いいね!Hokudai「匠のわざ」の「ほくだい技術者図鑑」シリーズは、北海道大学で働く技術職員にフォーカスをあてた、CoSTEPと技術支援本部の連携企画です。広報を担当する技術職員がインタビュアーとなり、キャンパスのさまざまな場所で業務を遂行する技術職員への取材を通して、北大の隠れた「技術(technē:テクネー*)」を探求します。
「ほくだい技術者図鑑」は、技術支援本部が運用するWebコンテンツです。学内に蓄積された教育・研究支援技術情報を可視化し、技術を求める人や技術を活かしたい人、そして未来の技術職員へ情報発信しています。
*「テクネー」とは、「テクニック(技巧)」や「テクノロジー(技術)」の語源となった古代ギリシア語で、「技術知」とも和訳されています。ここでは、大学という場で、教育・研究における知識生産の一端を担う技術職員の「技術知」として位置づけています。
シリーズ第2回目は、アイソトープ総合センターの技術専門職員、阿保憲史さんにインタビューしました。阿保さんは、学内共同施設であるアイソトープ総合センターの管理室で、放射線施設全般の管理・運営、放射性同位元素(Radio Isotope: RI)や放射線発生装置の取り扱い方法の指導、RI実験・実習の支援、RI業務従事者の管理など、さまざまな業務に携わっています。
「RIの利用促進および安全意識醸成への包括的な貢献」が評価され、令和6年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「研究支援賞」を受賞された阿保さんの「技術(technē:テクネー)」を探るべく、お話を伺いました。
【技術支援本部 ホームページ運用専門部会 いいね!Hokudaiコラボチーム】
アイソトープ総合センターは、放射性同位元素を用いた研究や教育を遂行するために重要な役割を担う学内共同施設です。RIや放射線発生装置は、使用方法や管理を誤ると健康への影響や環境汚染の可能性があり、その取扱いは法律で厳格に規定されています。
北大には8つの放射線施設があり、RI業務従事者は約1500名以上(2024年3月時点)に及びます。アイソトープ総合センターは、そうした放射線施設や放射線を取り扱う人にとっての「相談役」でもあり、小規模な放射線施設では使用が難しい高レベルRIを取扱うことができる施設として、学内外の研究者が〈共同利用〉できるようになっています。
取材班が施設を訪れると、阿保さんが施設の特徴的な設備機器を案内してくれました。施設内部の大部分が放射線管理区域となっており、さまざまな放射線発生装置や測定装置が設置されています。阿保さんはこれらの装置の機能に関する相談を受けたり、はじめて利用する方に対し導入までの使い方を指導したりしているとのことです。
業績として見えにくい技術支援の成果を自ら形に
受賞の知らせは、ノーベル賞のように突然やってくるものばかりではありません。阿保さんは「研究支援賞」のため、これまでの取り組みをまとめた膨大な申請文書を作成されたそうです。実は過去に4回も申請書を作成しており、今回は5回目の正直で受賞に至ったのでした。
受賞を受けての感想を伺うと、「自分のしてきたことを自己満足で終わらせず、外部の人に評価していただいて一定の賞をもらうっていうのはすごいモチベーションが高くなるし、自分を高めることもできるのではないかと思います」と、技術職員の成果を形にすることの大切さを語ってくれました。
「ようやく受賞できたという感じですが、それでも落ちたときは何が足りなかったんだろうって思うし、申請書のどういう表現が良くなかったんだろうかと考えました」と語る阿保さん。日常の業務に加えて、何か新しい技術開発にチャレンジしたときには、学会発表などを通し、その意義や意味も含めて言葉にしてきたとのことでした。この積極的な姿勢が、受賞や外部資金の獲得など、たくさんの業績として実を結んでいます。
無いものは自分で作る!
RIセンター内には、RIを結合させた化合物「PET薬剤」を合成する装置があります。PET薬剤を製造する際は放射線被ばくが伴うため、鉛で遮蔽された箱「ホットセル」の中で遠隔製造します。このときに放射性ガスが排出されます。
放射線を出す力(能力)のことを「放射能」といいますが、PET薬剤に使用されるRIは短時間で放射能が半分になります。言い換えると、排出される放射性ガスを一定期間ホットセルの中に溜めておければ、放射能が減衰し、環境へ排出しても問題ない量まで減らすことができます。
「この溜めるための装置がセンターには無く、市販もされていないのですが、無いってことはこのPET薬剤合成装置が使用できない。使用できないってことは研究ができない。ということで、たくさんの研究者さんたちからの要望に応える形で、いろいろな方の助けを得ながら私のほうで装置を作りました」
阿保さんは特に、限られたスペースの中に放射性ガスを貯留するため、空気圧縮機でガスを圧縮してホットセルの中に閉じ込める仕組みを自ら考案されたそうです。この貯留装置を自作することで、PET薬剤の製造研究と小動物を用いた撮像装置の運用が可能になりました。
こういった装置を製作した経験があったか、阿保さんに尋ねると、「ないです、ないです。前職で使用していたRI製造装置には、専用の排ガス管理装置が備わっていました。それをヒントにどうやったら小型にできるかなと考えました」とのこと。手探りで自作されたこのRIガス貯留装置が、現在では最先端の医療研究開発プロジェクトでも使用され続けており、「研究支援賞」の受賞にあたって評価された取り組みの一つとなりました。
悩んだら助けを借りる、技術職員の「友達の輪」
