CoSTEPとダイバーシティ・インクルージョン推進本部の連携企画、ロールモデルインタビューFIKA。
FIKAとは、スウェーデン語で甘いものと一緒にコーヒーを飲むこと。
キャリアや進む道に悩んだり考えたりしている方に、おやつを食べてコーヒーでも飲みながらこの記事を読んでいただけたら、という思いを込めています。
シリーズ12回目となる今回は文学研究院の田辺弘子さん。
田辺さんは子どもの頃から習っていたクラシックバレエがきっかけで研究者になります。
双子の子どもを育てながら大学教員として、その働き方にあわせて自分の研究分野を見極めて、研究者としての歩みを進めています。
【森沙耶・いいね!Hokudai特派員 + ダイバーシティ・インクルージョン推進本部】
芸術に触れ、心と体の結びつきに興味を持った子ども時代
理系科目が得意だったことから中学生の頃には理系進学を志していたという田辺さん。
4歳から習っていたピアノと中学1年生から習い始めたクラシックバレエで芸術に触れる機会が多く、人がバレエの動きの何を見て美しいと感じるのか、何を美しいと思って体をどう動かすのか、というような心と体の結びつきについて興味を持っていました。
人の体や脳科学に興味を持ち、高校生の時は医学部を受験することを考えていたといいます。
しかし、自分の知りたい分野が学べる大学を調べていくと京都大学のこころの未来研究センター(当時)が一致することがわかり、センターの先生が多く所属する京都大学の総合人間学部に進学します。
先生との雑談から生まれた一生かけて取り組むテーマ
大学受験で一時中断していたバレエを入学後再開しました。
学部3年生のときに、就職と大学院への進学についてどちらも視野にいれながら、授業で興味を持ったスポーツ医科学研究室に進みます。研究の基礎を学び、その面白さを感じて大学院進学について考えていた時期に、後の指導教員となる先生に偶然再会します。
「その先生には3年時のラボ配属前の見学でお世話になっていて、私がバレエを習っていることを覚えていてくれたんです」と田辺さん。
近況を話す中で「この間出た舞台にウクライナのキエフバレエ団の方が出演されて、プロのダンサーってスタイルもすごいし踊りも綺麗。そもそも踊っていなくても立っているだけで綺麗なんですよ」と話したところ「それって研究にしたら面白いんじゃない?」と先生に返されます。
その先生は運動制御が専門で、当時、生理学的な研究に心理学的な要素を含めた研究はあまりなく、田辺さんも「このテーマで研究したい!」と思い修士課程はその先生の研究室に進学することに。
壮大なテーマに向き合う覚悟を決めて大学院へ
研究テーマに関連する文献を調べていると、自分のテーマが壮大でとても修士研究では終わらないことに気づきます。修士課程に進む際に先生からも「動きの美しさはほとんどだれもやっていない研究だから、研究者として一生かかるようなテーマになるよ」と言われ、「ちょっとやそっとじゃわかるようなことではないんだな」と再認識し、その時点で博士課程に進んで大学で働くことを決心します。
「認知心理学分野では、どういう動きや姿勢が綺麗なのかという動く側の観点は今までなかったので、それをどのように表現して歩くのか、立つのか、そもそもなぜ姿勢をピンとしたら綺麗に見えるのか?など明らかにしなければいけないことはたくさんありました」と振り返ります。修士課程から博士課程までの5年間、結局美しさに関する研究はほとんど手をつけられず、その前段である“人がどうやって立っているか”という研究に5年かかったといいます。
取ったデータを解析するためにプログラミングについても一から勉強したといい「プログラミングは先輩に教えてもらったり、同期や後輩と実際に実験で取ったデータを使いながら一緒に試行錯誤してできるようになっていきました」と田辺さん。
研究の進め方ではペース配分に悩み「ガツガツやると体調を崩すので、自分のちょうどいいペースを見つけるまでが辛かった」といいます。
周りの人との体力の差が研究の進み具合に直結し、もっと頑張らなければと思い、根を詰めると体調を崩してしまうという悪循環ができてしまっていたと振り返ります。
そんな中、先輩から「私たちは卒業しても研究するわけだから、すぐに成果が出るわけじゃない。マラソンと一緒でペース配分をちゃんと考えて、100%の努力じゃなくて、50%とか60%とかそれくらいのペースでやっていればいいんだよ」と言われ、それからはうまく力を抜けるようになりコンスタントに研究を続けられるペースを掴みます。
そうして確立した田辺さんの研究スタイルは、朝バレエに行き、お昼ご飯を持って大学に行き、夜までラボにいる生活になりました。その生活スタイルではバレエがいい切り替えになっていたといいます。
大学教員の働き方と研究分野の狭間で試行錯誤
