2021年10月21日(木)に「北大とクマ」というタイトルの定例記者会見が北大百年記念会館で行なわれ、北大のクマ研究が紹介されました。その発表者には、獣医学研究院の教授・准教授の先生方はもちろんですが、若手研究者の方も二名いました。一人は、環境科学院博士後期課程の学生である富田幹次さん、もう一人は、文学院修士課程の伊藤泰幹さんです。
二人は北大ヒグマ研究グループ(以下「クマ研」)の先輩・後輩の関係。クマ研の部長を務めていたという共通点も二人にはあります。北大クマ研は非公認ながらも50年近くの活動年数を誇る由緒ある北大のサークルです。道内のクマの研究者のほとんどが北大クマ研の出身者で、富田さんと伊藤さんもクマ研での経験を生かして現在の研究に取り組んでいます。富田さんはクマにかんする世界初の発見を2020年に成果としてあげており、その新発見には北大クマ研での経験が生かされていると言います。フィールドワークの技や成果を、クマ研の皆さんはどのように受け継いでいるのでしょうか。
【原健一・CoSTEP博士研究員】
富田さんの世界初の新発見1)とはどのようなものだったのでしょう。
富田さん:セミの幼虫を食べるというクマの新しい採食行動を発見したことです。クマはいろんなものを食べることが知られていて、さまざまな地域で何を食べているのかが調べられています。例えば、フキとかセリといった植物やアリやハチといった昆虫を食べていることが知られています。しかし、セミの幼虫を食べているということはこれまでの研究では知られていませんでした。
クマはセミも食べているということを富田さんはどのように科学的に示したのでしょうか。
富田さん:一番簡単なのはクマのフンを調べることです。これ(写真)がフンです。こんな感じで落ちているんですけど…この中にセミの幼虫がいるのわかりますか?
あっ! これ(赤丸で囲った部分)ですか?
富田さん:はい、これですね。クマって消化があまりうまくなかったり、あとセミの幼虫もそんなに咀嚼しないで食べているので、けっこう食べた物が丸ごと出てくるんですね。なので、このフンを研究室に持ち帰って、まずは洗ってきれいにして…
フンを洗う!?
富田さん:はい、洗わないと土とかいろんなカスとかはいって濁って見えにくいんです。そして、洗ったフンを水を張ったバットに入れます。すると、このバットの底に格子が見えているんですけど、その600個くらいある交点のうちの何個に何が入っていたのかを数えていくんです。こうして、何をどのくらい食べていたのかをパーセンテージで出します。
この600くらいある格子の中にセミの幼虫がたくさん入っていれば、このクマはセミの幼虫をたくさん食べていたのだろうとわかるということですね。
富田さん:これは「ポイントフレーム法」という調査方法でもともとは鹿とか他の動物でも使われてきた手法でした。こういうフンとかの動物が残したものを調べる方法は「痕跡調査」と呼ばれています。クマを調べているのに、クマを直接観察するのではなくて、クマが残したフンを拾ったりしかしていないという点はひじょうに大事だなと私は思っています。
なぜ痕跡をたどるという手法が重要なのでしょうか。
富田さん:クマって捕まえるのがたいへんだし、直接クマを観察するのってすごい危ないじゃないですか。だから間接的にクマが残した痕跡を調べるというのがすごい大事で、痕跡からわかることを一生懸命考える、痕跡を調べるだけでどれほどクマの実像に迫れるのかという点を究めることがぼくの研究のこだわりです。
自分の調査地を自力で開拓しようと思ったとき、ヒグマの学術捕獲のようなお金もマンパワーも必要な方法ではなかなか成果が得られないと思います。そういったときに自分一人でも工夫次第でばりばりデータが取れる痕跡調査が有効な研究手法なのです!
このようなことは学部時代からクマ研で行なってきたのですか。
富田さん:ぼくは、実は、学部時代は別の学科で、岩石の研究とかをするところにいたんです。だけど、結局、クマとかの生き物が好きだから、学部の勉強はおろそかにして、クマ研でサークル活動ばっかりしちゃっていました。留年はぎりぎりしなかったです!