ほかに「研究支援賞」で評価された阿保さんの取り組みに、放射線測定器の校正のために使用する「治具」の作成があります。治具(読みは「じぐ」)とは、部品や工具の正確な位置決めを補助し、正しく固定するための器具のことです。
「令和5年10月にRIの規制に関する法律がガラリと変わって、放射線測定器の点検と校正を行うことが義務化されました。学内にRI施設は複数ありますが、もしもそのそれぞれで施設管理者が独自に放射線測定器すべての対応法を検討したら非効率ですし、方法もバラバラになってしまいます。そこで、JIS規格に則った校正法を確立するため、私のほうで、測定器検出部と校正用放射線源の表面距離がぴったり5ミリになる治具を作りました。これを使うことで、各RI施設が保有する測定器の校正をセンターが肩代わりして、方法を統一することができたんです」
治具の設計は阿保さんが担当し、加工は電子科学研究所で機械工作を担当する武井将志さん(技術専門職員)と楠崎真央さん(技術専門職員)が行ったという、このプロジェクト。「10年くらい前に電子研機械工作室へ初めて製作を依頼した際に知り合ったのが武井さんで、武井さんと知り合ったら今度は理学部の中村さん(大学院理学研究院の技術専門職員 中村晃輔さん)と知り合うことができて、中村さんと同期の大塚さん(大学院工学研究院の技術専門職員 大塚尚広さん)と知り合うことができて。友達の輪的な感じです」
阿保さんはさらに、この放射線測定器の取り扱いについての教育訓練用の動画を作成されました。動画の編集は未経験だった阿保さんですが、動画制作の経験がある大塚さんとの情報交換もあり、放射線教育に関するWeb教材開発をテーマとした学内プロジェクトを自ら立ち上げ、技術開発のための資金を獲得されました。
「いろいろな技術を持った人が学内にはたくさんいるので、自分の業態に関係ない人であっても、どこかで共通点があると思うんですよね。今後、学内での技術職員同士の連携がより活発化するように、技術職員組織が変わっていけばいいなと思います」と語る阿保さん。技術職員が活躍しやすい組織のビジョンは、我々取材班の目指すところでもあり、大いに共感しました。
「管理」から「モノづくり」へ、「技術支援」から「研究」へ
取材班が最後に訪れた実習室で、阿保さんは放射線測定器を手に取りながらこう語ってくれました。
「私は測定器を[管理]しているんですけど、モノを作るのが好きなので、測定器自体も自分で[開発]したいんです。学内に放射線計測を専門にされている先生がいらっしゃったので、弟子入りさせてもらって、開発をやっています。管理だけでは飽き足らず、測定原理をちゃんと理解したうえで、自分で測定器を作り始める、っていう領域に入ってしまいました」
放射線測定器を使っていると、大きくて重たい、測定値が見えづらい、両手が使えないなどの課題が見えてきます。阿保さんは昨年10月から、北大の大学院医理工学院博士後期課程に入学して、使用者目線で放射線測定器の開発を行っています。測定器の大きさをiPhone3台分くらいに収めたい、小型化できたら通信機能を備えて放射線量と位置情報を紐づけてマッピングしたい……と発想はどんどん広がります。
「人によっては、それって研究でしょ、ってたぶん思う。技術職員が研究なんて……って思う人もいると思いますが、結局技術を追求するにはそれを徹底的に研究するしかない。技術支援と研究に、境目はないと思うんです」
モノづくりをきっかけに技術の研究へと歩みを進めている阿保さんは、とても大きな視野で技術職員のあり方に思いを巡らせていました。
阿保さんにとって「技術(technē:テクネー)」とは?
――では、最後に、阿保さんにとって「技術」とはなんですか?
「これまでずっと放射線関係の仕事をしてきましたが、やはり私はRI管理者であると同時に利用者、そして開発者でもありたい。そのためには放射線検出器の原理だったり、検出された信号がどう処理されて出力されているのかといったメカニズムだったり、先人たちが築き上げてきたいろいろな技術に挑戦していく必要があります。
……先人たちが研究し、構築してきた成果物を一つ一つ解きほぐし、今自分が知らないことを解明して知識として吸収した上で、自分のオリジナリティを付加すること。それを技術と捉えています」
阿保さんに「元々モノを作るのが好き、深いところまで知りたい」という飽くなき探求心のルーツを尋ねると、ご実家がいわゆる「町工場」で、機械工作や金属加工を仕事としているお父様の影響も大きく、子どもの頃から、モノを開けたり改造したりするのが好きだったようです。取材のなかで阿保さんが紹介してくれた自作装置は、いずれも現場での課題解決に向けた試行錯誤の末に技術を新たに習得し、「自分なりの味を加えて」還元したものでした。
施設の管理を業務のベースラインとしながら、知的好奇心の赴くままにモノづくりや研究へと活躍のフィールドを広げる阿保さんの姿を通して、取材者一同は技術職員による新しい技術支援の将来像を垣間見ることができました。
★ 文部科学大臣表彰受賞時の阿保さんのコメントは、技術支援本部Webサイトに掲載されていますので、ぜひご覧ください。
解説!技術職員業界用語
〈共同利用〉
大型の研究設備・装置を(特定の研究者や研究室に限らず)研究者や学生が共同で利用する仕組みのことを「共同利用」と呼びます。学外に有償で利用機会を開いている場合もあります。研究に必要なリソースやサービスを効率的に提供することが可能となるだけでなく、関連研究者の意向を踏まえて改良・開発を行えることや、装置を介した研究ネットワークの構築など、さまざまな利点があります。こうした共同利用の場では多くの場合、技術職員が施設・装置の保守・管理・運用を担っています。