博士号取得後は、東京大学の総合文化研究科で研究者としてのキャリアが始まり、大学教員として週に4コマから6コマある体育実技を受け持つことになりました。これはとても良い経験でしたが、それまでスポーツを専門とした研究ではなかったため、この先もずっとスポーツに携わっていくかどうかということを考え、次のキャリアとして情報学分野に進むことに決めます。
この時のことを「自分がどの分野で生きていくか悩んでいました。情報学的なツールをずっと分析に使ってきたので、その分野も経験してみたいと思いました」と振り返ります。
そうして青山学院大学の理工学部情報テクノロジー学科の助教に着任。前任校では5年任期でしたが、ここでは10年任期になり、安心感も得ることができ、この任期の間に研究実績を積みたいと考えます。
プライベートでは任期の1年目の終わりに双子を出産し3年目の4月から復帰。コロナ禍だったこともあり、オンラインでの授業対応に追われながらも子育てと仕事を両立できていましたが、4年目に対面授業に戻ることになり、授業が終わってからでは保育園へのお迎え時間に間に合わなくなってしまうということが判明してしまいました。
何とかこの問題をクリアできないか考えるものの解決策はなく、大学を移ることを決めます。
大学教員として研究を続けていくために
2021年4月から名古屋大学の寄付講座のポストを得ます。子育てと両立するために学内業務がなく研究業務だけというのも魅力的だったといい「授業を持つ立場だと子どもの急な体調不良などの対応も難しく、新しい環境で『授業を変わってください』と他の先生にお願いすることを考えるだけで負担に感じていました。この講座では研究に支障がなければ働き方も柔軟に対応できるため今の自分に合った働き方ができると思いました」と振り返ります。
二人の子どもを伴って新天地での生活を始めるものの、引っ越して数か月後に子どもが二人とも入院することに。
「夫と私でそれぞれ子どもに付き添い入院をして、一人は1週間ほどで退院しましたが、入院中のもう一人の子どもに交代で付き添ったりと大変な1カ月でした。2拠点の厳しさを感じ、夫は退職して関東での単身赴任をやめて名古屋に来ることになりました」と子どもの入院を機に家族のスタイルを変えることを決めます。
企業が設置する寄付講座での研究は研究テーマの範囲が限られているため、それ以外のテーマでの研究成果を発表する際は休暇を取得して学会に参加するなど寄付講座ならではの悩みもありました。そして、大学としては休暇中なのに研究していることになってしまうなど、どう進めていくのがいいのかを大学、企業双方と調整が必要なことが増えてきたといいます。加えて、何回更新してもいいとはいえ、毎年度契約を結ぶというのは想像以上に精神的な負担となっていました。
そこで、子どもも乳児の頃ほど手がかからなくなってきてもう少し研究を加速させたいと考えるようになり、次のキャリアとして一般的な大学教員のポストを探すことを決意します。
「夫婦のお互いの仕事と子育てを両立させるため、日本のある程度の大都市でテニュアか任期なしで先に決まった方についていく」と夫婦でルールを定めて次のポストを探し始めます。
田辺さんは、これまで所属してきた三つの大学ではそれぞれジャンルの違う分野でしたが、最終的に自分が働きたいのは文学部の心理学分野だという思いが強くなっていったといいます。
理由について「今までは体の運動の計測に心理的な要素をプラスした研究をしていました。でも心を捉えるために体の動きを計測したい、というのが元々の興味だったので心の分析に興味のある先生や学生さんがいる環境に身を置きたいと思いました」と話します。
家族と仕事とのバランスを探りながらたどり着いた北大のポスト
今まではリーダーの先生がいてそのチームの一員として働くという形でしたが北大では自分の研究室を持つことになり、その責任を感じながらも楽しみの方が大きいと田辺さんは話します。
心理学の授業を持てることも楽しいといい「みんな体を持って生きているので自分の事として話せるし考えられる。たとえば物を取る動作みたいなところから体の動かし方について話したり、もっと広げて進化の話をしたりもできるのが楽しいです」と話します。
研究室のテーマを「身体運動×心」とし、4月から早速3年生3人が配属になり、それぞれスポーツや楽器演奏などの現象を捉えながら心と体のつながりについて研究をしているといいます。
学生には自分の好きなことをテーマにしてほしいと伝えているといい「学生さんが来たことで自分が今まで触れてこなかったテーマにもチャレンジできるようになるのでそれが楽しいです」と話します。
これからは共同研究についても進めていき、クラシックバレエの芸術性の分析や、スポーツの運動学習などについても研究していくということです。
試行錯誤しながらも働き方、研究分野、家族との暮らしのバランスを取り、新たな環境を楽しむ田辺さんの軽やかで息の長い挑戦は続きます。
FIKAキーワード 【大学教員の任期】
(この10年で40歳未満の任期なしのポストにつく教員は半減し、任期付きのポストにつく教員数は年齢関係なく増加している)〈転載:文部科学省(2020年)「文部科学白書2020」〉