札幌キャンパス、文学部の書香の森に足を運ぶと、展示ケースの中に冬の民族衣装っぽいものが展示されているのが目に入ります。近づいていくと、フードやミトン、それらの情報を記録したように見えるキャプションらしきものと、それらの民族衣装をまとった人々の写った古い写真のようなものが見えてきます。手仕事のぬくもりや、色使いと形のかわいらしさに感心しながら、古いものに見えないという違和感が湧いてきます。
これらは北海道を軸に活動をしているアーティスト、進藤冬華さんの作品です。進藤さんは、北海道の縄文期の出土品を図録で見て、「これは適当に作っているものではない」「誰かがよく考えて作っているのだ」と感じ、「はるか昔の人と交信したような、不思議な感覚」を覚えたと言います。進藤さんは、昔の人々が使っていたであろう日常の品々を、今の素材で再現することで、昔暮らしていた人々と自分の暮らしをつなげる試みをつづけてきました。
その思いから、北海道立北方民族博物館の収蔵品を今の素材で「再現」する作品も制作されています。北の、離れた時代の暮らしを想像しながら作った架空の所蔵品は、進藤さんが近くのリサイクルショップで手に入れた材料を含め、発砲スチロールや食品のケース、包装紙など、日常の素材を用いてつくったといいます。
今回の展示には、湿板写真も2点展示されています。ドイツのハンブルクの民族博物館でアイヌ資料のリサーチをしていた時、その資料を収集するバイヤーのポートレートを記録として見た経験から、架空の民族の、架空の博物館資料をまとったポートレートを、当時の写真技術の湿板写真で再現しました。ハンブルクの民族博物館で進藤さんが見た、アイヌ資料の所蔵カードも、今展で展示された架空の民族衣装にあわせて「再現」されています。
現在進行中の展示は〈第3期〉にあたるものです。9月10日から10月25日までは、第1期「ふたりでつくる、日々のかたち」が開催されました。そこでは、おばあさんから縫いものをならいはじめた頃の作品を展示しました。10月29日から11月29日までの第2期「つらなりのステッチ 交差の場としての地域」では、進藤さんが北アイルランドから帰国して、北海道と向き合って出会ったウイルタのビビコワさんの伝統的な工芸や刺繍と、彼女にならった技術を用いた進藤さんの作品を展示をしています。現在の第3期は1月17日まで続き、最後の第4期の展示は1月21日から2月28日までの開催になっています。4期にわたる展示を通して、アーティストの進藤さん自身のルーツ、北海道に暮らすこと、過去と今という歴史の中で存在することについて考えることができ、進藤さんの試みを通して私たちも今、ここに暮らす中で過去を「再現」するとはどういうことかを考えることができます。
第3期「体験のためのレプリカ —「再現」によって過去とつながる —」の文章で進藤さんは、「資料の現代的「再現」「レプリカ」にとどまらず、民族資料の収集過程までをも「再現」したことは、私にとって、これまで過去と自分を結ぶ入り口であった博物館と西欧の民族資料収集の背景や植民地化の歴史をつなげ、これまでとはちがった視点で民族や文化の搾取の問題について考える機会になったと思います。」といいます。ほど良い距離感と視点で、隔たった過去や民族を自分と繋げて考える中で、民族の歴史を対象化してしまう懸念を常に持ち続ける葛藤があるからこそ、進藤さんの今の作品が生まれたかと思います。
進藤さんの再現した架空の民族の、架空の博物館資料で、昔と今をつなげる「再現」の記録を、皆さんも体験してみませんか。展示の詳細はこちらをご参考ください。