北大の7つの研究林のうち、最も北にある天塩(てしお)研究林を紹介するシリーズの第2回。今回は天塩研究林の森に、みなさんをご案内します。
研究林の宿から見る朝の光
冬の森を訪ねる
2016年2月、天塩研究林を研究フィールドとして利用する大学院生や研究者によるセミナーが行われました。セミナー翌日には、天塩研究林所属の小林真さん(北方生物圏フィールド科学センター助教)の案内で、エクススカーションとして冬の森に山スキーで入る貴重な経験をしました。
雪が少ないと言われるこの冬でも、森には2mもの雪が積もっています。
冬はスキーで森に入ることができるのが、研究にとって利点であると小林さんは言います。夏には林床に笹が茂るため、進入路を確保するのが困難です。しかし冬は雪のおかげで、広い森の中を目的地までスキーで自在に行くことができるのです。
雪景色
天塩研究林では、山スキーの装備一式を借りることができます。本物のアザラシの毛皮(シールスキン)を貼った木製スキーに、カンダハーの留め具がついたレトロなもので、これで森に行くのは特別な体験です。
かかとが固定されていないので、スキーで滑る感覚に、歩く感覚が加わります。早速森の中に足を運びました。目指すは、研究林内にある摺鉢山(すりばちやま)(480m) 。静かに雪に包まれた大きな木々を見ながら、一歩一歩スキーを進めます。
アカエゾマツとトドマツの見分け方
この地域の地質学的な特徴は、ニッケルやクロムなど、重金属を多く含む蛇紋岩土壌であることです。この環境で優占して生きるのが「アカエゾマツ」ですが、時折「トドマツ」も見られます。大きさも形も、ロマンチックなクリスマスツリーを思わせますが、実は二つの木の見分け方があると、小林さんから教わりました。アカエゾマツは名前の通り樹皮が赤みを帯びており、葉の先端が少しとがっていて触れるとちくちく感じます。アカエゾマツは、トウヒの仲間です。
一方、トドマツは葉の先端が小さく二つに分かれて丸みがあり、さわっても痛くありません。トドマツはモミの仲間で、葉をもむとさわやかな良い香りがします。
繊細な形の違いや木に触れた時の感覚を大切にして分類することから、ものやこともじっくり見つめることが大事だと改めて感じました。
樹皮が赤みを帯び、葉の先端がややとがったアカエゾマツ
360°のパノラマ、贅沢な雪景色
まだ誰も踏んでない一面の新雪に足跡を残したい…そんな欲望の一方で、自然と一体になり、どこまでも広がる雪の緩やかな曲線に身をゆだねると、一歩を踏み出すことが惜しい気もします。そんな葛藤をしながらも、汗だくになりながら丘を進み、とうとう頂上まで辿り着きました。
頂上から見る景色は、贅沢そのもの。森の中で見る木とは異なり、視界の限り広がる森は、「群衆」を見るような感覚です。思わず深呼吸をしてしまいます。
この日、摺鉢山の山頂では、山麓よりも気温が数℃高くなるinversion(インバージョン:逆転)現象が見られました。これは、風が弱くよく晴れた日に冷たい空気が谷にたまり、標高の高い地点で低標高地よりも気温が高くなる現象です。地形や気象条件がそろって起こる特別な現象で、海外では北欧やカナディアンロッキーなどでも見られます。
天塩研究林の小林真さん(左)
登りを頑張れば、下りは一瞬
一歩一歩、傾斜に耐えた大変な登りの後は、パウダースノーを滑り下りる楽しみが待っていました。転んでも痛くなく、雪を体中で楽しめます。この日、朝の低標高地での気温は-20℃近くまで冷え込みましたが、日中の山では絶好の晴天と逆転現象のおかげで気温も-5℃くらいまで上がりました。天気にも、雪にも恵まれたスキー日和でした。
雪の上で食べるマシュマロ
さて、冬の森の楽しみはスキーだけではありません。技術専門員の小宮圭示さんが、私たちが頂上まで行ってくる間に焚き火を用意してくださいました。
小宮さんは、天塩研究林と同じく北方生物圏フィールド科学センター森林圏ステーションに所属する北管理部技術室 室長で、教育・研究支援、GISなどを担当されています。森を知りつくし、研究テーマに応じた最適なフィールドを提案してくださるのも、小宮さんのお仕事です。
枯れた木を使って、森の中で火を熾し、マシュマロやウィンナーを木の枝に刺して焼いて食べました。その味は言うまでもなく、最高でした! この貴重な体験を、写真を通して分かち合いましょう!
森の中でのたき火は、森林火災の原因ともなるので、
十分注意しなくてはなりません。今回は専門家の指導のもとで安全に行いました。
小宮さん(左から4人目)と天塩研究林で研究している学生のみなさん
スキーを外して、帰りの車から景色を眺めていると、まるで夢をみていたような気持ちになりました。森の中から見る景色の素晴らしさ、一本一本個性豊かな木の美しさ、ふだんは行くことのできないところに雪のおかげで辿り着き触れることのできる驚き、これほど雪が降っても土は凍らない不思議…魅力満載の森の世界に旅した気持ちで、胸がいっぱいになりました。どこまで車で走っても、森の風景が続く広い研究林。自然の偉大さ、人間の弱さを感じながらも、一人一人の研究がこの自然を保つことにつながると考えると、研究に挑む力をもらいました。
一般に本州などでは夏に行う木の伐採を、天塩研究林がある道北地域では冬に行うそうです。伐採現場の話と冬に伐採を行う理由は、「世界で1つだけの花が咲く、天塩研究林へようこそ(3)」に続きます。