しかし、その活動が今の研究に生きているんですね。
富田さん:はい。クマ研では、このあと伊藤君からも詳しく説明があると思いますが、主に北大の天塩研究林と大雪山にひと月くらいこもってひたすらクマを探し続けるという活動を自分で主催していました。
では次に、伊藤さんから、そのクマ研の活動の内容を教えてもらえますか。50年にも及ぶ伝統的なデータが部室に保管されていると聞きました。
伊藤さん:はい。50年のあいだで少しずつ方法とかは変わっているのですが、クマ研はずっと同じような地域を歩いているんです。特に1990年以降はほとんど変わらないルートをずっと歩いています。ここで得られたデータはクマ研の部室に保存されて受け継がれている貴重なものです。最近では、富田さんなどのOBがこの研究データを使って研究成果を出されています2)。
こういったデータを天塩研究林と大雪山をフィールドワークして集めているんですね。
伊藤さん:はい、主に沢を歩いて行きます。川の中をざぶざぶ歩いて行ったり、笹があればそれをかき分けて進んでいくということを5、6時間続けてやります。こういう(下写真)道なき道を歩いて行くんです。春先は冷たい水の中を歩いて行かなければならないこともあってなかなかハードです。こうして痕跡調査をしていくということをしています。
なぜこんなハードな道を歩くんですか? そこでしか得られないものがあるとか?
伊藤さん:クマが沢を多く利用しているんですね。沢にはフキやセリなどの植物がたくさんあるんです。あと、もう一つは、沢にはけっこう泥道とかが多いので、足跡が残りやすいんですね。この足跡の大きさを計ったりして、クマの大きさや、足跡の大きさから最低何頭くらいいたのかということがわかります。
つまり…クマが通った道を歩いていると…?
伊藤さん:はい、そういうことになりますね。
ひー! こわくないんですか!?
伊藤さん:最初は怖かったのですが、慣れました(笑)ただ、クマ研の50年の歴史でクマに関する事件は起こっていません。それは、声を出したりとか、あと新しい足跡だと引き返したり、クマの痕跡や気配にすごい気を使って活動しているからです。
ここでも「痕跡」がだいじなんですね。
伊藤さん:あともう一つ重要なのは、フィールドワークの隊を率いるリーダーを選ぶんです。リーダーになるには試験があって、現場で隊を率いることができるのかを試されます。山の中で現在地を把握できないと遭難してしまうので、やはりそういった安全面などクマの痕跡を見て判断しつつ、リーダーは自身の経験を生かして、隊を引き連れていくんです。
リーダーの経験は研究以外の場面でも役に立ちそうですね。
伊藤さん:そうですね。あとは、私は学部の二年で調査計画を立てる立場になったんですけど、研究の「け」の字もわからない状態ではじめて調査の計画を出したら、「こんなことできるわけない!」とか先輩にけっこういろいろと言われて鍛えられました。こういった経験は研究にもちろん生きてきますが、食べるご飯の内容とかも含めた調査の計画をしっかりと立てたり、遭難しないようにリスクの管理を行なったりといった経験は研究以外の場所でも生きてくると思います。
ゼミだと研究という目的があると思います。ただ、クマ研はサークルなので、研究だけではなく楽しみとか面白さも求めます。先ほど、歩く道がハードだという話しをしたんですけど、フィールドワークは本当に楽しいんです! そして、現場に行って楽しむことを通して、自然環境やヒグマに対する愛着、関心を高めていくことができます。いろんな学生がサークルのメンバーにいて、研究したい人にとってはもちろん、卒業・修了後に働く人にとっても重要な経験ができます。
富田さんにとってはクマ研はどのようなサークルでしたか。
富田さん:ぼくがクマ研に入った理由は、クマ研のしつこい先輩に新歓に無理やり連れていかれて、他のサークルの新歓にもあまり行けなくて(笑)だけどなんだか気になって、すごい楽しくて…流れで入っちゃったって感じでした。だから最初はクマが好きとか知的な好奇心とかではなくて、クマ研という団体を動かすということにやりがいを感じていたんですね。そして、それが「クマが好き」という気持ちにいつの間にかすり替わっていった気がします。
でも、それが今の研究につながっているんです。北海道を体験できるゼミやサークルとかは意外に少ないですが、クマ研は本当に北海道を体感できるサークルです! ぜひ何も考えずにクマ研に飛び込んできてください!
北大ヒグマ研究サークルやクマ研OBの方を紹介しているこちらの記事もご覧ください
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- 【ジョインアス】北大祭2016 食べて学んでヒグマ亭(2016.06.02)
- 【ジョインアス】密着!「北大クマ研」のヒグマ調査(2014.09.17)
参考文献:
- Tomita & Hiura. 2020: “Brown Bear Digging for Cicada Nymphs: a novel interaction in a forest ecosystem”, Ecology, 101 (3).
- Takinami, Ishiyama, Takafumi, Kubo, Tomita , Muku & Nakamura. 2021: “Young citizen sensors for managing large carnivores: lessons from 40 years of monitoring a brown bear population”, Conservation Science and Practice, 3 (9).