北海道大学には、観光スポットとしても人気の「植物園」が存在します。札幌駅すぐという好立地で、さまざまな植物を見ることができます。大学が運営する施設なので、観光のためだけではなく、もちろん教育・研究などの目的に使われています。そんな植物園は、どのような人がどのようにして支えているのでしょうか。
本記事では、植物園に所属する技術専門職員の稲川博紀さんにお話を伺いました。
【宮本道人・北海道大学CoSTEP】
――まず、どういうお仕事を普段されているかというところから、ざっくりお聞きできると有り難いです。
春先は鉢物を植え替えたり、夏場は毎日水やりをしたりしています。鉢物は3000以上もあるので、水やりだけで1日のうち1時間以上 、2時間3時間かかることもあります。でも若い時は芝刈りとか、何でもやっていましたね。
――「鉢物」っていうのはなんですか?
鉢植えのことです。高山植物を中心に、鉢植えにしたものを世話しています。
――それって、普通の世話だけだと枯れる危険もあったりするのでしょうか? 難しいポイントがあれば教えて下さい。
いろんな産地の植物があって、それぞれの植物が好む用土で植える必要があります。鉢物で栽培しているので、2~3年に一度は植え替え(用土の入れ替え)をするし、植物によっては毎年植え替えが必要になります。
それぞれの植物に合わせた用土を用意すると手間がかかるため、基本用土を用意して、植え替え時に植物の好みに合うように調節しています。たとえばアルカリ性を好むものがあったり、湿地性のものとか乾いたところのものがあったりするんですが、それにあわせて土を入れ替えたり足したり混ぜたりみたいなのをします。それも、株の状態を見て強弱をつけている、って感じです。
――札幌は冬、毎日雪が降りますが、夏と冬で世話の方法が違ったりはしますか? 過酷な冬を乗り越えさせるのは大変そうですが……。
冬は鉢物を地面におろします。そうすると、雪の下になって、保温されます。なので、冬は一切手間がかからないです。やることないですよ。ただ、なかなか雪が降らないで氷点下 5度とかになると凍結してしまい、根っこがブチブチ切られてダメになるものもあります。
鉢物以外だと、たとえば木には「冬囲い」といって、積雪で枝が折れないように守る作業をしたりします。
――いま一番力入れて取り組んでることはなんでしょう?
絶滅危惧種の増殖に力を入れています。ちなみにこれは夏が大変なんです。めちゃくちゃ暑いじゃないですか? 札幌、今、夏って! それがネックになってます。もともと北海道にいる植物だからこそ、寒さには耐えられても暑さに耐えられないんですよ。
――さまざまな条件に耐えられなくて枯れてしまう場合もありそうですが、どう工夫して乗り越えさせたりしていらっしゃいますか?
種をこっち(札幌)で発芽させて育てると、不思議なことにその環境に馴染んだ株が育つんです。株を持ってくると一気にダメになるんですよ。種からだったらなんとかなる。ちっちゃい時からこの札幌の環境になれると、保つものがあるんです。でも油断したら枯れてしまうので、増やせる時にはもう一気に増やせるようにしています。
――植物が枯れそう、といった時ってどういう感じでわかるのでしょうか?
日々の観察です。水やりってやっぱり大事なんですよ。毎日の水やりによって、植物が今どういう状態なのかがわかる。一週間休んで出てきたら、あれ、枯れてるんだけど、どうしたの?っていう時もあります。私が入った頃は「水やりだけで10年かかる」って言われたくらいです。
――特に好きな植物はありますか? 我が子のように可愛い、みたいな。
いや、もう最近なくなりましたね。以前は自分が色々試したものはだいたい残してたんですけど、絶滅危惧種を中心に動くようになってからは、あまりたくさん抱えていられないんで。
次の世代に引き継ぎうんぬんを考えて、人に教えるようになってくると、そういうのを持たなくなりました。いかに早く覚えてもらわなきゃいけないか、と思ってるんで、全部平等にしていかないと教えられないし、あまり残しといてもしょうがないなと思うんです。
――仕事をしていて何か新しい発見がある、といった瞬間はありますか?
余った株で色々実験的なことを試していて、こっちのやり方の方がいいじゃん、っていう時があります。自分なりにこうしたらいいんじゃないかと思ったことをやってみるんです。
たとえば、今まで使用していた用土とは違う用土で植えてみる。配合割合を変えたり水苔などを足したり、という感じです。ただ手間がかかるんで、それをふまえて、今度は通常の腐葉土でも少し工夫をする。そうすると水やりの手間が1回省けるようになったりするんですよ。
――水やり1回を減らすのにそんなに工夫されているとは、スケールが小さいのに大きいというか、身近なのに途方もないというか、とても興味深く感じます。
「サギソウ」って植物があるんですが、それをなんかこうしたらいいんじゃないかって、自分なりに工夫した時期があったんですね、何年も。そこからなんかのめり込んだのかな? 毎年いかに「手を抜けるか」って考えてたんです。なんで普通の土じゃダメなのとか。いろいろやったんです。でも、結局シンプルが一番なんだ、って戻っちゃったんです。
それでも、水苔の量を薄く敷き詰めるのか、ぎゅうぎゅう詰めにするのかっていう具合があるんですけど、感覚で、元に戻ったからにはそこで終わるのもなんなんで、ちょっとうっすらしたのとちょっとぎゅうぎゅう詰めにしたのとか、色々なパターンを作ってみたりして、根本的には変わってないんだけど、ちょっとした工夫は絶対わかんないです。本当にプロの微妙な違いの技みたいな加減です、本当に。これを教えるのは難しいんですよ。
――人材育成的な側面で、植物園ならではの面白いポイントや、難しいポイントってありますか?
毎年農場実習で1コマ植え替えを担当してるんですけど、学生さんの植え替え見てると、人の性格ってわかるようになっちゃう。植え替え、普通は次の年にでも咲くんですけど、不思議と咲かない。今まで何年間かやってきて、咲いたって言ったら一人ぐらいかな。そのくらい難しいから、簡単なもの、根っこをどんだけいじめても大丈夫なものをやらせてます。
――今後、植物園をこうしていきたい、といった目標はありますか?
絶滅危惧種を保存するようになって、道内の絶滅危惧種に関しては全部揃えた方がいいんだろうなと思っています。植物園で絶滅危惧種を全力を育てて、かつそれを元いたところにもクローンで送り返す、みたいなことに特に力を入れていきたいですね。いかに次の世代の人たちに受け継がせるか、なんです。
――最後に、稲川さんにとって、植物や鉢物、植物園のお仕事ってどういう存在なのかをお聞きして、インタビューを終わりたいと思います。
鉢物なんかは、自分の手のかけ方次第でも良くも悪くもなるんで、面白いと言ったらいいのか、日々見るのが飽きないです。植物好きじゃなきゃ務まらない仕事ですね。
豪快に笑いながら鉢物への思いを語ってくださった稲川さん。お話をお聞きした後にバックヤードを見せてくださった際、鉢物を見る目がとても優しかったのが印象的でした。
今回の記事は鉢物の話題を中心に構成しましたが、稲川さんはお話のなかで植物園の様々な植物について語られていました。ぜひ皆さま、そんな魅力にあふれる植物園を、実際に見にいらして頂ければ幸いです!
北海道大学植物園
札幌市中央区北3条西8丁目
ウェブサイト:https://www.hokudai.ac.jp/fsc/bg/